事後ぽいのはあります。
「木を嵌めてもらう。……大して難しいことをする訳じゃないさ」
そう言ってから水輝は振り返った。日の光を背負った水輝がやけに眩しく見え、渚は思わず目を細めた。莢花がのそりと動いて伏せていた顔を横に向け、渚と同じように目を細めて水輝を見る。
「もくってなに?」
よほど刺激が強すぎたのか、莢花が喋る言葉ははっきりしない。子供のように舌足らずで、妙に遅い喋り方だ。だがそれでもきちんと聞き取ったのだろう。水輝が苦笑をしながらベッドに寄り、よしよしと莢花の頭を撫でる。
「あだ名みたいなものかな。ほら、莢花のクラスに吉良瀬って奴がいるだろう?」
そう水輝が言うと、莢花は口の中できらせ、と呟いた。何度かその名前を口にしてから莢花が微笑む。莢花は元々元気でよく笑う性格をしていたような気はするが、今の笑みは前のものとは違い酷く壊れやすそうに見える。
多分、似たような笑みを浮かべているのだろう。自分のことを思いながら渚はのろのと水輝に目を戻した。水輝は優しい顔をして莢花を撫で続けている。だがその表情はまるで愛玩動物に向けられるものに思えた。
汚れた身体を洗い流し、洗い替え用の制服を身に着けてキッチンに向かう。そこには日常の光景があった。誰もいなかったはずのキッチンには母親の姿があり、テーブルには父親もついていた。入ってきた渚と莢花に明るい挨拶をして席に着くように促したのは母親だった。だが渚の目には彼らの姿ははっきりとは映らなかった。促されるままに席について口にしたのはコーヒーが一杯だけ。他のものは口に入れる気にならなかった。
冷たい秋の風を感じながら渚は珍しく徒歩で学校に向かった。疲れ切っている上に眠ってもおらず、とても自転車に乗る気にはならなかったのだ。かといってバスに乗る気にもならなかった。いつも水輝と莢花が仲良くバス通学しているからだ。
昨日から今朝にかけてのことがまるで夢のように思える。まさかあの莢花があんなにあっけなく快楽にのめり込むとは思わなかった。いつもは元気よく朝を迎えるのに、今朝の莢花は水輝にべったりとくっついているだけでろくに喋りもしなかった。家を出るまでのことを思いだして渚は微かな笑みを浮かべた。
まるで猫か犬のようだった。水輝の背に怯えるように隠れていた莢花のことを思い出すと少しは胸がすく。だがこみ上げてくる寂しさの方が強い。渚は浮かべていた笑みを消し、暗い顔をして歩き続けた。
学校についても渚は上の空だった。授業中に誰かが何かを言っていた気がするがよく聞こえなかった。早く放課後になればいいのにと考えるのが精一杯で、他のことは大して考えられなかった。いつもなら学校でも水輝が抱いてくれるのに。思うことと言えばそんなことばかりだった。
長い昼休憩も今の渚にはうっとうしいものでしかなかった。机に肘杖をついてぼんやりと窓の外を眺める渚にクラスメイトが声をかけることは滅多にない。たまに声をかけても渚はまるで反応しないからだ。渚を抱いたことのある男子生徒もクラスメイトの前ではしっかりと口を噤んでいるから騒ぎになったこともない。中にはいつもと同じようにこっそり誘う生徒もあったが、渚は今日だけはその誘いを断った。今日だけは他の誰の相手もするなと水輝に言われたからだ。
その日の授業がようやく終わる。渚はチャイムが鳴り終わるのを苛々しながら待った。間延びした声で教師が授業の終了を告げる。それと同時に生徒たちがまばらに立ち上がる。日直の号令に従ってなおざりに頭を下げてから渚は急いで鞄を取り上げた。
事前に指定された保健室には養護教諭の姿はなかった。普通教室の半分ほどのサイズの保健室には見慣れた莢花ともう一人、男子生徒がいた。虚ろな眼差しをする莢花の傍に立っていた男子生徒が振り返って驚いたような顔をする。
見覚えのある顔だった。渚は懸命にその男子生徒のことを思い出そうとした。水輝に負けず劣らず整った顔立ちのその生徒が渚が口を開く前に先に告げた。
「あれ。あんた確か、前に会った事あるよな」
そう言いながらその生徒は渚に近づいた。ぼんやりとした表情で首を傾げた渚の横を過ぎ、半開きになった保健室のドアに近づく。無造作にドアを閉めた男子生徒は振り返って口許に笑いを浮かべた。
「それで? あんたも池田みたいなこと言うのか?」
楽しそうに笑うその生徒の名前は吉良瀬真也というらしい。そのことを渚は佇んでいた莢花から聞いた。渚はそれを聞いてから自分が莢花の姉であることを告げた。
「は? 姉妹?」
びっくりしたという顔で真也が渚と莢花を見比べる。
「ってことはお前ら三人兄弟か。全然似てねえのな」
「よく言われる」
真也の笑い混じりの言葉に応えたのは莢花だった。するとそれまで笑っていた真也が怪訝そうに眉を寄せて笑みを引っ込める。渚は何となくその表情が気になって莢花を見た。
莢花は少し俯いていた。何故かその表情が暗い。渚は不思議に思ってじっと莢花を見つめた。
莢花がゆらりと顔を上げる。その時にはもう、莢花の顔には暗い表情はなかった。あどけない子供のような笑みを浮かべて莢花が言う。
「そんなことより早くセックスしようよ」
足早に近づいた莢花が笑みを浮かべたまま真也の腕にすがりつく。真也はじっとそんな莢花を見つめてから顔を上げた。
「あんたも同じこと言うのか?」
「ええ」
「なるほど。あんたも飢えてると」
苦笑を浮かべて言ってから真也はそっと莢花を引き剥がした。昨日までの莢花を知っているのなら変だと感じてはいるだろう。だが真也は莢花に理由を問わず、あっけらかんと言った。
「ベッドもある、他には誰もいない、おまけに姉妹どんぶり、と。これ見よがしにいいことずくめだな」
「吉良瀬君はセックス嫌い?」
引き剥がされたことが不満だったのか、莢花が少し唇を尖らせて言う。すると真也は乾いた笑い声を上げて首を横に振った。
「いや。人並みには好きだな。でもどうせだからホテルに行こうぜ」
「保健室は駄目なの?」
ふと疑問を覚えて渚は問い掛けた。真也が笑って肩を竦める。
「三人でするには狭いだろ、ベッドが。それにシャワーがないと俺が気持ち悪いんだよ」
ほら行こうぜ。そう促して真也はさっさと歩き出した。渚は莢花と顔を見合わせ頷き合い、真也の後を追って保健室を出た。
今からラブホにいきます!w
あ、最近はラブホと言わないんでしょうか?