【R18】続・私本 少し背の高いあなたに寄せて 作:黒木紫雨
原作:ワンダーランドウォーズ
タグ:R-18 ワンダーランドウォーズ WLW WonderlandWars ロビン・シャーウッド メイド・マリアン ロビマリ
公式とは一切関係ありません。
過去作『私本・ゆかいな仲間たちよ』の後日譚にあたりますが、
エロだけ読む分には本編を読んでなくてもなんとかなります。
エロ無しパートは説明なしに過去作のオリジナル設定を好き放題出していますのでご了承ください。
「ハンティントン領ロバート伯、ご機嫌いかが?」
「その呼び方はやめてください」
木漏れ日をきらめかせる長い金髪なのに、下草たちを照らす光のよう柔らかな物腰。金色の刺繍が施された青い貴族服に身を包んでいるけど、やっぱり彼にはシャーウッドの森を象徴する緑の方が似合う。
「あんたの父親も同じようなこと、言ってた」
「外で伯爵をするのも大変なんですよ。同じ立場になって分かりました」
「シャーウッドの番人と、人間の貴族。その父親でも片方しかできなかったのに、どっちもやるって決めたのは自分なんだから」
「私にはこんな素晴らしい仲間が力を貸してくれるからこそですよ」
見慣れない――もっと魅力が別のところにあると知っている者にとっては、という注釈をつけて――ドレスをまとっているエルフの姫に金髪の人間はひざまずく。
獅子心王からの信頼は厚く、気難しいドワーフや交友の少ない小人族とも伝手を持つ今代のハンティントン伯爵はこれから一週間、気高き長命種であるエルフらのもとへひと月ばかり赴く。王弟ジョンが起こした反乱の後始末には歴史あるエルフの知恵を借りなければならないし、これからの世界で人間以外との結びつきも強めていかなければならない。そういう建前でこの男女は深き森のさらに奥、エルフの城の一室で場を設けていた。
チィー、チィー、と伯爵の肩に乗っていた小鳥は窓から外へ。静かな部屋に一瞬だけ影を落とし、すぐに元の日差しが戻る。
大仰な謁見の間にて隔てられていた距離を一気に詰めた。どちらからか、どちらからも。
ドレスと貴族服がしわくちゃになるのもお構いなしに恋人たちが抱きしめあう。
「ああ、会いたかった! 会いたかった! 森の匂いだけでない、貴女の香りがどれだけ待ち遠しかったことか!」
「恥ずかしいったら、もう。ちゃんと仕事もしなきゃいけないんだから、ひと月あるっていっても遊んでばかりいられないのよ」
構わず抱擁を強めるロビンのあたたかさを感じながら、ああ、またしばらくは人前に出るときには襟の高い服を選ばなくちゃ、とりあえず今日は暗くなってからでないと帰れないな、などとマリアンはくすぐったさに笑うのであった。
*
ロビンとマリアンの再会初日は挨拶で済ませ、ロビンが子供の頃から使っている小屋に戻っての荷ほどき、掃除と時間もあっという間に過ぎていった。留守にしていた期間は長いが、城から抜け出したときのマリアンがたまに使っているので最低限の手入れはなされている。
ロビンが《シャーウッドの番人》としての力を開花させる以前――ロビンがまだ彼女の背丈を抜くよりも前も含めて――だと、マリアンは自分が森の守護者を務めねばと常に気を張っていて、近寄りがたい雰囲気も少なからず放っていた。今は恋人になったというのもあるだろうが、ハリネズミのような振る舞いの角が取れて気軽に近づいてくれるし、森で狩人として過ごすときの拠点としても使ってくれている。ロビンの方から全身でマリアンを感じようと距離を詰めているところも多大にあるが、それで嫌がる素振りがあるならすぐにでもやめているつもりだ。
ここまではすべてが予定通りに進んでいた。
浮かれるまいと自制したつもりなのに、朝陽の昇るより前の時間に目が覚めてしまう。その上で体の内側からとにかくもどかしい、うずうずとした感覚でいっぱいになっていて正しい起床時間に戻すことができないまま、緑の狩人服に袖を通して弓矢の鍛錬に使っている樹のところへ歩く。どうしようもない疼きを発散するためで仕方ない。矢をつがえて射ると、前につけた痕の上にぴったりと刺さった。
しばらく身体を温めたつもりだが、まだ足元から伸びる影は薄い。“ロビン”が待つ小屋には帰らず、愛用のクロスボウを携えてこのまま森の外周部へと向かっていった。
(《視え》る……)
豊かな緑をつけた樹々が茂る森はロビンひとりで守るにはあまりに広い。それでもやるのが《シャーウッドの番人》の役目で、それを成し遂げるための特別な力が精霊から与えられている。
森の南側、人間の男がふたり、目立たないよう土色に塗りたくられたマントをまとっている、おそらくは武具もその下に隠し持っている、今は一箇所に留まって休んでいるらしい――それらの情報がまだ見えていないうちから《視て》とれる。ただ視力がいいだけの人では絶対に行き着けない、この力があるから広大な森のどこに侵入者がいようが駆けつけることができる。もちろん、森の地形を熟知しているのも大前提だ。
連中が移動せずにいてくれたおかげでさほど時間をかけずに到着する。姿は見せず有利はとれるよう背の高い樹に足をかけて登る。白い幹に背を預け、深呼吸。朝の冴えた空気によく通る声で警告の声を上げた。
「私は《シャーウッドの番人》! 森に迷いこんだだけならば立ち去りなさい、必要ならば道案内もしましょう。さもなくば……」
相手の反応を確かめるために、気配を殺しつつ首だけ向けて確かめようとしたとき――何かが引っかかる違和感とともに金属のぶつかる音が鳴った。紐と、それに繋げられた金属片による即席のトラップ。
男たちが一斉に立ち上がり、どうあがいても穏当に終わらない殺気とともにこちらへ武器を構える。他にも警報になるトラップを設置していて、どこが鳴るかで居場所を特定する仕掛けなのだろう。発覚状態ではすばやい移動のできない樹上はかえって不利になる。ロビンは一息に太い枝を蹴って離れる方へ跳んだ。
「無粋な奴らめ……ここからいなくなれ!」
着地しながら速射で一発、そして同じ場所へ一発。走ってくる人間に対してまったく同じ箇所ではなかったが、ひとりで二本を一気に放つことで大きなダメージを狙う。命は取らないが無力化はさせるために狙うは脚。賊のひとりが呻いて倒れる。残りのひとりは初動の有利を維持するべくそのまま走って突っこんでくる。飛び道具は撃つたびにどうしても補充が必要なのだ。
(手慣れている!)
森に馴染む緑の服を活かすべく、傍らの茂みに飛び込むも――今度は足元が滑る。踏みこみが甘いという意味でなく、たっぷりの油らしい液体が撒かれていた。まるで数で劣るロビンが葉に紛れて身を隠そうとすることを予見していたかのようだ。
「くぅっ!」
「かかったぞ!」
体勢を崩してしまい、動揺を顔に出さないようにはするが隠しきれず、賊が口元を下品な吊り上げて嘲笑う。
とっさに一本の矢をつがえて、狙いをつけず放つ。敵には当たらず、ポオォと独特の音をさせながら遥か遠くの空へ飛んでいった。
もう彼我の距離は詰められて、ひとりの男がよく研がれた剣をロビンの腹へと。
***
「《シャーウッドの番人》の命を取るですって!? そんな発言、森に対する裏切りでしかない!」
「アア……アア……」
瞳が黒く淀んだエルフの男の胸ぐらを掴んで叫ぶ。
もうとっくに裏切り終えていて手遅れだと分かっていても、良心が残っているかもしれないとか細い希望を託して言ってしまった。
(あの《指輪》を外の人間が手に入れるには、アクセサリーに足が生えて歩くのでもなけりゃ誰かの手引きが必要なのは間違いなかった。こんな身近にいると思いたくなかったのに)
人間もエルフもドワーフも、みな《闇》に魅入られてしまえば滅びの道へと踏み外してしまう。地下深くに封じた大きな《闇》はいつだって世界を葬ろうと蠢いている。
おそらくエルフ側に裏切り者がいるだろうと密かに調査し、ようやく特定して尋問して出てきた言がこれだというのだから感情的になってしまった。
とんでもないことをしてくれたものだと怒りと悲しみがこみあげてきて、次にはもう目の前の男への興味はなくなり。
尋問室の外に控えさせていた兵を呼びつけて言いつける。
「処分の決定は王の仕事! それまで逃がさないで拘束しなさい!」
「姫は、」
「番人の無事を確かめてくるわ!」
森を駆けるための狩人姿への早着替えはもう完了している。
身内であったはずのエルフの手引きで賊が侵入したとなると、ロビンの立ち回り、戦い方もリークされているのは確実だ。あの獅子心王とも真っ向からやりあう度胸も腕前も備えている彼であっても、自分を殺すために事前準備をしてきた敵に対しては――
間に合って。
森の狭い隙間も縫って少しでも早く行けるよう、小柄な馬に跨って駆けだした。
***
ロビンに向かう切っ先は狙った箇所を貫こうと迫る。転倒から立ち直る時間は与えられていない。
「ぐぅっ!」
並の装備であったら重量と勢いのまま腹から背まで、肉をずたずたにしながら貫通していたことだろう。防具として着けている鎖かたびらは普通なら刺突に弱い。だがロビンが着けているのは、友から受け取った最高の品だった。
それでも衝撃はゼロにはできず、うめき声が漏れる。悶絶しそうだ。でも初撃を止めたからといって安心している暇はなく、次は首か、脚か、とにかく防具でも守りきれない場所を狙われる。
立ち上がろうにも手元足元、油で滑るので無理だ。ならば相手も同じところへ引きずりこんでやる。
男たちは自身で仕掛けたトラップだから、滑らない足場を選んで立ち回っている。今さっきロビンを貫こうとした剣の柄を、柄を握る男の腕を逆に握って、ぬめる感触をものともせず乱暴に力で振り回した。一撃で仕留める気だったのが思わぬ抵抗に遭い、一人目は同じ油の沼に倒れこんだ。
(無力化した!)
これだけ準備をされていたなら仕込み武器などもあるかもしれないが、一撃で命をとられかねない剣を封じただけで十分だ。落ち着いて地面を踏みしめるならともかく、揉みあって立ち上がるのもままならない状態ではまともに力をこめて振るえない。
だが武器は剣だけでなく、土も、石も、果てはひとつかみの油だって相手の目や口にねじこめば苦しめる効果は得られる。たちまち金髪の隙間には泥と油が詰められ、取っ組みあう男も傷だらけになり、同じだけの負傷をロビンも重ねていく。力が強く、抑えるだけで手一杯だがロビンだって鍛えてきた身で、獅子心王との遠征で実戦経験も積み重ねている。
なんとか隙間を縫って男の装備も剥ぎ、暗器を隠していないか、あったとしても取り出せないように注視する。
ミスリルの鎖かたびらで致命傷は避けたとはいえ、腹に響いた影響は残っていて、腹から朝食も吐き出してしまいそうだ。いっそ相手の鼻っ面にかけてやった方がよかったかもしれないと、すべてが終わってからなら思えることだろう。今は必死に意地でこらえている。
人間の腕の数、足の数は同じ。それらを一対一で抑えることができれば泥臭くとも負けることはない――そう思っていたのに。
一瞬だけとんでもない力を発揮して、男がロビンの上を取る。
甘かった、と思った頃には男は人間の持つ、手と足以外の武器を、大きく口を開いてその歯を晒す。顎が外れるのではないかというくらいに開かれた口腔は魔獣のようにも見えた。全力で首筋を食いちぎられたら無事で済まない!
命を取る気でいる敵と、そこまでするつもりのないロビンの差が喉に迫ろうとした。
(ここまでか……っ!)
最期の瞬間まで目を閉じるまいと緊張していたが、ロビンのやわらかい喉笛は無事なままだった。代わりに第三者に後頭部を殴り倒された男の体がのしかかってきた。
棒を持った第三者はロビンと面差しがわずかに似通った青年だ。
「ああ、ロブ、無事か! また大層な姿になりやがって、命あっての物種だ!」
「ウィル……………………」
あの外した矢、鏑矢の音は仲間に届いていた。独特の音が鳴るよう先端を加工されたあの矢は、領主を継いだ身でありながら森の番人も務めようとするロビンへ領地の人間たちが託してくれたものだ。海の外からもたらされた珍しい技術で、遥か遠くも射抜けるロビンであれば音を使った伝達道具として角笛よりも使いこなせるだろうと渡されていた。ロビン以外に持つはずのないその貴重な音が鳴り響けば、領地の仲間がすぐに駆けつける約束がなされている。
ウィルは重傷だが死にはしていない男たちを手際よく拘束し、安全を確保してからロビンに駆け寄る。
「立ち上がる元気もないか……ん? 待て、馬だ、また来る。ここで隠れていろ」
「いえ、これは」
ロビンの耳にももちろん聞こえている。そして森の中心部から外周部であるここに向かう進路、森の道なき道でも迷いなく速度を落とさない足。
息は上がって、腹部の痛みも緊張が緩んだため主張が強くなっている。ぐっと目を閉じて堪える。これから現れるであろうひとには弱った姿を見せたくないから、気力を少しだけ蓄えて。
音が聞こえる距離になってから目の前に現れるまで、体感ではまばたきをする程度の時間だった。
「ロビン! ロビン! あたしの目の届かないところで死んでいない!?」
その長い緑の髪は森によく馴染むのに、ロビンにとってはあまりに愛しすぎてまるでそこだけ光が強く照らされているかのよう、輪郭がはっきり感じられる。馬から飛び降りてそのままの勢いで駆け寄ってくる。賊の仕掛けた油のせいで足場が悪いのに「おっと」と一言漏れただけで、バランスは崩れない。
輪郭だけのマリアンが傍らのウィルに一瞥し、汚れも構わずロビンの乱れた髪をかき分けて様子を確かめる。彼女の安堵した表情が目の前に現れて、ようやく自分は助かったのだと、実感が湧いた。
マリアンもウィルも、鏑矢の音を手がかりに全速力で駆けつけたので物資は潤沢と言いがたい状態だった。だがふたりぶんを組みあわせることでロビンの手当てと賊の拘束、どちらもこなせそうと分かり、初対面のふたりだったが手際よく協力し、軽口を叩けるくらいに打ち解けていった。
その会話の間でもロビン自身は役に立たない状態で、下草が厚く重なった場所に布を敷いて休まされている。内容は聞こえてくるが口を挟めない。
「このひとがいつもロブの言っているエルフの王女さまか。こりゃあ敵わないだけだ」
「え?」
「この男はさ、若くして領主、しかも国王たる獅子心王のお気に入り。事情を知らない連中ったら世間知らずと舐めてかかって、女やきれいに飾ったな少年を送りこんでくる奴らもいるって話さ。だというのに、てんでそいつらを相手にしないものだから、相当の変態趣味か、あるいは」
「ちゃんと女好きよ。あたしに何年惚れて続けているんだか」
捕えた男たちの方はウィルが連れ出すことに決まった。マリアンの証言により、この者たちはただの密猟者でなく明確にロビンの――ロバート・ハンティントンの命を狙った暗殺者であり、ただ森から蹴り出すだけでは対応が不十分なのだ。
「ロブ自身もこっちに連れて帰って療養させてもいいんだが……元からひと月、エルフの城へ出向いているって周りには言ってあるし、そこでどう過ごそうが外から知る術はないからな。そっちの方が羽を伸ばせるだろう。あとは任せたよ」
「悪いね、つまらない後始末を任せるかたちになってしまって」
「なあに、代わりにそちらにしかできないことをお願いしますよ」
ロビンがそのすばらしい射撃で脚が使い物にならないよう射抜いてしまった方の男は仕方なしにウィルの乗ってきた馬に乗せ、ロビンと取っ組み合いののちに後頭部へ一撃もらった方の男はなんとか歩くことはできそうなので歩かせることになった。「何でもやりうる、念には念を」というロビンの言葉に従い、口に布を噛ませた上で、さらに布袋で視界も覆い隠す。
連行するウィルを見送ったのち、負傷しているロビンはマリアンの馬に乗せて反対方向へ進み始めた。
草の踏みしめる音、いまだ収まらない痛みを堪えるための深い呼吸ばかりがやけに大きい。それでいて空気は重たかった。
恋人同士でふたりきりになったら浮かれるのが普通であろうし、初日のロビンは事実浮かれていた。だが今はマリアンの方が沈鬱な表情をしていてとてもそういう雰囲気にはならない。
「あたしが《シャープアイ》の魔法を引き上げていたせいで、察知も到着も遅れちまった。もし敵の人数が多かったら? あと少し遅れていたら? ……考えるのもイヤになるわ」
「マリアンの手を借りないことは私自身が決めたことですよ」
ロビンは人間の貴族と森の番人、両方の役割を果たそうとしてる。そのため森を留守にしがちなことに、みながよい顔をしているわけではない――というのも知っている。
簡単な話で、森に害をなそうとする存在はわざわざ「ごきげんよう、森の番人が今日はいないのですか。では帰りましょう」だなんて言ってくれはしないのだ。実際、かつてマリアン捜索のために森を出たその間に火を放たれ、樹々が赤く舐め上げられた。その傷跡はまだ生々しい。草木の再生力はすばらしいものであり時間をかけて森を癒やしてくれるが、もしも短期間のうちにあのような炎上が繰り返されることがあれば次は不可逆的な損害を被ってもおかしくない。
だからロビンが森にいない間、マリアンが“狩人”として番人の役割を代わってくれている。ただ、そのまま全部任せていればエルフたちからは「気に入られていることをいいことにエルフの姫に任せているだけ」という目で見られるのも当然である。だから森に帰ってきているうちはマリアンの手を借りずに《シャーウッドの番人》の仕事を務めると決めたのだ。
「また、手立ては考えましょう。あいたたたた、早く休みたい」
「演技がヘタよ。そんなので人間同士の腹の探りあいだのできるの?」
「今は貴女が笑ってくれるなら十分です」
マリアンは傷を負った腹を小突こうとして、思い直し代わりに高い位置にある額に背伸びして突っついた。
ロビンの小屋に着いてまっさきにやったことというと、まずはロビンの衣服、装備品をすべて脱がせるところからだった。仲間が駆けつけると信じて泥くさく抵抗したゆえの全身どろどろの油まみれで、だから助かったのだが後始末の面倒さは変わらない。
「あーあ、最高級品の鎖かたびらも台無しじゃん。運ばせた馬もだいぶ汚れちまったし……どれからやろうかねぇ」
ごめんね、と馬の方に謝りながら物思いに耽る横顔もまた魅力的……だなんて思ってしまう。馬の方も汚れた不満はぎりぎりマリアンの誠意で飲みこんでいる様子だ。
「とりあえず生きている連中の身体から洗い流そうか。川まで全員で行くよ」
「ヒヒィン」
生活のための井戸もあるが、馬とヒトの両方を丸洗いするには効率が悪い。水だけでは落としにくい汚れを落とすための石鹸も持ちこんで、マリアンもブーツは脱ぎ手袋も外して、全裸のロビンほどではないが身軽な格好で浅い場所を選んで入る。
彼女が馬の毛、一房まで愛情をこめて汚れを落とす姿を横目で見つつ、ロビンも髪を中心に汚れを洗い流していった。身体をねじる動きをすると腹部の痛みが厳しくなるが、特にひどいことになった頭だけなら自力でもできそうだ。絡まった泥や細かな葉、種などが下流へ流れていき、すすぐたびに髪の毛の指通りがよくなっていくのは心地よい。
だんだんと水に流れる汚れやゴミは目立たなくなってきたが、どこまで落とせたか自分の目では分からない。指で触れる感触からするとだいぶ落とせたはずだが、背中側の方は確かめようとするとまた傷が痛みを主張してしまう。
「ほらもう、やってあげるよ」
「……ありがとう」
見えない背後から投げかけられた申し出を自然と受け入れる。自分のそれより細い指が、先まで世話をしていた馬へのと劣らぬくらいの丁寧さで金の髪を梳きはじめた。ロビンは手頃な川辺の岩に座り、後ろにマリアンが立つ形だ。先に洗ってもらえた馬の方は川から上がり、新鮮な下草をかじっていた。
幼子とその親でもなければ、人が他人に髪を触らせる機会などそうそうない。「貴族らしく整えてくれ」と周りに頼みこまれて頭髪を含めた身だしなみを整えさせられたことは何度かあったが、そのときも櫛、鋏といった道具を通しての『接触』で、『ふれあい』と言うには足りないものだった。
髪というのはそれ自体に感覚が通っているわけではない。なのに無数にあるような毛の一本一本のわずかなゆらぎが、まるで大きな波のよう、まるで皮膚への愛撫と劣らないほどの触られる感覚をもたらす。多くの動物が親子、あるいは仲間同士、ときに恋仲同士で毛繕いをしあうのも、きっと同じような感覚を持っているからに違いない。
心地よさにしばし目を閉じ、川のせせらぎに耳を傾けた。何度か水をかけられ、そのたび水分で重たくなった髪をまた丁寧に、丁寧に。滴る水が背中を伝っていく。流れの半分はマリアンの腕、肘へと達していることだろう。次第に日も高くなって、ちょうど自分たちのいる場所に暖かな日差しが降り注いでいた。
「ほら、あと少し」
水をたっぷりと吸ってしまった髪をやや雑な扱いで絞りつつも、余計な水滴が背中へ滴らないくらいには始末してくれている。引っ張りすぎてうっかり痛い思いをさせないようにする気遣いがその手付きにはあった。
これで終わりかと立ち上がろうとしたら肩を押さえられて、大人しく座りなおす。絞り終えた髪の束を後ろ側から正面側に垂らされ、外気にさらけだされた背中も流してくれていた。あまり頓着していなかったが、身体をひねるのも辛いうちはまともに洗えないだろうことに思い至る。
「なにもかもを任せきりにはできませんから、早く治さなくてはいけませんね」
「当たり前でしょ」
最後だけちょっと乱暴に頭から水をかけられた。
*
水浴びを終えて小屋に戻り、ロビンはやっと身体を締めつけない衣服に着替えられた。
森の外敵はロビンが負傷しているといった事情は汲んでくれないのだから、代わりの森の番はマリアンがこなすことになる。それでいてエルフ側の裏切り者の処分やその他の仕事もこなすのだから、惜しい気持ちはあるが彼女と過ごす時間はここでお預けになった。
「医者も手配しておくから。でも『いつ来るかは分からないから』、大人しくしていなさいよ」
聡明なマリアンであれば最も都合のいいタイミングを調整し時間指定することもできるだろうに、あくまで休養していろ、と強調された。
簡単に部屋の片付けをして――枕の硬さがマリアン好みに調整されていたのを自分用に戻したり――ベッドで身体を休めた。これだけの出来事があったのにまだ太陽は沈む気配もなく、残りの長い一日は目を閉じて過ごした。合間に起きて保存食や水を腹に入れたりした程度だ。
日が沈む頃には小雨が降りだし、土の匂いと湿気が小屋の中まで満ちてきた。森全体をしっとりと濡らす雨は明け方ごろに止んできて、いつもの習慣で目が覚めはじめた頃合いに小屋の戸が叩かれる。時間帯もそうだが、雲が空を薄く覆っているのもあって、まだ夜といって差し障りのない暗さであった。
戸を開くと、暗くて推測止まりだが、おそらくはマリアンが呼んだエルフの医者が立っている。
「お待たせいたしました、して、怪我人はどこに」
やけに低い物腰にまず驚き、そして気づく。灯りが足りていないから勘違いされている。
「いえ、私は姫君ではありません。この度はよろしくお願いします」
*
マリアンは森を巡回するにあたって重要度の高いポイントに《シャープアイ》の魔法を改めて仕込みつつ、城から連れてきた馬を返し、ロビンの小屋へ医者を手配していった。あの素晴らしい鎖かたびらはしっかりロビンへのダメージを抑えてくれていて、だからこそ医者をあまり早くに向かわせるとあの男はまた自分の足でうろつくことだろう。明日でも構わないが少なくとも今日の日暮れ以降に、と頼んだ。
そしてまだ明るい時間、ロビンと賊が争ったあたりに戻るとまだ連中の仕掛けた罠は残されたままだった。いい気分ではなかったが周囲に警戒しつつ回収することにする。
(ロビンの命を取るためだけの……)
今回は運良く直前で察知できたが、もしも次があればさらに巧みに隠れて彼を毒牙にかけようとするかもしれない。そのときは指の間から硝子玉がコロリとこぼれるよう、あっけないことだろう。
ひとりでいると嫌な思考から自力で抜け出せなくなってくる。
「……あ」
魔法による探知にかかるものがあった。ただ密猟者やそれに類するものではない。森を通る川、その下流にある村の子供たちだ。遊びとして川沿いに上ってきては森でときどき迷子になっている。
馬はもう返してしまったが、人間の子供に後れを取るようでは森の番人としての名が廃る。小さな訪問者に気づいてからその場へ姿を見せるまでの時間はあっという間にであった。
「わあ、番人の兄ちゃん!」「また面白いお話聞かせてよぅ」「とっておきの棒を作ってきたんだ」
狩人服が似たような意匠をしていて――マリアンはかなり着崩しているのだが――長髪という目立つ特徴が共通しているせいか、勘違いされていた。
「悪いね、あたしはあいつじゃないよ。そこまで似ていないと思うんだけどなぁ」
「ごめん、ごめん。姉ちゃんも同じくらいだーいすき!」「またお外まで連れて行ってね」
「ちゃっかりとごまかしてさぁ」
両方の腕にぶらさがられ、その重たさに左に右に揺れながらもマリアンは笑った。笑って、心に引っかかるものを今だけ忘れることにした。
そして日が沈み雨が降る前に子供たちを送り出すことはできた。
*
朝早くから来てくれた医者に診てもらった結果、骨や筋に異常はないので痛みさえとれたならば普段どおりに活動してもよい、とのことだった。もっとも、例えば絶対安静など言い渡されるような容態であったならば、水浴びよりも先にマリアンは医者を馬にくくりつけてでもすぐに連れてきたことだろう。専門家ではないにせよ、今すぐ処置しなければ危険かどうかくらいは見分けるくらいの知識と経験はあるのだから。
その日は日中ずっとマリアンは戻ってこなかった。もしも侵入者などあればロビンも自分で動こうと決めていたが、そのような気配もない。水汲みのような生活に必要な行動以外で出歩いたら確実にマリアンにどやされることだろう。
『住む場所を直接狙われたらたまったものじゃないわ』
そう言ってこの小屋の周りに《シャープアイ》の設置をしてくれたが、優れた番人であるマリアンがシャーウッドの森の中でも深部に近い場所まで悪意のある者を侵入させるようなへまはするまい。見張る対象は逆。ロビンが勝手にうろつかないかどうかに目を光らせる方だ。
あるいはロバート・ハンティントンとして、ロビン・シャーウッドとして、忙しい二重生活を送っている自分への『休暇』を作ってくれているのかもしれない――とまで考えたところで、さすがにそれは都合よく解釈しすぎか、と苦笑する。
「でもこれからどうしようかくらい、考えようとも思う」
今回は運良く悪意を退けることができたが、もしも次があればさらに巧みに自分か、悪ければ森そのものを害されるかもしれない。そのときは鷹が仔ウサギを連れ去る瞬間のよう、あっけないことだろう。
ふたりでいればいい考えも浮かんでくるだろうに……。
まず、人間の貴族と《シャーウッドの番人》との二重生活を辞めるという選択肢はロビンにない。外に出てみて分かったことだが、人間たちは土地を開墾し海を渡り、ますます力を強めている。木を切り倒す斧がシャーウッドの森に及ばないようにするには、彼らとの関係が重要であるとますます実感を深めていた。それに今回の件でロビンを狙ったような存在はどれだけ忙しかろうが、逆に暇を持て余していようがお構いなしだ。
別の選択肢を考えるなら――まさに今回の襲撃からロビンを救ってくれた実際の例を踏まえると、仲間とのつながりだ。「なぜシャーウッドの森を特別なものとして守護しなければならないのか」という秘密を明かすことはできずとも、協力の輪が広げられる。
自分で考えるだけだと、これまでとやっていることが変わらない。
「今までにないことが起こっているなら、こちらも変わらないといけないのですが……」
体を休めたり考えごとをしたりを繰り返すうち、日が傾いていた。普段より暗くなるのが早いような気がすると思ったら、雨が降りはじめていた。
ただでさえ襲撃があったばかりで気を張っているであろうマリアンはもしかしたら一晩中ずっと森の巡回をするつもりかもしれない。森を見通す《眼》は『休暇』のうちは使うのを控えようとしていたが、今そこに映るのは雨に濡れながらも外に佇むマリアンの姿。その横顔は憂いの表情。
行こう。
優しく肌や葉の表面を濡らす霧雨だが、それでも部屋着のまま出るには具合が悪い。着慣れた狩人服に袖を通す。
扉を開けると湿度の高い空気がまとわりつく。見上げるとやや高い樹には真新しい矢が刺さっていて、あれにかけた魔法を通して今マリアンもロビンの姿を見通しているはずだ。
マリアンがいると視えた方角へまっすぐに歩く。柔らかくなった草と土を踏む音が雨の舞う音に重なる。
長く往かないうちに、もうひとつの草と土の音がそこに重なった。
「……大人しくしてなさいよって言ったけど」
「医者はもう来てくれましたからね」
屁理屈をこねたらマリアンの表情に苛立ちの色が一瞬だけ差して、「出歩ける程度だったんならいいわ」と言い直した。医者から安静を言い渡されていたらちゃんと寝ているはずだ、という信用はしてくれている。今は安堵の色で塗り替わっていた。
「ひとりでいると、悪いことばかり考えてしまうわ。なんか顔みて安心した」
「私にとっても、貴女は最高の薬のひとつですよ」
霧雨はほとんど霧に変わり、しっとりとした感触。どこへ行くとも言わず、小屋の方に足が向く。
「どのような悩みごとを?」
「……あんたが死んだらって考えて、落ち着いていられなくなったの。別に、《シャーウッドの番人》は死んでも次の誰かが精霊によって見出されるだけよ。少なからず空白の期間はできるけど、なんならあたしがまた代わりをしていたって構わない」
ここまではただの事実確認。エルフですら永遠を生きることはないのだ。
マリアンが言葉を詰まらせ、わずかに声を震わせながら続きを紡ぐ。
「……子供たちに、さ、あたしとあんたを間違えられたんだ。そういうふうに見られてるんだなあとか、精霊とか《眼》を持っているかとか、こだわっているのってあたしも含めてエルフだけなんだなぁって。番人に代わりはいるという理屈と、恋人しているし死んだりしてほしくないって感情が、そう、ぶつかるのよ」
言葉にして形になる、死んでほしくないという思い。凝り固まった殻のよう、無意識にマリアンの腕が自身の腕を掴む。その肩にロビンの手が置かれた。
「それだけ愛されていて、私は幸せ者ですね。そして、それだけ貴女に背負わせてしまっていた。ずっと森に私がいなかった頃の番人の代わりの仕事、またエルフたちとの交渉ごともマリアンに任せきりでした」
ロビンもまた、自分の見てきたもの、感じたことを言葉に変えていこうとする。マリアンと共になら、ひとりでは出てこなかった何かが得られると思っているから。
「その時点で、私ひとりでみんなこなすなんて幻想はとっくに崩壊していた。父は自分の手が届く範囲を見極めて、選んでいたのだと今ならわかる。でも私はいまさら自分が正しいと思ったことを捨てられないから、人間の世界とのつながりも、《シャーウッドの番人》の役目も、放棄するつもりはありません。貴女がいなければ元々成り立っていなかった」
長々と思ったことをそのまま口に出しながら、
「これからも、共に歩んでほしい」
「……女とかいろいろ送り込まれているってあの人間に聞いたけど、結婚してほしいってこと?」
こっちにもこっちの事情がさぁ、と何とも言えない表情をして顔を上げる。種族の違いだけでなく、互いに立場というものがあるのだ。
「いえ、そうでなく。明朝にでもエルフの城の方に赴いて『マリアンも番人だ』と言い切ってこようかと」
「………………は?」
話が飛んで、時間をかけてようやくできたリアクションが空気の抜けるような発声だけだった。
「私の母は精霊でしたよ。ならば半分だけとはいえ精霊であるロビン・シャーウッドが『マリアンも番人である』と言い切ってしまえば、どうして反対できるでしょう? 自分で言ったじゃないですか、建前を気にするせいで柔軟に動けないと。ならばそれを取り除くが筋というものでしょう」
「屁理屈。あたしは……」
「考えすぎないで。貴女は直情で動けるひとなのに頭が枷になっている」
「ああもう、負けたよ。――そうだね、しくじったところであたしがあんたを失うだけさ。なら、一緒に思うままやった方がきっとリターンは大きい」
「また理屈っぽくなってますよ」
「あんたの屁理屈には勝てないよ」
「では、私も今はやりたいままに」
日が沈むのとは別に視界が塞がれ、濡れて顔にかかった髪を除けられ、唇に雨とは違う濡れた感触が当たった。生暖かくて、吐息のかかったと思ったときにはまた離れる。
♡
小屋に帰り着く頃には雨もすっかり止んでいた。だがしっとりと衣服も肌も濡れており、なにより狩人服は寝間着にはならない。ロビンはマリアンに乾いたタオルを渡し、マリアンは――ロビンのものは出る前に脱ぎ捨てられたものだったが――服を出して渡そうとした。
ロビンは受け取らなかった。
恋人の髪をタオルでぬぐって水気をとりつつ、また愛するひとの唇に重ねる。今度はすぐ離さず、舌も差し込んでいく。冷えた体表とは対照的に、その奥に
しまわれていた柔らかくて熱い舌に触れる。おずおずと動きだすのを待たず、自分の熱を伝えて上書きするかのよう、髪を拭くタオルと共に頭ごとを抱えて侵略を深めた。遅れて彼女の舌も絡んできて、書き換えられる前の熱がこちらにも伝わってくる。
(交わりたい)
一方が他方を蹂躙するのでない、元の色がどちらだったか問題にならないほどに溶けあって重なりあって混ざりあいたい。
ふたりで新しいもうひとつになるのだ。
「ん……ん……」
「んあっ、あ……あ……はぁっ、ちょっといつもより長いんじゃないの……? ――んっ」
ついばむような口づけを足してから、
「貴女が嫌ならばすぐにやめましょう」
「フフ、思ったことを言っただけよ……っ」
完全に日が落ちて暗くなった空間でもなお、篝火のよう燃える紅い瞳がこちらを見上げながら迫ってくる。元から接近していた距離が再び限りなくゼロへ。
瞳も美しい顔も見えなくするにはあまりにもったいのに、彼女の舌が今度はこちらに侵入してくると、感覚のリソースがすべてそちらに吸い寄せられてしまう。先は差し込んでかきまわす側だった器官を今度は自分の口腔で感じると、感じる範囲が段違いなのだ。
マリアンの腕が上がってきて肩にかかる。入れ替わるように、先まで彼女の頭ごと抱いていたロビンの腕が緩んで降りていく。自分より細い肩、指通りのいい髪、男にさえ劣らず鍛えられているのに柔らかさもある腰――その腰近くまである髪の毛先のくすぐったさが無くなるくらいに低く至る。マリアン自身の肉体でない、その隠し所を覆う布さえも障害には感じられない。でもその内側に覆われたところに用がある。あっけなく男の手が下着の中へ滑りこみ、女のやわらかな臀部をその掌で覆ってしまう。一瞬だけ脂肪の下に潜む筋肉が緊張するが、すぐにリラックスして緩むのが指先の感触として伝わった。
さらに奥にあるはずの、久方ぶりであってもその熱さと柔らかさで歓迎してくれるはずの、本当は今すぐにでも侵入して味わいたい領域にも指を伸ばしたいのに、臀部から滑り入るには腕の長さが足りない。姿勢を変えて調整すればなんとか届きそうなのだが、膝や腰をわずかに曲げて身体を傾けたとき、あの傷つけられた腹部に痛みが走った。
そのわずかな不自然な動作を見逃す彼女でなかった。
「怪我人さん、ベッドに行こうか」
「……すみません」
マリアンの方から口と身体を離すと、ふたりの間に透明な吊り橋がふたつ架かる。唇から始まる方の橋を手の甲で拭うマリアンだったが、へそのあたりに片方の端があるのはそのまま細く伸びている。反対の端はロビンの勃起した男根の先からだらしなく、そしてマリアンが身体を翻すとあっさり切れてしまった。寒々しく取り残されてしまっている。
「さっさと横になりなって」
促されるまま、腰に負担がかかりにくいよう片膝は立ててベッドへ。身体が痛もうがマリアンが欲しいと唸っている男性器だけぴんと天井へ突き上げられていた。橋渡す相手がいなくても滾々と先走り液が垂らし続けている。
どうするつもりなのか、いまだ下着は残しているマリアンの肢体と暗がりでも美しい顔を下から眺めていると彼女もベッドに上がってきた。また口づけを交わしあえるものかと期待に息を呑んだら、魅力的な唇が離れていってしまった。落胆の声が漏れそうになったとき、ずっと寂しくしていた男根に覚えのない、だがさっきまで別の場所でずっと堪能していたはずの熱くて濡れた感触が降り掛かってきて、腰から背筋、全身に走る感覚に落胆どころか歓喜の声が発せられた。
「――っ、あ、マリアン、」
呼びかけというほどでもないそれに反応して、下に向けられていたマリアンの頭が上がる。
「……なによ、下手だっていうのなら言いいなさいよ……」
いつもならば物事に妥協しない、完璧主義とはまた違う、おのれに厳しいひとが自信なさげに自分のペニスへ頬を寄せる。日々鍛錬のために矢を打ちこんできたのと違って、彼女が男性器を扱うための経験を積めていないのは確かだった。エルフの結婚事情はロビンも詳しくはない。だがこれまで子供のエルフというのを見かけたことがないことから推測するに、生殖に関しては数百年生きていたとしても必ずしも経験豊かということではないだろう。
舌を使って何度も何度も幹を舐められる。唾液濡れて外気で冷えたかと思えばすぐに熱い舌が面でなぞってきて、ペースの早い吐息と支える手のぬるさも合わさる。より敏感な箇所である亀頭や裏筋にはなかなか舌を使ってくれないが、偶然に触れてくれると一気に快感が登ってきて腰が浮いてしまう。「んあ……っ」と声が出ると少しばかり動きが止まって、反応を観察されていることが分かった。
マリアンは賢い。人間より遥かに長い時間をかけてゆっくり生きている種族のはずなのに、ロビンからするとその生き様などは人に近いところに降りてきている。今だって、ほんの一瞬だけロビンが見せたリアクションを受けて何がいいのか学習して動きを修正しようとしていた。
赤黒い粘膜の露出している箇所がより反応が得られると、ひとたび認識されると唇で挟んで、舌でくすぐって、舐めあげて、あれこれ形を変えて刺激を送ってくる。唾液以外の味もしていると思うが、それは躊躇わせる要素にならなかった。どこかのタイミングで口以外でもできることを思い出したかのよう、指先で撫でられたり掌で包まれたりもした。どれもが気持ちよくて、ただなまじ先端がいいらしいと良かれと思ってそこばかりすぐに種類を変えて責めてくれるのだが、あまりに目まぐるしくて射精感についてはかえって遠のいていきもする。この時間が長く続くなら悪いことではないのだが。
いつになく熱心に性器を扱ってくれるマリアンのことを眺めていると、ふと目が合った。
「その、いつもみたくシたら絶対に傷に障るのは見えていたんだから、動かなくてもいいようにって」
言い訳するようまくしたてながらぐりぐりと男根を手でしごかれている。ぐりぐりされた自分の性器が右へ左へ揺らされているのとまるで連動するかのようにマリアンの眼球が忙しく動いているのが見えて、笑っては失礼極まりないところをこらえるので精一杯だった。頬の筋肉が震えているのを見咎められていたらどうなっていたことか。滑稽だからだけでなく、そこまで考えてくれていた愛しさなどもないまぜになっての可笑しさなのだが、拗ねてしまうのは明白だった。
ゆっくり腕を持ち上げ、マリアンの頭を撫でる。今にも笑いだしそうなのをごまかす意図もあるにはあったが、自分の下腹部に被さる位置にいる彼女へできる最大限の愛情表現がこれだった。
「とても、とても嬉しいですよ。貴女にならどうされても愛しくてどうにかなりそうです。敢えていうなら、されるだけでなくて、こうしたい」
「あっ……!」
反動を使ってマリアンの身体を自分と同じ高さへと引き上げる。これで、頭を撫でる以外にもあらゆる方法で彼女への思いを表現できる。
まずはキス。男同士の猥談で『性器に触れた口にするのは無理』などと言っていた者がいた気がしたが、マリアン相手なら欠片も気にならずいくらでも続けていられた。
次に胸。いつもは邪魔にならないよう押さえつけられているそれは小ぶりに見えて、ひとたび解放してやれば手でぴったり包むといくらか溢れる大きさで、張りがあって、本当の有り様を知っているのは恋人の自分だけだという優越感が湧いてくる。揉みまわす左手の中心部に彼女の乳首の感触があった。
「ちょ、ちょっと、好き放題、あっ、なにすんの……んんっ」
唇が何度も言葉を遮ってくる隙間に喘ぎ声が挟まっている。可愛いという感情がより高まってしまうと胸を愛撫していた左手がつい、まるで猫にするようにマリアンの喉をくすぐってしまう。軽く撫でるだけで頭ごと振って反応が返ってくるのは楽しいが、キスするどころでなくなるのだけ残念だった。
そして右手、その指は先の立ったままの触れあいでは届かず中断することにもなった、マリアンの脚と脚の隙間にある隠し所に埋められている。下着が邪魔だがそれを下ろさせる手間すら我慢できずに、覆う布を最低限だけ押しのけての侵入。
挿れたときからずいぶんと濡れていて、入り口から順にほぐすまでもなくロビンの長い指を受け入れてくれていた。ここはやはり特別で、もしかしたら今夜はずっと性器を介さずいちゃついているだけでも満足できるかもしれないと、本当に最初のうちはそういう考えもあったのに、一度触れてしまうと最後、考えを支配され書き換えられてしまう。厚い肉襞を撫でるたびあがるマリアンの高い喘ぎ声が聴覚からも考えを揺らしてくる。
「貴女のその声をもっと聴きたいです。その姿ももっと見させてください。――挿れてしまったら、じっくり感じる余裕が、なくなる」
「……あっ、ぁ、ああっ……んぅっ、この、ぉ……はぁ、ぁ、あんっ……!」
もしも彼女が本気で嫌がったならば今すぐにでも離れ、昂ぶってしまった勃起は時間が鎮めてくれるまで待って、添い寝すら拒絶されるならば雨に濡れた地面で外寝することすら厭わないつもりでもいた。
でも目の前の恋人は蕩けた顔で高い喘ぎ声を上げながら、腟内を擦られるたび痙攣するよう震えて、すぐにコントロールを失いそうになる手を伸ばして触られるまでもなく硬く立ち上がった男根を握ってくれるのだ。前後に擦られるとため息のような声が漏れるが、いかんせんロビンの先制攻撃によって悶えるのに忙しいマリアンの状態では反撃に十分な快感が起こせていない。しばしば握る指が緩んでしまっていた。
「あぁ、んあぁ、あぁっ、いつまで……あぁ!」
腕ごと動かして中を擦りあげようとすると筋に負担がかかるので、指を二本に増やしつつ深く埋めた指を蠢かせるように愛でている。爆発するような快感は起こらないようだが、昇るでもなく落ちるでもない、でも浮いたまま息継ぎも絶え絶えな声がずっと続いている。
いつまで、と言われるとどうなるだろう。お互いが疲労で微睡みに落ちる終わりもあるだろうが、今回はそうならない確信じみたものがあった。
もうマリアンの蜜が指を伝って手の甲も濡らしている。雨のように外側から濡らすのでなく、内側からたっぷりととろみのある液体を溢れさせ柔らかくなった襞が本来収まるものがないからと代わりに指をキュウキュウ締めつけていた。
また左手で喘ぐのに忙しい喉のところを撫でてやると、右手の指にその反応が返ってくる。長くキュウウゥと、もしもここに収まっているものが違っていたらどれだけの歓喜が起こされていたものかと思わせられる収縮。
今すぐにでもマリアンの下着を剥ぎとって挿入したい衝動が湧くと同時に、ただでさえ森を出てしばらく肌を合わせていないのにこれだけ興奮した状態では一瞬で達してしまう、という確信――男として情けないと解釈すべきか、それだけマリアンが女として素晴らしいと解釈すべきか――があった。
「まずは貴女が満足いくまで、としましょうか」
「そんな、ぁ、んあっ、あ、ぁ、ぁ、あ……っ!」
ここで満足させられたら、もし情けないことにこのあと一瞬で達してしまっても申し訳が立つ。あるいは――避けたい結果だが――満足させてあげられなかったとしても、そこに至るまでの時間経過で今のこの手綱を失った馬のような興奮もいくらか落ち着いてくれることを期待できる。
このように打算がないわけではなかったが、何よりも「悦ばせたい」というマリアンへ向けた愛情が最も先頭にあった。ふたりがひとつになる、ただし言葉遊びにしか過ぎず、確かに別々の存在。だからこそ相手の感情を知りたい、動かしたいと思う。これは他人だからできることなのだ。
ロビンの言葉を受けて、本当に逃さないつもりらしいと悟った、あるいは諦めたか、マリアンの声が高くなっている気がする。身体をよじらせながら、かきまわす指を女陰でぐっぽりと咥えながら、ついにロビンの性器を擦ろうとしていた手が離れてしまっていた。快感を受けてのリアクション、それも不随意のそれでいっぱいいっぱいで、意識して身体を動かす余裕を失ってしまっている。
無意識の反応ばかりということは、それだけ今マリアンが受けている快感の質が反映されているということだ。そしてマリアンが男根から手を離してくれたおかげもあってロビン自身は逆に意識しての行動に集中できる。注意深く観察して、ぬめる道のどこを撫でてやればより声が大きくなるか、よりキュッと締めつけを返してくるか、あるいは深く引きこむかのようにうごめくか、細かく修正しながら追いこんでいった。
「あっ、あっ、ああっ、そこ……っ、んあぁ、ああぁ、はぁっ、はあっ、あんん……ぅんっ」
「ここですね……」
無限に蜜を生みだす壺かのようなそこに指を突っこんで、手だけぐしょぐしょになっても止めない。掴まる場所を求めるマリアンの手が肩にかかって、次第に手だけでなく腕を首に絡めてきて、下の女陰もますます愛液を吐きながら襞が重なりながら必死に指を繋ぎ留めようとしてきて、その強さが増して増して、ついに、
「あっあっんあっ――あああっ――!」
腕の抱く力も膣の締める圧も、ある一瞬に収束して最高峰に至って爆発して、同時に愛しい人のこういうときしか聴けない甘くて高い声を耳で堪能させてもらって、ロビンは一時の静寂を味わう。
そして指を抜きとるときにマリアンの肩がぶるっと震えるのがたまらない感情を掻き立てた。もっと熱いものでかきまわせば簡単に静寂は狂乱へと変わることだろう。どう乱れるか、想像だけでは満たされない、だってそのひとが目の前で抱きついているのだから、今から現実にしてしまえばいい、してしまいたい。
「はー……はー……ぁ…………」
結びつけていた楔がほどけて、ひとり用のベッドにふたりが仰向けに転がる。
腕の筋は使ったとはいえ、普段やっていることに比べれば疲れるほどのこともしていないのに男と女の息は荒いまま。そしてこの程度で疲れるほどのことはないから、磨きたての紅玉のように瞳を爛々と輝かせて女は身体を起こす。その心臓は獲物を狙う獰猛さを備えて鳴っている。
「今日はあたしが上になるわ」
「く、ぁ、」
賊に傷つけられた腹、内出血で変色しているであろうあたりを決して刺激はしないよう優しく指でなぞりながら告げてくる。相談、確認でなく返事の有無は関係なしの告知。膝立ちでロビンに跨る。
待たされ続けていた男根はとっくに天の向きに立っていて、幼い日からの憧れそのものと対等に交われる瞬間をいつでも迎えられるよう、硬度を保ち熱を帯びて先端を濡らす粘液を分泌していた。待ちわびているそれが傾かないようマリアンの手で支えられ、ロビンの傷に障らないよう彼女の腰が降りてくる。
マリアンの胸元に自分でつけたキスマークが暗闇の中で浮かび上がるような錯覚を起こした。
先端と入り口が触れあったとき、腰の奥から甘い震えが走る。焦れったい、焦れったい。
「んあっ! あぁ……、痛みとか大丈夫……?」
「みんな溶けてしまいそうです」
天蓋の装飾かのように垂れている緑の髪を指先で触れながら、思ったままの感想を口にする。苦痛は土の深くに埋められ、快感は洪水のように襲ってくる。迂闊に下から腰を振れば痛みが掘りだされることだろうが、それをさせないのがマリアンだった。
「いくよ」
宣告。もしもこれが森の敵に向けられたものであればその声に圧倒されていたことだろう。
それだけの想いをこめて、先んじてマリアンの躍動が始まった。
すでに文字通りの意味でロビンの手で一度は達せられている彼女のそこは激しい動きにも堪えられるくらいに蕩けていている。先まで恋人の指になされるがままだった襞のひとつひとつが今は肉棒をくすぐり撫で擦り、また外からは髪や乳房が揺れる姿を視覚からもたらし、上下動のたびに尻も叩きつけられて肉のぶつかる音も鳴らす。
「はっ、はっ、んっ、はっ、ん――嬉しそうな顔、して……」
「マリアン、マリアン……」
嬉しくないわけがあるか。
やれる行動でいくらでも愛情を表現して、足りることはない。快感と感動で作られる表情も、呟く彼女の名も、昼間に付けたキスマークも、感情の顕出だ。
「愛してます、愛して――んぐっ」
「や、ああっ、あんッ、うッ、はぁッ、あッ、あぁんッ、あんッ!」
先と違って、マリアンが自身の性器でロビンを攻め立てるほど彼女へも快感が返ってきていた。いじましく指を締めてくるのも感情を揺さぶってくれるが、それ自体で性感は起こすことはできない。
指で乱れるマリアンも、自ら腰を振って喘ぐマリアンも魅力的だ。どちらも形は違えど自分の肉体がもたらしたものだという事実もたまらない。
重なり合い玄妙な刺激をもたらす襞の間で溢れる愛液がぐちゃぐちゃと水音を鳴らし、もっと激しく動いてもよいと受け入れる。ロビンが勝手に動かないよう押さえつける意図もあるのか、ますますマリアンの踊りのテンポが上がっていく。胸や尻に手をのばしたくても取りつく島もない。
ともすれば女による強姦にも見えなくもない勢いに見えて、決してロビンの傷に響かないようコントロールする理性と気遣いを残していた。時にはロビン本人が苦痛どころか違和感を感じるよりも前から制御している節すらあった。
「来てください」
バランスを取るための腕、いかに苛烈な運動でも体幹の強さゆえにぶれない背中をそれぞれ抱き寄せて、マリアンを前傾させる。
「あぁあっ! う、動きにくいって……」
「一緒に動けば問題ないでしょう」
顔と顔の距離はキスをするときぐらい近く、胸と胸、腹と腹、それぞれ重なりあう。でもいくら背格好など似ているといっても――それこそ子供たちに間違えられるほど――身長も筋肉量も違っていて、少しずつずれている。男だけの器官と女だけの器官もそのずれのひとつで、だからこそ素晴らしい昂りをもたらしていた。
単純な動きやすさではマリアンが抗議した通りやりづらくなったし、部屋中に響く勢いだった水音もこもった音になってしまった。でも擦りつけるように下になっているロビンから腰を揺らすと、これまでの全身で表現し体中に拡散するような性感とはまた違う、狭い蜜壺の中で快感だけの蠱毒が形成されるような錯覚を覚える。
固い抱擁と一点を渦巻く快感に、マリアンの中に隠してあった蓋が外されていく。
「あんッ、んッんぁッ、――お願い、お願い……んあぁあッ!」
高く喘ぎながら、その合間に言葉が成っていく。
――わがままを言わせて。
――永遠に共にするなんて言わないけど。
――そばにいさせて。
――あたしの眼の届かないところで消えないで。
――いつか来るそのときを、後悔するものにさせないで……。
ロビンが襲われる場へ全速力で駆けつけたときから彼女の心情はずっと剥き出しのまま。
赤子のように晒したまま、表向きは本音で話しあうことで薄く覆っていた。
肌を重ねてその薄膜の下を覗いたときに聞いたその言葉、イントネーション、表情、そのすべてを、生涯忘れることはないだろう。
実際はここまで整った言葉になっていなくて、もしかしたらマリアン自身が発したことも自覚していなかったかもしれない。
背の届かない子供の頃は見上げていて、今は背丈を追い抜いた恋人にいつか避けられない悲しみを負わせるからこそ、『いつかそのとき』までは決して手を離すまい。
少しばかり傷が痛むがそれも無視して、マリアンの秘部の奥の奥、感触の異なるいちばん深いところを彼女の喘ぎ声とうわ言がほとんど叫び声に塗り替わるくらいにまで押しつけ揺さぶっていく。
「は、ああッ! あッ! もうだめ――あああああんッ!」
いつも強くあろうとする彼女がセックスの最中に本音をあらわにしてしまったことを自身で覚えていないで済むように、気絶する、させるくらいに。それまではどれだけ熱くなろうが痩せ我慢してこれまでの経験でマリアンが好む場所だけを狙って、狙って、狙って。
腕の中でマリアンの身体が強く震え、肢体から力が抜けたのを確かに感じ取ると同時にロビンも射精を迎えた。
接している身体の前面は汗で、交わっていた性器とその周囲は愛液と精液の混ざったものでどろどろとしていたが、目を覚ますまで後始末せず抱いていよう――マリアンの髪を梳きながらロビンも眠りについた。
♡
翌朝も朝日が昇るかどうかの時間に起床した。まずやったことは冷たい水を濡らし固く絞った布で身体を拭い、うっすら人型の染みがついたシーツも丸洗いすることである。
これから半日ほど小屋から出かける『予定』があるのだ、その間によく乾いてくれることだろう。
朝食も摂り、その『予定』のために自分たちにとっての正装、狩人服を身にまとう。色は違えどどちらも森に馴染む色、森を守る活動に適した身軽さ、この『予定』の前後で不測の事態があってもすぐに戦えるようにクロスボウもその矢も準備はしておく。
「……一夜明けてみたらなかなかにめちゃくちゃ言いにいくよね、あたしたち。精霊の子だから実質精霊みたいなもので、そのあんたが宣言したことなら建前できるじゃんって。今から城に帰ってから大真面目にやろうとすることかぁ」
言いながら帽子の被り具合を整え、向き直る。
「でも、あたしも変わらなくちゃ。今までのままじゃ上手くいかないことを変えるには、新しくするしかないのだもの」
彼女の帽子の向きはまっすぐで、ただ少しばかり羽飾りが傾いていたのでロビンが直して、今度こそ出立の準備ができた。
「ついでに頼んでもよいでしょうか?」
「何さ?」
「組みにくいのは承知ですけども、手を繋いで行きたいと」
「えぇー…………」
ロビンとマリアンは利き腕が同じで、片腕は防具と一体化するクロスボウがあるから右手と左手を組むのはどうシミュレートしてもやりづらい。
「肩を抱くんなら、いいよ」
左に立つ男の右腕が大きく回って、女の右肩を抱いた。
まだ怪我をしてから治るのに十分な時間は経っていない。改めて見るとロビンの歩幅が明らかにゆっくりになっている。
今日は小言もやめて、遅い方のペースに合わせて、寄り添って、ふたり、歩き始めた。