※この作品はR-18です。

裏 母の写真   作:松田義和

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あの子の視線

鏡の中の自分を見る時間が、また少しずつ長くなっていた。

メイクを終えても、髪を整えたあとも、すぐには鏡を離れられなかった。

 

以前の私は、ここまで自分の姿を“誰かの目”を想定して眺めることなんてなかった。

でも今は違う。

誰に見せたい、という明確な相手がいるわけじゃない。

――ただ、“見られているかもしれない”という想像が、私を形づくるようになっていた。

 

その“誰か”が、あの子であること。

それは、もう疑いようもなかった。

 

息子。

私の中で最も無防備で、最も守るべき存在だったはずのあの子に、

私は――自分を、晒してしまった。

 

それでも。

視線が向けられるたびに、どこかで安堵してしまう自分がいる。

あの子のまなざしに、責められたいのか、それとも許されたいのか。

それさえ、もうわからなくなっていた。

 

*

 

ある夕方、私はわざと、カーディガンを羽織らずに台所に立った。

薄手のキャミソールだけで。

肩が出るのが、少しだけ恥ずかしかった。

でも、背後にあの子の視線を感じたとき――私は、腕を組んだまま微動だにしなかった。

 

見てる。

そう確信した。

何も言わない。

でも、感じている。

それで充分だった。

 

部屋着も少しずつ変えていった。

それは“露出”という意味ではなく、“想定する相手”の変化だった。

彼に見られているかもしれない――そう思うだけで、

肌に触れる布の感触さえ、意味を帯びてくる。

 

ときどき、彼が目を逸らすようになった。

でも、その目の動きは、もう知っている。

逸らしたいのではなく、抑えたいのだ。

見てしまっていることを、隠したいのだ。

 

そして、私はそれを、受け入れていた。

見られることを、否定しなかった。

拒まなかった。

むしろ、そこに私自身の存在を感じていた。

 

“母”としての私が崩れていく音が、どこかで鳴っている。

でもその崩れの中に、確かに“生きている私”がいた。

 

夜。

私は鏡の前で、何のためとも知れず、そっと胸元のリボンをほどいていた。

スマホは開かない。

写真も撮らない。

ただ、そこに立っているだけ。

 

けれど、その姿が“見られているかもしれない”という想像が、

身体の奥から熱を帯びさせる。

 

誰にも求められなかった自分が、

いま誰かの目に宿っている。

それが、たとえ許されない視線だったとしても――

私は、その重さに、身を預けていた。

 

*

 

そして、ある夜。

ソファに座ってテレビを見ていると、

あの子がふと、隣に腰を下ろした。

この前のように。

 

言葉はなかった。

でも、距離は、これまででいちばん近かった。

 

私は何も言わず、ただ静かに肩の力を抜いた。

布の擦れる音と、心臓の音だけが、やけに大きく聞こえていた。

 

それが、きっと――始まりだった。

 

 

 

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