ある種の調教??? そこまでじゃない気がしますけども……。
「ああ。そういえばですね」
紀早の罵声をものともせず、こずえがふと思い出したように言う。その様が余りにも普通すぎて紀早はついついこずえを罵倒するのをやめた。
思えばこの時、悪態をつき続ければよかったのだ。
「北王子さんのおじいさん、今朝方、亡くなったそうですよ」
「……え」
紀早はあまりの衝撃に目を見張って抵抗するのをやめた。こずえがええと、と言いながら白衣のポケットから端末を取り出して操作する。
「嘘よ!」
「事実です。まあ、亡くなったと言っても人間のように病気や怪我でという訳じゃないんですけれどね」
さらりと告げられた言葉に紀早は硬直した。
「どういう、意味」
「あれ? ご存じありませんでしたか? 北王子さんのおじいさん……ええと、本当はおじいさんじゃないんだから、何て呼べばいいんでしょうね」
よどみなく語りながら端末を見ていたこずえがぱっと明るい顔になる。
「そうそう。水神ですね」
「すい、じん……」
「ええ。あれは水神が人の形をとったものです。元々、北王子さんの住んでいた山に棲み着いていた水神だったらしいんですが、水源から引き離されたことで相当弱っていたようですね」
それからこずえは淡々と水神についての説明を始めた。紀早の祖父は元々、あの山の水源近くに棲息していたらしい。そんな祖父の元をとある夫婦が訪れたのが今から十九年前。彼らは一人の赤ん坊を連れていたのだという。
その子供の名前は紀早。そう、祖父の元を訪れたのは紀早の両親だったのだ。
「嘘よ! だっておじいちゃんは一度もそんなことは」
「おじいさんの名前、知っていますか」
唐突にこずえが言う。何を当たり前のことを、と言おうとして紀早は絶句した。長い間一緒に暮らしていた筈なのに祖父の名前が判らないのだ。物心ついたときには紀早は祖父のことをおじいちゃんと呼んでいて、それ以外の名前で呼んだことがなかった。
呆然となった紀早に変わらぬあどけない笑みを浮かべてこずえが言う。
「そうでしょうね。水神は滅多なことでは自ら名乗らないそうですから」
「な、何で……どうしてよ!? 嘘よ! 嘘でしょ!? どうせあたしを騙して大人しくさせようって魂胆で!」
「あなたのご両親はそれは力のある封魔士だったそうです。とある事件でお亡くなりになってしまうまで、依頼はひっきりなしで入っていたそうですよ」
嘘よ。だってお父さんもお母さんもいつも手紙をくれていたもの。そう言い返した紀早にこずえが少し寂しそうな笑みを浮かべて首を振る。
「生まれたあなたを一目見て巫女だと気付いたのでしょうね。ご両親はだから水神を頼ったんですよ」
二人は幼い娘をどうか宜しくお願いしますと水神に預けた。水神と二人の間にどんな因縁があったのかは、本人たちが居なくなった今、最早知る術はない。だが水神は彼らの嘆願を受け入れて娘を大切に育てた。清らかな水源近くで娘はすくすくと大きくなり、やがて人と同じように学校に通うようになる。水神はその特殊な力を用いて娘の周囲の人間に術をかけた。それ故に娘を取り囲む人々もまた、水神を娘の祖父だと思いこんだのだ。
物心ついた娘が両親を恋しがるたび、水神はこっそりと隠れて手紙をしたためた。郵便を配達する者に頼み込み、手紙をわざわざ家のポストに投函してもらった。そして娘は水神のしたためた手紙を両親からの便りと勘違いし続けた。
季節は流れ、やがて娘は学校を卒業する。美しく成長した娘の本来の力に誰も気付かないよう、水神は自分の力を削って娘の力を覆い隠した。隠して隠して、隠し続けて……やがて水神自らの力が果てるまで。
そんな折、二人の元にとある人物が現れる。それまで呆然とこずえの話に耳を傾けていた紀早は険しい顔をした。
「もう止めて! 聞きたくないわ!」
「水神は現れたあの方にとても感謝したと思いますよ。何故ならもう、水神一人の力ではあなたを護ることが出来なくなっていたから」
いや、違うよ、紀早。沙耶は儂を護ってくれたんじゃ。
祖父の静かな言葉が脳裏をよぎる。紀早はいつの間にか止めどなく涙を零していた。そんなことはあるはずがない。だってあれは化け物だもの。じゃあ、祖父はどうなのだろう。いつも優しく見守ってくれていた祖父は人ではなかったのだとこずえは言う。だが紀早にとって祖父はかけがえのない大切な存在だった。
「魔は力に敏感に反応します。特に封魔士のような強い力を持つ者なら尚のこと。彼らはそれ故にわざと一族で群れ、人里から離れた場所に暮らしています」
そして巫女は中でも特に魔に狙われやすい。そのために封魔士の中には巫女が現れたら即座に消してしまうべきだという過激な意見を持つ者もあるらしい。そんな話をこずえは淡々と続けた。
恐らく、あの時に見た気持ちの悪い蜘蛛は自分が呼んだのだろう。紀早は漸くそのことを理解した。沙耶は蜘蛛に襲われた祖父を護り、そして紀早も護ったのだ。
あたし、なんて酷いことを言ったんだろう。おじいちゃんが正しかったのに。強い後悔の念に駆られ、紀早は泣きじゃくった。
「巫女が何故、封魔士の中でも特殊かと言うとですね」
すらりと話を切り替えてこずえが微笑む。紀早は何気なくこずえの方を見てぎょっとした。こずえは幼く愛らしい容姿に似合わない不気味なものを手にしていた。
「封魔具が必要ないんですよ。自身の身体が封魔具なので」
「いやあ!」
泣き喚いて紀早は何度も首を振った。だがこずえは容赦なく手にしたそれを紀早の股間に寄せる。こずえが握っているのはエメラルドグリーンのペニスの形をしたモノだった。
こずえは容赦ないw
紀早はお気の毒さまです……。