※この作品はR-18です。

裏 母の写真   作:松田義和

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眠れぬ夜

あの子の手が、私の手に触れた瞬間、

心臓が強く跳ねた。

まるで、何年も閉じ込められていたものが、いきなり空気を吸い込んだみたいに。

 

指先は熱く、汗ばんでいた。

それが、私のものなのか、あの子のものなのか、わからなかった。

 

ただ、確かに“つながって”しまった。

何も言わなくても、伝わってしまった。

 

沈黙が、重くのしかかる。

 

でも――そのままではいけない。

ここで、止めなければ。

 

私は、ゆっくりと自分の手を引いた。

そっと。拒絶ではなく、否定でもなく、

ほんの少しだけ“時間を戻す”ような仕草で。

 

「……ごめんね」

 

自分でも驚くほど、かすれた声だった。

何を謝っているのか、言葉にはできなかった。

でもそれは、すべてのことへの謝罪だった。

写真を撮ったこと。

それを見せたこと。

気づかれたことを知りながら、続けてしまったこと。

――そして、止めなかった心に対して。

 

あの子は、何も言わなかった。

ただ、その場に立ち尽くしたまま、私を見ていた。

 

私も、目を逸らさなかった。

ただ、そっと、首を横に振った。

 

「これは……間違いよ」

 

口に出してしまった言葉が、胸の奥に痛く響いた。

言い聞かせているのは、あの子ではなく――私自身だった。

 

しばらくして、あの子は一歩だけ後ろに下がった。

そして、ゆっくりとリビングを出ていった。

 

私は、ひとりその場に残された。

 

手のひらに、さっきの体温がまだ残っていた。

拭っても、消えなかった。

消えないとわかっていたから、拭こうとすらしなかった。

 

静かな部屋に、テレビの音だけが流れていた。

内容なんて、何も頭に入らなかった。

私の耳に残っていたのは、

あの子の言葉――「なんで、こんなことするの?」だけだった。

 

私は、理性を選んだ。

選んだはずだった。

 

でも、心は――

いまだに、あの瞬間に立ち尽くしていた。

 

夜になっても、眠れなかった。

 

いつもなら、少し読書をして、布団に入れば自然とまぶたが重くなるはずなのに、

この夜はどうしても、身体の奥に熱が残っていた。

 

あの子の手の感触が、まだ肌のどこかにまとわりついていた。

私の手を、そっと掴んだあの温度。

それを、私は確かに“拒まなかった”。

……いや、むしろ――

 

求めてしまっていた。

 

ベッドの上で膝を抱えたまま、私は自分の胸元にそっと手を置いた。

ブラの上から、鼓動を感じる。

ゆっくり、でも確かに速くなっている。

それが、今夜の“答え”だった。

 

「もう終わりにしなきゃ」

そう思ったはずだった。

言葉にもした。行動にも移した。

 

でも。

心は、嘘をつけなかった。

 

私は立ち上がって、静かに洗面所へ向かった。

誰にも気づかれないように、足音を殺して歩く。

自分でも、その行動が何を意味しているかはわかっていた。

ただ、止められなかった。

 

洗面台の鏡に映る自分は、どこか疲れていて、でもどこか――熱を帯びていた。

 

スマホを取り出す。

手が、一瞬だけ躊躇した。

でも、そのままカメラを起動した。

 

シャッターには、指をかけなかった。

ただ、画面越しに自分を見つめた。

ブラのストラップがずれていた。

それを直そうとした指が止まり、

そのまま、ゆっくりと肩から滑り落とした。

 

カメラはその様子を、無言で映していた。

 

撮るつもりじゃなかった。

……でも、次の瞬間、私は指を動かしていた。

 

カシャ。

 

乾いた音が静寂の中に響く。

誰もいないはずなのに、誰かに聞かれた気がして、胸が強く脈打つ。

 

その一枚を見つめながら、

私は深く息を吸った。

 

「……また、やってしまったね」

 

鏡に向かってつぶやいた声は、自分でも呆れるほど冷静だった。

でも、その奥で何かが安堵していた。

 

“見られるかもしれない”。

その可能性に、私はまた身を預けてしまっていた。

 

写真は保存した。

でも、今回は誰にも“見せる場所”には置かなかった。

それが、唯一の理性だった。

 

ただ、そこにあるだけ。

誰にも見せない、でも消しもせずに、

スマホの中にそっとしまっておく。

 

“もしも、また見られたら”。

そんな、ありえない可能性にすがるような甘さ。

 

私はスマホの画面を伏せて、ベッドに戻った。

部屋の明かりを消すと、すぐに目が慣れて、天井の形がくっきりと浮かんだ。

 

――私たちは、どこまで行ってしまうんだろう。

そう思いながら、目を閉じた。

眠れぬ夜が、また始まっていた。

 

 

 

 

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