※この作品はR-18です。

母さんと隣の男   作:松田義和

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第三章:のぞき穴の向こう

あの夜を境に、僕の中の何かが音を立てて崩れた。

けれど、何事もなかったように日常は続いていった。

 

母さんも変わらなかった。

朝はいつも通りに起き、弁当を作り、洗濯物を干す。

ただ――夜になると、少しだけ時間の流れが変わる気がした。

 

22時を過ぎると、母さんは妙に落ち着きがなくなる。

スマホをチェックする頻度が増え、鏡の前で髪を整える回数が増えた。

「ちょっとコンビニ行ってくるね」

そう言って出ていく後ろ姿が、すでに女のものに見えた。

 

僕は、問いただすことができなかった。

怖かった。母さんが何を答えるのか、その言葉がどれだけ残酷なものになるか、考えるだけで喉がつまる。

 

だから、僕は――見に行くことにした。

 

最初は確認だった。ただの確認。

母さんが隣に入っていく姿を見る。それだけでよかった。

 

でも、ある夜、鍵が閉まっている玄関の前で、僕は思わず耳をあてていた。

廊下の冷たい空気。湿った壁の匂い。

そして、扉の向こうから聞こえるかすかな音――笑い声、ベッドのきしむ音、息遣い。

 

耳に響くその音が、僕の体の奥に何かを残していった。

やがて、その“何か”は習慣になった。

 

⸻

 

毎夜、母さんが出かけると、僕もこっそり後を追った。

二軒隣の田原の家の前。

鍵が開いていれば、隙間から覗いた。

閉まっていれば、耳を当てた。

 

ある晩は、はっきりと聞こえた。

母さんの、少し甘えた声。

「あ……そこ、だめ……」

なのに、それは本気で拒んでいる声ではなかった。むしろ、誘うように、男の手を導いているように聞こえた。

 

僕は息を殺し、壁に張りついたまま、ずっと耳を澄ませていた。

 

そして気づいた。

僕は、楽しんでいる。

母さんが堕ちていく姿を、見届けることに。

 

自分が、最低だという自覚はあった。

でもやめられなかった。

この行為は、僕の中で何かを満たしてくれる。

母さんが他の男に抱かれている、その現実を、確かめることでしか癒せない感情がある。

 

何に対する怒りなのか、嫉妬なのか、愛情なのか――もうわからなかった。

 

⸻

 

ある夜、いつものように壁に耳を当てていた僕に、ある異変が起きた。

 

ガチャリ――と、鍵の音。

 

反射的にしゃがみこみ、物陰に身を隠した僕の目の前を、母さんが歩いていった。

 

笑っていた。

頬が赤く染まり、髪は少し乱れていた。

そして、その手にはスマホが握られていた。

 

ふと、彼女が足を止める。

僕の隠れている場所のすぐそば。

そして、スマホを取り出し、カメラをこちらに向けた。

 

――まさか。気づかれている?

 

僕は一瞬、心臓が止まるかと思った。

でも母さんは、何も言わず、そのままスマホをポケットに戻し、家へと消えていった。

 

……その夜、僕は眠れなかった。

 

画面の向こうで何かが始まっている気がしてならなかった。

覗いているのは、果たして僕だけなのか――それすらも。

 

 

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