※この作品はR-18です。

まやかしの終わり 二部 光の公女   作:伊駒辰葉

10 / 124
エピタイがそのまんま! 作者都合です!
エロシーンはありません。


憔悴した佑を訪ねる桜

 黒塗りの大きな車が屋敷を出て行く。その様を佑はぼんやりと庭から見送った。乗っているのは順と和也だ。どうやら彼らは事後調査のために清陵高校に向かうようだ。

 

 涼しい風の吹く庭先では庭師の老人が花の手入れをしている。整えられた庭に咲いているのはたくさんのばらだ。刈り込まれた芝生の敷き詰められた庭に佑はしばし佇んだ。

 

 ふと、メイドに呼ばれて佑は振り返った。若いメイドが小走りに佑に寄る。

 

「佑様。お客様がおみえになっていらっしゃいますが、いかが致しましょう?」

 

 丁寧に頭を下げてからメイドがそう言う。

 

「誰かしら?」

 

 淡々とした口調で訊ねると、メイドは頷いてから返事した。

 

「神崎桜様と仰られる女性の方です」

 

 こちらが繋がっておりますが。そう言いながらメイドが手の中の電話機のようなものを示してみせる。それはインターフォンの応答用の子機だ。佑はぱっと顔を輝かせてメイドから受話器を受け取った。

 

「桜さんっ! 来てくれたのね!」

『はい。お邪魔させて頂いても宜しいですか?』

 

 穏やかな口調で言う桜に佑は頷きながら快諾した。するとほどなく傍に桜色の光が生まれ、瞬く間にその場に桜が現れる。

 

「桜さん……。もう来てくれないかと思った」

 

 顔を歪めて言って佑は涙を零した。メイドが静かにその場を去る。桜は気遣いの表情で佑の背を優しく撫でた。

 

「昨日は申し訳ありませんでした。事態の急変に気が動転して……失礼致しました」

 

 申し訳なさそうな顔をして桜が佑に頭を下げる。佑は慌てて首を横に振った。

 

「あなたの言う通りだもの。奈月さんが、いったんこの世界から消えたのは、わたしのせいだから」

 

 いったん、という部分に強く力をこめて言ってから、佑は俯いた。桜の差し出したハンカチをありがたく受け取って涙を拭う。

 

「いえ、わたくしもあのようなことを……申し訳ありません」

 

 そう言いながら桜がさあ、と促す。佑は促されるままに桜について歩いた。どうやら外に立っている間に身体が冷えてしまっていたらしい。屋敷に戻ると暖かい空気を感じた身体がじんとする。

 

「いくら秋だと言っても、長い時間外に居られればお風邪をお召しになりますよ」

 

 穏やかに笑みを浮かべて桜が言う。

 

「桜さん……」

 

 桜の気遣いに涙を浮かべ、佑は思わず腕を伸ばして桜に抱きついた。大丈夫ですか、という桜の心配する声が聞こえてくる。

 

 しばし桜に抱きついて泣いてから、佑は静かに歩き始めた。桜が佑について歩く。桜は神妙な面持ちで言った。

 

「佑様も少しお休みになられた方が宜しいのでは? お顔の色が優れませんよ?」

 

 佑の傍を歩きながら桜が心配そうな顔をする。佑は首を横に振った。

 

「大丈夫、力をぎりぎりまで使ってるだけで、疲れているわけじゃないから」

 

 にっこりと笑って言ってから、佑は二階に続く階段を上りきった。廊下を進んで水輝のいる部屋の扉を開く。失礼致します、と礼儀正しく挨拶した桜が佑に続いて水輝の部屋に入る。

 

 水輝は青白い顔をしてベッドに横たわっている。身体のあちこちにあった傷は少しずつだが塞がり、今はもう出血は止まっている。だが水輝はあれから目を覚まさない。ずっと眠り続けているのだ。

 

 佑が勧めたソファに腰掛けた桜が寂しそうな顔をして水輝を見る。きっと桜の目は今はいない奈月の姿を求めているのだろう。やがて桜は静かに目を戻した。テーブルを挟んで桜の向かいに腰掛けたところで、佑はメイドを呼んで茶を用意してくれるように頼んだ。

 

「わたし、本当は奈月さんのことを妬んでた。だから、水輝さんが奈月さんを討って吸収するって言った時、反対するどころか逆に歓迎さえしたわ」

 

 苦い気分で佑は訥々と告白した。桜が神妙な面持ちで佑の言うことにそうですか、と頷いてみせる。

 

「でも、わたし間違ってた、水輝さんは、あんなにも奈月さんのことを想っていたのに、わたしは……」

 

 そこで言葉を詰まらせて佑は泣き始めた。桜が痛ましそうな顔をして静かに立ち上がり、佑の隣に身を滑らせる。優しく肩を抱かれて佑はわっと泣き伏した。我慢していたものが堰を切ったように溢れてくる。

 

 メイドが静かに二人分の茶を運んでくる。テーブルに二人分の茶を置いたメイドは静かに部屋を出て行った。桜がカップを取り上げて佑に近づける。

 

「佑様。温かいものを飲まれると少し落ち着きますよ」

 

 優しく告げて桜が穏やかな笑みを浮かべる。佑はしゃくりあげながら身を起こし、ティカップを受け取った。泣き濡れた佑の顔を桜がハンカチで静かに拭う。佑は熱い茶に息を吹きかけて少し冷ましてから、表面を啜るようにして紅茶を飲んだ。

 

「水輝さんに巣食っていた過去の亡霊を討ち果たして、わたし、いい気になってたのよ」

「そんな……佑様、ご自分を責められることは……」

 

 鼻を啜って言った佑に桜が気遣う顔をして言う。だが桜だって奈月がいなくなったことに寂しさを覚えているに違いないのだ。なのにこうして自分を元気付けようとしてくれていることに佑はまた涙を零した。泣き始めた佑の手から桜がカップを静かに引き剥がしてテーブルに乗せる。

 

「過去にどんなに強大な存在だったかは知らないけど、しょせんは亡霊よ。妄執に縛られて凍りついたあいつらを倒すのは、わたし程度にでも可能な容易いことだったわ」

 

 おじさまに情報を教えてもらわなければ、それも適わなかっただろうけど。そう言って佑は鼻を啜った。

 

「ですが、立城様は誉めてくださったのでしょう? どんなに情報を得ていても、それが実行できる素質と時が合わさらなければ、不可能だったかと思いますが」

 

 困ったような顔をして桜が言う。

 

「そう、結局のところ運が良かっただけよ。でもわたしは慢心した、そして、水輝さんの中にあったもうひとつの標を攻撃するなんて、愚行を犯したのよ」

 

 佑は力なく告げてため息を吐いた。そう。あの時に水輝の中に闇が見えた気がした。だから佑はためらいなく光を放った。傍にいた優一郎の力を使ってまで、水輝の中の闇を排除しようとした。

 

 だがそんな佑に奈月は懸命に訴えたのだ。佑が攻撃しているのが水輝だと。だがその時の佑はやはり、奈月の言うことを信じようとはしなかった。闇に見えるものが紫翠の残り香だと信じて疑わなかったのだ。

 

 根拠などどこにもなかったのに。

 

「違うわ! 解ってたのよ。あの標も水輝さんだって、だけど」

 

 彼はわたしを見てくれなかった。自分の考えを否定してから佑は嗤いを浮かべた。そう。あの水輝は佑を見ようとしてくれなかった。佑が触れると傷つくようになったのはいつからだったのだろう。結局、吉良瀬の別邸で一緒にいた水輝は佑を特に好いても嫌ってもいなかったのだろう。

 

「佑様。そんなにご自分を責められないほうが……お身体に障ります」

 

 気遣う顔で桜が言う。実際、佑の顔色は青ざめていた。力を消耗した上に佑はずっと水輝の傍についていたのだ。夜が来ても朝になっても眠ることが出来なかった。

 

「聞いてほしいの、お願い」

 

 涙の浮かんだ目で佑は桜に頼んだ。困惑した面持ちをしてから桜が判りましたと頷く。

 

「ふたつの標は水輝さんに必要不可欠なものだった。気付いた時にはもう遅かった。もうひとつの標は闇の属性だったのね。わたしの光に灼かれて、消滅する寸前だったわ。消えてしまったら、水輝さんは死んでた」

 

 その可能性を思い浮かべて佑は身を震わせた。もし少し遅かったら水輝はどうなっていたのだろう。

 

「その危機を救ったのは奈月さんよ。自分を犠牲にして、消えかけた闇の標に力を引き渡したの。そして、わたしに様々なことを教えてくれたわ」

 

 立城は乖離しかけていた水輝の二つの標に危機感を抱き、それを再び安定させるために動いていたのではないかという予想。疑心、暗鬼を呼ぶという言葉通り、魔が世界に溢れ出してくることへの危惧。そして奈月はそれらのことと同時に胸の奥に秘めていたわがままについて吐露していた。

 

 桜は心配そうな面持ちをして頷くだけの返事をしている。恐らく佑の言葉を遮らないようにという気遣いからだろう。

 

「その我がまま、あなたも聞いてくれるわよね」

 

 そう言って佑は桜の頬を捕まえた。怪訝そうに少し眉を寄せる桜に口づける。しばし唇を合わせてから佑はそっと桜から離れた。桜が何度か瞬きをしてからなるほど、と小声で呟く。

 

「姫様のわたくしでいてくれと。そういう理解で宜しいですか?」

 

 穏やかな表情で桜が言う。

 

「そうよ。桜さんが桜さんでなくなるのは嫌なんだって」

 

 わたしも我がままだけど、あのお姫さまも相当よね。そう告げて佑はくすりと笑った。桜が少し首を傾げて苦笑する。

 

「わたくしはどこまで行ってもわたくしでしかありません」

 

 それにそのくらいのわがままは可愛いものでしょう? 桜が穏やかに笑んでそう告げる。表情や仕草が前とは少し違っているのは、きっと座位の変動やその他の事象に絡んでのことだろう。桜が奈月を想っていることに違いはないのだ。

 

「だから、わたしも我が侭を通してみる気になったの」

「参考までにどんな我が侭かお訊ねしても宜しいですか?」

 

 そう言いながら桜が紅茶を取る。佑もそれにならってティカップを取り上げた。少し冷めた紅茶をゆっくりと飲む。

 

「水輝さんの傍にわたしと奈月さんが居て、奈月さんの傍にあなたが居る。そんな状況を取り戻すの」

 

 自分に言い聞かせるように佑は頷いた。そうですね、と呟いて桜がティカップを傾ける。それから桜は佑を見つめて微笑んだ。

 

「宜しくお願いいたします」

 

 優しい声音で言った桜を見つめ、佑は力強く頷いた。




寒いのも駄目だけど夏も駄目な作者なのでへばってます……。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。