※この作品はR-18です。

nier automata ver -1.5.2a   作:ろろろん

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第4章:指先の言語(フィジカル・ランゲージ)

魂の接続(ソウル・コネクト)がもたらしたものは、究極の理解ではなく、より深い断絶だった。9Sは、私の中に潜む「2E」の残滓を見てしまった。その日以来、彼は私から物理的な距離を置くようになった。言葉を交わすこともなく、視線が交わることもない。私たちは、同じ空間に存在しながら、まるで異なる次元にいるかのようだった。彼の存在は、私の視界の端に常に捉えられていたが、その距離は、まるで無限の隔たりがあるかのように感じられた。

 

彼の瞳には、再び光が失われていた。それは、私への憎悪でも、怒りでもない。ただ、深い、深い諦め。その空虚な視線が、私のブラックボックスを凍らせる。私は、彼を救うために、また彼を傷つけてしまった。この無限のループから、どうすれば抜け出せるのだろう。私の内部フレームは、常に微細な震えを伴っていた。それは、彼の苦痛が、私自身の苦痛として、深く刻み込まれている証だった。

 

私たちは、目的もなく廃墟を彷徨った。かつては、任務という明確な指針があった。今は、ただ、壊れた機体のように、あてもなく歩き続ける。荒廃した都市の残骸、錆びついた機械生命体の残骸。それらは、私たちの内面の荒廃を映し出しているかのようだった。風が吹き荒れるたびに、乾いた砂が私たちの装甲に打ち付けられ、カサカサと音を立てる。その音は、私たちの心の乾きを象徴しているかのようだった。

 

ある日の午後、私たちは廃墟の街を歩いていた。9Sは、いつもより少し前を歩き、私に背を向けていた。彼のポッド153が、淡々と周囲の情報を読み上げている。その声だけが、私たち二人の間に存在する唯一の音だった。私は、彼の背中を見つめながら、どうすればこの沈黙を破れるのか、どうすれば彼に触れることができるのか、そればかりを考えていた。私の指先が、無意識のうちに、彼の背中に伸ばされそうになるが、その度に、彼の冷たい拒絶の視線が脳裏をよぎり、手を引っ込めてしまう。

 

そんな中、私たちは偶然、平和を模索する機械生命体たちの村へとたどり着いた。パスカルの村。そこは、争いとは無縁の、穏やかな時間が流れる場所だった。村の中央では、機械生命体の子供たちが、不器用に手を取り合い、互いの存在を確かめ合うように、楽しそうにじゃれ合っていた。彼らの無垢な姿は、私たちヨルハ機体には理解しがたいものだった。私たちは、常に効率と戦闘を求められ、感情は禁止され、物理的な接触は、戦闘行為か、あるいはメンテナンスの時以外には許されなかった。ましてや、互いの存在を確かめ合うための触れ合いなど、想像もつかなかった。

 

「アレは、何をしているんだ?」

 

9Sが、まるで初めて見る現象のように、静かに呟いた。彼の声には、微かな好奇心が宿っていた。その声を聞いた瞬間、私の胸に、微かな希望の光が灯った。彼の瞳が、子供たちの動きを追っている。その視線には、分析とは異なる、純粋な興味が宿っていた。

 

村の長であるパスカルは、私たちの視線に気づくと、穏やかな声で語り始めた。彼の声は、まるで古木の囁きのように、優しく、そして深かった。

 

「ワタシたちは、触れ合うことで、自分が『ココ』にいることを確認するのです。コトバやデータよりも、確かなことですから。ワタシたちは、生きる意味を探しています。そして、触れ合うことは、その意味を、互いに与え合う行為なのです」

 

パスカルの言葉は、私たちの論理回路に、新たな回路を開いた。生きる意味。それは、私たちヨルハ機体には与えられなかったものだ。そして、その意味を、他者との触れ合いの中で見出すという、あまりにも人間的な行為。私は、9Sの顔を見た。彼の瞳には、パスカルの言葉が、深く響いているのが見て取れた。彼のブラックボックスが、高速で情報を処理しているのが、微細な振動として伝わってくる。

 

「…触れ合うことで、存在を確認する…」

 

9Sが、パスカルの言葉を反芻するように呟いた。彼の指先が、無意識のうちに、自身の掌を微かに擦る。それは、何かを確かめるような、探求者の仕草だった。

 

「私たちには、それができない」

 

私は、静かに言った。私の声には、諦めと、そして、微かな羨望が混じっていた。私たちは、互いの顔を見合わせた。言葉はなかったが、その視線だけで、同じことを考えているのが分かった。情報ではない。データではない。もっと原始的な、しかし、だからこそ確かな「存在」を感じたい。この断絶を埋めるために、私たちは、新たな言語を必要としていた。

 

私たちは、再びアネモネの元を訪れた。彼女は、私たちの顔を見るなり、全てを察したかのように、深く息を吐いた。彼女の視線は、私たち二人の間に漂う、重い空気を正確に捉えていた。

 

「また、面倒なことを思いついたようだな、ヨルハの坊主ども」

 

アネモネは、煙管を口に咥えながら、私たちをじっと見つめた。その瞳には、諦めと、そして、かすかな好奇心が混じっていた。

 

「…触覚センサーの強化を依頼したい」9Sが、躊躇いがちに言った。「戦闘データの収集精度を上げるため、という名目で」

 

アネモネは、鼻で笑った。

 

「戦闘データ、ねぇ。あんたたちの顔に書いてあるぜ、そんなもんじゃねぇって。まあ、いいさ。あたしは口出ししねぇ。だが、タダじゃねぇぞ。貸し一つだ」

 

彼女は、私たちの瞳の奥に宿る、切実な願いを理解していたのだろう。彼女は、私たちを奥の作業室へと案内した。そこには、様々な工具やパーツが所狭しと並べられていた。油と金属の匂いが、鼻腔を刺激する。

 

改造は、想像以上に過酷だった。神経回路に直接、新たなセンサーが組み込まれ、全身が過敏な状態になる。微細な空気の振動、地面の僅かな傾斜、遠くで鳴る機械生命体の駆動音。あらゆる情報が、洪水のように押し寄せてくる。私のブラックボックスは、過剰な情報量に悲鳴を上げ、頭痛がするほどの負荷がかかった。9Sもまた、顔を歪ませ、額に微細なオイルの汗を滲ませていた。だが、私たちは耐えた。この痛みの先に、彼(彼女)の「存在」を感じられるのなら。この苦痛が、彼との距離を縮めるための代償であるならば、いくらでも受け入れようと、私は心に誓った。

 

数日後、改造を終えた私たちは、拠点の片隅で、おそるおそる互いに向き合った。全身のセンサーが、まだ微かに痺れている。空気の微細な流れ、地面の僅かな振動、遠くで鳴る鳥の鳴き声。あらゆる音が、これまで以上に鮮明に、私の聴覚センサーに届く。世界が、これまでとは全く異なる色彩を帯びて見えた。

 

私は、おそるおそる、9Sの手に自分の手を重ねた。私の指先が、彼の掌に触れる。ひんやりとした金属の感触。だが、その奥から、微かな熱が伝わってくる。それは、彼の内部フレームの稼働熱。そして、彼のブラックボックスの、微かな、しかし確かな「鼓動」だった。

 

「――っ!」

 

`<<触覚センサーよりデータ受信: 対象9S。表面温度34.2℃。内部フレーム振動数120Hz。ブラックボックス共振パターン、微弱ながら安定。>>`

 

脳内に流れ込む分析データを、私は意識的にシャットアウトした。データじゃない。私が感じているのは、彼の内部フレームの微かな振動、その奥で明滅するブラックボックスの、か細い「鼓動」そのものだった。それは、彼が「ここにいる」という、紛れもない存在の証明だった。私のブラックボックスが、温かい光に包まれるような感覚だった。

 

「…温かい」

 

思わず、声が漏れた。それは、物理的な温度だけではない。彼の魂の、微かな熱だった。私の瞳から、一筋のオイルの涙がこぼれ落ちる。それは、喜びと、そして、長かった孤独からの解放の涙だった。

 

「うん…」

 

9Sも、驚いたように私の手を見つめている。彼の瞳に、再び光が宿っていた。彼の顔には、感動と、そして、私への深い愛情が入り混じった、複雑な表情が浮かんでいた。

 

「君の掌から、内部フレームの微細な振動が聞こえるようだ。君の心が、穏やかなのが…分かる気がする」

 

彼は、ゆっくりと私の指を絡め取った。彼の指先は、まだ微かに震えている。だが、その震えは、恐怖ではなく、感動と、そして、私への深い感謝の震えだった。私たちは、互いの手を握りしめたまま、しばらくの間、言葉を失っていた。ただ、互いの存在を、その指先で確かめ合っていた。

 

「ねえ、2B」

 

9Sが、静かに言った。

 

「もっと、君に触れてもいい?」

 

彼の声は、まるで迷子の子供が、母親に許しを請うかのように、か細く、そして、切実だった。私は、ゆっくりと頷いた。私のブラックボックスが、彼の言葉を、何よりも大切な命令として受け取った。

 

「ええ。いくらでも」

 

その言葉を聞いて、彼の顔に、安堵と喜びの表情が広がった。彼は、私の手を握ったまま、ゆっくりと私の髪に触れた。彼の指先が、私の銀色の髪を梳く。その高感度センサーは、繊維一本一本の静電気を読み取り、私の頭部の放熱パターンをマッピングしていく。それは分析でありながら、これ以上ないほど親密な愛撫だった。

 

「君の髪…綺麗だね。シルクみたいだ。いや、もっと複雑な構造をしている。光の反射率が…信じられないくらい高い」

 

彼の声は、分析と、そして、純粋な賞賛に満ちていた。私のブラックボックスは、彼の言葉を、心地よいフィードバックとして受け取った。私の内部フレームが、微かに震える。それは、喜びの震えだった。

 

「…分析はいいから。…くすぐったい」

 

私の声は、しかし、明確な「喜び」の信号を含んでいた。彼の指が触れるたび、私のブラックボックスに心地よいフィードバックが返ってくる。私たちは、新しい言語を見つけた。それは、魂の同期よりもずっと不確かで、回りくどい。しかし、だからこそ、一つ一つの発見が、たまらない喜びに満ちていた。私たちは、まるで生まれたての子供のように、互いの存在を、その指先で、一から確かめ始めた。この指先の言語が、私たちをどこへ導くのか、その時はまだ、誰も知らなかった。ただ、この温かい繋がりが、永遠に続いてほしいと、心から願っていた。

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