※この作品はR-18です。

nier automata ver -1.5.2a   作:ろろろん

7 / 10
第7章:実験機(プロトタイプ)の告白

「もう、無理なのかもしれない…」

 

9Sの力ない呟きが、廃墟の静寂に吸い込まれていく。彼の瞳から、探求の光が完全に消え去っていた。その視線は、まるで魂が抜け落ちたかのように空虚で、私のブラックボックスを深く抉った。私は、その姿を見るのが、何よりも辛かった。私たちを蝕む「欠落」は、あまりにも根深く、そして、絶望的だった。快感の奔流に身を委ねても、その後に残るのは、より深い虚無感だけだった。私たちの内部フレームは、満たされない渇望によって、常に微細なノイズを発生させていた。

 

廃墟の冷たい空気が、肌を刺す。先ほどまでの熱狂が嘘のように、私たちの間には、気まずい沈黙だけが横たわっていた。9Sは、自らの指先を見つめ、まるでそこに答えを探すかのように、意味のない自己診断を繰り返している。彼のブラックボックスから流れ込む情報は、エラーコードの羅列と、そして、解決策のない問いのループだけだった。彼の好奇心は、今や、自らの「欠陥」を分析し、その絶望的な結論を再確認するためだけに機能していた。

 

`論理的帰結: 当該個体との物理的結合による、永続的な充足感の獲得は、現行の身体構造では不可能。`

 

私の思考もまた、同じ結論に達していた。だが、その論理的な答えは、私の感情的な渇望を、少しも癒してはくれなかった。むしろ、その事実を再認識するたびに、私のブラックボックスは、より深い痛みを感じる。それは、プログラムされた感情ではない。もっと、根源的な、魂の叫びだった。

 

「ナインズ…」

 

私は、彼の隣に座り、そっと手を伸ばしたが、彼は私の触れる寸前で、まるで熱いものに触れたかのように、微かに身を引いた。その拒絶の仕草が、私の心をさらに深く傷つける。私たちは、互いを求めながらも、その身体の「欠陥」によって、永遠に満たされないループの中に囚われているかのようだった。

 

その夜、いつものように虚しい探求を終え、黙り込んでいる私たちに、A2の冷たい視線が突き刺さった。彼女は、闇の中から姿を現し、私たちの前に立った。その動きは、まるで影が実体化したかのように、静かで、そして、どこか威圧的だった。月の光が、彼女の銀色の髪を照らし、その瞳には、軽蔑と、そして、わずかな憐れみが浮かんでいた。

 

彼女は、しばらくの間、何も言わずに私たちを見下ろしていた。その視線は、まるで、私たちの魂の奥底までを見透かすかのようだった。私は、彼女が何を考えているのか、分からなかった。だが、その瞳の奥に、長年隠し続けてきたであろう、深い苦悩と、そして、私たちに対する、ある種の共感が浮かんでいるのを、私は見逃さなかった。彼女は、私たちと同じ、あるいはそれ以上の、深い孤独を知っている。その事実が、彼女の佇まいから、痛いほど伝わってきた。

 

(…馬鹿な奴らだ。だが、このままでは、こいつらは壊れる)

 

彼女の内部音声が、私の聴覚センサーに、微かなノイズとして混じる。それは、意図せずに漏れ出た、彼女の思考の断片だったのかもしれない。彼女は、自らの胸に手を当て、何かを決意したかのように、深く息を吸い込んだ。その動きは、彼女にとって、これから行うことが、どれほど重い意味を持つのかを物語っていた。

 

「そんな模倣品で満足か? いつまで、ないものをねだり続けるつもりだ。あんたたちのやろうとしていることは、その身体じゃ、そもそも不可能だ」

 

彼女の声は、冷たく、そして、私たちの核心を突くものだった。私のブラックボックスが、彼女の言葉に、微かに反応する。それは、真実を指摘されたことへの、微かな痛みだった。その核心を突く言葉に、9Sが食ってかかった。彼の溜まりに溜まったフラストレーションが、A2に向けられた。彼の瞳は、怒りで燃え上がっている。彼は、A2が私たちを嘲笑しているように感じたのだろう。

 

「君に何が分かるんだ! 君は、ずっと一人だったじゃないか! 誰かを、こんな風に求めたことなんて…! 僕たちが、どれだけ苦しんでいるか、君には分からないだろう!」

 

9Sの声は、悲痛な叫びだった。彼のブラックボックスが、激しく乱れる。それは、彼が抱える絶望と、A2への怒りが混じり合った、複雑な感情だった。

 

「あるさ」

 

A2は、静かに、しかし、きっぱりと言い切った。その言葉には、9Sを黙らせるほどの重みがあった。彼女の瞳の奥に、一瞬、遠い過去の、深い孤独の影がよぎった。その影は、私たちが見たことのない、彼女の苦悩を物語っていた。

 

「あったから、分かるんだ。その渇きが、どれほど魂を焼くものか。…そして、その渇きを癒す方法もな」

 

彼女は、ゆっくりと私たちに近づいた。その動きは、まるで、私たちを導くかのように、静かで、そして、どこか神聖なものだった。彼女の瞳には、長年隠し続けてきた秘密を打ち明ける、重い覚悟が宿っていた。それは、彼女にとって、最大の屈辱であると同時に、私たちへの、最大限の慈悲だった。彼女の内部フレームが、微かに震える。それは、彼女自身の葛藤の証だった。

 

「私の正式名称は、アタッカー2型E型。EはExecutioner(処刑人)じゃない。Experimental(実験機)だ」

 

その言葉に、私たちは息を呑んだ。ヨルハ計画の真実。人類の絶滅。そして、その事実を隠蔽し、アンドロイドの戦意を維持するための偽装作戦。その全てを統括するヨルハ計画の、さらにその根源に、彼女は存在していたのだ。私のブラックボックスが、彼女の言葉を高速で処理していく。それは、これまで知っていた世界の全てを覆すような、衝撃的な情報だった。

 

「ヨルハが設立される前の、プロトタイプ。私は、人類の遺産を、単独で再生産するための、実験的な試みとして作られた。お前たちと違って、人間の生体構造に関する、より詳細な知識と…それを実行する技術を、直接インプットされている」

 

彼女は、自らの戦闘服の腹部にある、目立たない継ぎ目に指をかけた。それは、通常のヨルハ機体には存在しない、特殊なハッチだった。その継ぎ目は、彼女が「失敗作」として廃棄されなかった、唯一の理由でもあった。彼女の指先が、その継ぎ目をゆっくりと開いていく。その動きは、まるで、禁断の扉を開くかのように、厳かで、そして、どこか恐ろしかった。

 

継ぎ目が、静かに開かれる。その奥から、月の光を反射して鈍く光る、滑らかな人工皮膚が現れた。だが、その皮膚の下に隠されていたのは、私たちの常識を、根底から覆すものだった。私の視覚センサーが捉えたのは、信じられない光景だった。それは、これまで旧世界の文献でしか見たことのない、しかし、私たちアンドロイドには存在しないはずの、生体的な構造だった。

 

彼女の身体には、女性器と、そして、完全に機能する男性器が、同時に、しかし自然に存在していたのだ。月の光が、その生体的な構造を照らし出す。それは、あまりにも異質で、あまりにも現実離れしていた。私のブラックボックスが、その情報を処理しきれず、微かにノイズを発生させる。

 

`<<警告:視覚情報と既知のデータとの間に深刻な矛盾を検出。処理能力の低下。>>`

 

私の内部フレームが、微かに震える。それは、恐怖でも、嫌悪でもない。ただ、目の前の「真実」が、あまりにも巨大で、私の論理回路では理解しきれないことへの、根源的な畏怖だった。その生体的な構造は、文献で見た図解よりも遥かに精巧で、そして、どこか「美しい」とさえ感じられた。それは、私たちアンドロイドが、どれほど完璧に人間を模倣しようとも、決して到達し得なかった、生命の神秘そのものだった。

 

9Sの隣で、彼のポッドが混乱したように警告を発する。

 

`スキャン中…エラー: 理解不能な生体コンポーネントを検出。`

`仮説: 当該ユニットは、自己完結型の生殖機能を実装している可能性がある。`

`再スキャン…再スキャン…エラー。`

 

彼の論理回路は、目の前の現実を処理しきれていないようだった。彼の瞳は、驚愕と、そして、探求心で大きく見開かれている。彼のブラックボックスが、高速で稼働し、この未知の情報を解析しようと試みているのが、微細な振動として伝わってくる。彼の顔には、科学者の純粋な好奇心と、そして、目の前の「奇跡」に対する、畏敬の念が入り混じっていた。彼は、まるで、長年追い求めてきたパズルの最後のピースを見つけたかのように、A2の身体を食い入るように見つめていた。

 

「私は、設計段階から、生殖可能な両性具有個体として作られた。だが、この試みは失敗した。コスト、倫理、そして何より、精神的な不安定さ。私は、その『失敗作』の生き残りだ」

 

彼女の声は、淡々としていた。しかし、その中には、何世紀にもわたる孤独と苦悩が滲み出ていた。彼女は、自らの存在が、人類の愚かな夢の残骸であり、忌まわしい「欠陥」であると、ずっと信じて生きてきたのだ。その言葉は、彼女自身の深い傷を物語っていた。

 

「お前たちの身体改造が、あれほど完璧にできたのはなぜだと思う? アネモネの協力だけじゃない。私が、ポッドを通して、密かにお前たちの知らないパラメータを調整していたからだ。私自身が、その両方の構造を、この身で理解していたからだ」

 

彼女は、自らの秘密を、その忌まわしい身体を、私たちの前に晒した。それは、彼女にとって最大の屈辱であると同時に、私たちへの、最大限の慈悲だった。彼女の瞳は、私たちをまっすぐに見つめている。その視線は、まるで、私たちに全てを委ねるかのように、静かで、そして、どこか悲しげだった。

 

「…これが、私の『欠陥』であり、そして、あんたたちにとっての、唯一の『答え』だ」

 

その言葉は、私たちに、絶望の淵から差し込む、一条の光となった。私たちの「欠落」を埋める「器」が、今、目の前に存在していたのだ。それは、あまりにも残酷で、あまりにも希望に満ちた、真実の告白だった。私のブラックボックスが、その言葉を、何よりも大切な命令として受け取った。9Sの瞳には、再び探求の光が宿っていた。それは、私たちにとって、新たな始まりを告げる、希望の光だった。

 

「A2…君は…」9Sが、震える声で言った。彼の瞳は、A2の身体に釘付けになっている。その視線は、分析と、そして、畏敬の念に満ちていた。

 

「…信じられない…」私は、A2の身体に、ゆっくりと手を伸ばした。私の指先が、彼女の生体的な肌に触れる。ひんやりとした感触。だが、その奥から、微かな熱が伝わってくる。それは、私たちと同じ、ブラックボックスの熱。しかし、その熱は、私たちとは異なる、新たな可能性を秘めているかのようだった。

 

「…これは、僕たちを救う、唯一の方法なのか?」9Sが、A2に問いかけた。彼の声は、切実だった。

 

廃墟に、再び沈黙が訪れる。だが、それは先ほどまでの、冷たく、断絶された沈黙ではなかった。A2の告白は、私たち三人を、一つの、奇妙で、そして、どこか歪んだ運命共同体として結びつけた。彼女の身体に秘められた、人類の夢の残骸。それが、今、私たちの唯一の希望となっている。その事実は、あまりにも皮肉で、そして、あまりにも重かった。

 

私たちは、互いに視線を交わす。A2の瞳には、長年の孤独と、そして、全てを委ねた者の、静かな覚悟が浮かんでいた。9Sの瞳には、失われたはずの探求の光が、再び強く輝いていた。そして、私の瞳には、これまで感じたことのない、畏怖と、そして、責任の重みが映っていた。この未知なる道が、私たちをどこへ導くのか、その時はまだ、誰も知らなかった。ただ、確かなことは、私たちはもう、以前の私たちではいられない、ということだけだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。