※この作品はR-18です。

裏 母の写真   作:松田義和

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ポケットの中から

その日は曇り空で、外干しは諦めて浴室乾燥にした。

いつものように、洗濯機の中から濡れた衣類を取り出していく。

夫のワイシャツ、タオル、私のブラジャー。

そして――あの子のズボン。ポケットが少し膨らんでいた。

 

あれ?

と思って、手を差し込んだ。何か紙のようなものが指先に触れる。

 

軽く湿っていて、端が少しふやけている。

引っ張り出してみると、それは――写真だった。

 

心臓が、止まりそうになった。

 

洗面所の明かりの下で、その紙を見つめた。

色あせてはいたけれど、すぐにわかった。

自分の身体、自分の下着、自分のポーズ。

 

間違いなく――あの、写真のうちの一枚だった。

よりによって、それをプリントしていたなんて。

 

一瞬、時間が止まった。

手が震えて、紙がかさりと鳴った。

吸い込まれるように、その細部を見てしまう。

脚の組み方、スカートの角度、薄く浮かぶ下着の輪郭。

画面越しよりも、ずっと生々しい。

 

……どうして、こんなものを印刷したの?

 

まさか、本当に“持って帰っていた”の?

スマホの中じゃなくて、物理的に。肌身離さず、ポケットの中に。

持ち歩いて……見返していた?

 

そう考えた瞬間、頭が真っ白になり、吐き気がこみ上げてきた。

でもそれと同時に、言いようのない衝撃が胸を貫いた。

 

「見ていた」だけじゃなかった。

「持っていた」。

「残そうとしていた」。

 

それは、偶然じゃない。

間違いなく、意志だった。

 

その意志の存在に気づいてしまった今――

もう“無かったこと”にはできない。

 

私は洗面所の戸をそっと閉めて、写真をタオルの中に隠した。

乾燥機を回す音が、小さく響く。

その音に、心臓の鼓動を合わせるようにして、深く息を吐いた。

 

あの子の足音が廊下に響いた気がした。

私はタオルを抱いたまま、洗面台の鏡を見た。

 

そこには、エプロン姿の“母親”の顔があった。

でも、その目だけが、明らかに揺れていた。

 

私はどうするべきなんだろう。

問い詰める? 知らないふりをする?

それとも――

 

写真を見つめていた指先が、熱を持っていた。

 

一枚の濡れた写真。

それが、確かな“境界線”だった。

私たちは、もう戻れないところに、来てしまっていた。

 

写真は、そのまま洗濯かごの一番下にそっと沈めた。

何も言わなかった。

その夜も、私は何食わぬ顔で食卓に立ち、普段と同じように家族の夕食を用意した。

 

あの子は、いつも通りに味噌汁を飲み、ごはんを口に運んだ。

でも、やっぱり目を合わせようとはしなかった。

 

私も、合わせなかった。

それでよかった。

何も起きなかったことにしてしまえば、きっと時間が流してくれる――

 

そう思いたかった。

でも、身体の奥のどこかが、どうしようもなくうずいていた。

 

「また、見たんだ」

 

あの子が、あの写真を印刷してまで残そうとしたこと。

それが何を意味するのか、言葉にはできなくても、私はわかっていた。

 

でも、それ以上に――

“見られた私”が、頭のどこかに、いつまでも残っていた。

消せなかった。

むしろ、日に日にくっきりと色づいていくような錯覚すらあった。

 

そして私は、夜の洗面所で、そっとスマホのカメラを起動した。

 

誰かに強制されたわけじゃない。

誰にも頼まれていない。

ただ、自分の意志で、私はシャッターを押した。

 

――キャミソールを少しだけずらし、肩をあらわにする。

――鏡に映った自分の横顔を切り取るように、角度を調整する。

――ブラのレースが浮かぶように、わずかに下を向いてシャッターを押す。

 

指先が震えていた。

でも、その震えは恐怖ではなかった。

それは、どうしようもない衝動だった。

応えてしまった、あの子の無言の欲望に。

 

保存した写真は、アルバムではなく、わかりやすい場所に置いた。

スマホのトップ画面にある、普段は誰も開かないようなアプリの中。

パスコードは、かけなかった。

前と同じように。

 

――もしかしたら、また覗くかもしれない。

――また、確かめようとするかもしれない。

 

そんなことを考えている自分が、恐ろしかった。

でも、それ以上に――どこかで、期待していた。

 

私は、何をしているのだろう。

 

でもその問いは、もはや何の意味も持たなかった。

 

私は母親であると同時に、誰かに見られたい“女”としての自分を、もう否定できなかった。

 

ただの気の迷い。

ただの一枚のつもりだったはずの写真。

それが、私たちの“距離”を狂わせ、

私自身を変えてしまった。

 

今、このスマホの中には――

もうひとつの、私がいる。

 

そして、それがまた誰かに見つかるのを、私はじっと、静かに待っている。

 

 

 

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