※この作品はR-18です。

母さんと隣の男   作:松田義和

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第四章:記録された夜

母さんのスマホを、僕が初めて手に取ったのは、ほんの出来心だった。

 

あの日、母さんはシャワーを浴びていた。

洗面所の棚に、画面を伏せたままスマホが置かれていた。

通知音が一度だけ鳴った。

僕は反射的にその画面を見た。

 

メッセージはプレビューされていなかった。けれど、そこに表示されていたアプリの名前は見覚えのないものだった。

 

「G.Files」

ファイル転送・保管系のサービスアプリらしい。

でも、母さんがそんなものを使っているなんて……。

 

――まさか。

 

そのまま、僕はスマホを手に取った。

 

指紋認証はかかっていなかった。母さんはそういうのに疎い。

アプリを開くと、そこには「PRIVATE」という名のフォルダが一つだけ存在していた。

 

恐る恐る、そのフォルダをタップする。

表示されたのは数本の動画ファイル。ファイル名には何の情報もない。ただ無機質な数字と日付。

 

一番上のファイルを再生した。

 

⸻

 

暗い部屋。カーテンが半分閉じられたベランダ側の照明だけが点いている。

カメラは固定されていて、部屋の一角――ベッドの上を捉えていた。

 

映っているのは……母さんだった。

白いシャツに黒のインナー。髪を結い上げ、どこか準備されたような格好。

 

画面の右端に、男がゆっくりと現れる。

田原だ。

 

会話の音声は入っていない。けれど、表情と動きだけで状況が伝わってきた。

母さんは、笑っていた。

そして、シャツのボタンを自分で外していった。

 

田原の手が触れる前に、彼女はすでに肌を晒していた。

 

僕は動けなかった。

カメラの存在に気づいているように見えた。

いや――むしろ、**最初からそのカメラに“見せている”**ような動きだった。

 

表情、ポーズ、視線。

どれもが自然なようでいて、どこか作為的だった。

田原の手が彼女の脚に伸びたとき、母さんは一瞬だけ、カメラの方に視線を向けた。

 

それは偶然じゃない。

間違いなく“誰かに見せる”ことを意識した、確かな眼差しだった。

 

誰に?

田原に?

それとも――僕に?

 

⸻

 

映像は途中で暗転し、やがてフェードアウトした。

10分ほどの記録だった。

 

しかしその10分は、僕の頭の中で永遠にも感じられた。

 

スマホを棚に戻し、洗面所を出た後も、僕の心臓は激しく脈打ち続けていた。

息苦しかった。

けれど、その夜、僕はもう一度その映像を見たくてたまらなかった。

 

そして気づいてしまった。

この記録は、たまたま残されたものじゃない。

これは、保存された“誰かへの贈り物”だ。

 

その誰かが、もし――僕なのだとしたら。

 

母さんはもうすべてを、知っている?

 

⸻

 

翌朝。

食卓で目を合わせたとき、母さんがふっと笑った。

その笑みは、何も知らない母の顔のようでいて、どこか底知れぬ気配を孕んでいた。

 

「スマホ、充電しておいてくれてありがとう」

 

僕は黙って頷いた。

胸の奥に、言いようのない火種がくすぶり続けていた。

 

 

 

 

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