白琅渉の身体は随分と傷ついていた。あの青い龍神の攻撃をあれだけ受けたのだ。例え力ある龍神でも無事で済むわけがない。黙って宙に佇む優一郎をじっと見つめ、白琅渉は静かに告げた。
「我は天の龍神を護らねばならぬ。そなたは我らか、それとも青龍王か、どちらにつく?」
答えなど判りきった質問を今さらながらに白琅渉が口に乗せる。
「僕の敵は彼です」
にっこりと優一郎は微笑んだ。すると白琅渉がおうように頷く。次の瞬間、その場から白琅渉の姿が消え失せ、巨大な白い龍体が現れた。白の龍神が背に優一郎を乗せて予告なく空を飛び始める。光を照り返す白い鱗はあちこちが血に塗れている。優一郎はそんな白琅渉の背にしっかりとつかまって前方を睨みつけた。
青い光が宙を横切り、白琅渉の頭に向かってすっ飛んでくる。優一郎は咄嗟に鱗の縁につかまった。白琅渉が咆吼を上げて口を開き、青い光に向かって大きな白い力を撃ち出す。力と力がぶつかり合い、その場に衝撃が生まれる。息も出来ないほどの激しい衝撃を懸命に堪え、優一郎は剣を握りしめて走り出した。
「ちぇすとーーーーー!」
白琅渉の上を全力で駆け、気合いの声を放って優一郎は剣を振りかざした。青い龍体に突っ込もうとしていた白琅渉の鼻先で踏み切り、両手に握った剣を青い龍神の頭に向かって振り下ろす。
だが剣が届く寸前に青い龍神が唐突に口を開ける。真っ赤な舌の上に多輝が横たわっているのを見た優一郎は慌てて剣を引っ込めようとした。だが勢いがついていたために宙でバランスを崩してしまう。海に向かって落下し始めた優一郎の身体を素早く白琅渉がさらう。
「多輝!」
てっきり多輝は死んだものと思っていた優一郎は思わずほっと息を吐いた。だが青い龍神はそのまま元通りに口を閉じ、宙をうねって他の龍神たちに襲いかかる。宙をターンした白琅渉は再び青い龍神に突っ込む体勢を整え、加速し始めた。
「仕方ない」
時間稼ぎにしかならないけど。そう付け足して優一郎は紫宝珠を取り出した。一瞬で宝珠が盾に変じ、辺りに紫色のバリアを展開する。それを見たのか、白琅渉が慌てたように宙で停止し、不満そうな思惟を優一郎に向ける。
……この結界は我の行く手をも阻んでしまうと思われるがどうか?
やけに冷静な思惟に優一郎は困ったように笑った。見ると戦いを繰り広げていた白い龍神たちが戸惑ったように宙で制止している。その中には天輝が変じた薄青の龍神の姿もあった。
「彼の目的が解らない。天輝さんが目当てなら、既に落とされています。彼女に下がるように伝えてください」
多輝が生きていたことで冷静さを取り戻した優一郎は静かにそう告げた。すると間を置かずに聞き慣れた声が頭の中に直接聞こえてくる。
ちょっとお! こんなあちこちに細かい結界あったら動けないじゃないのよ!
どうやら天輝にもこれが優一郎の仕業だと判ったらしい。不満一杯の思念が届く。優一郎はそんな天輝の声を聞きながらじっと前方を見つめた。
小さな結界に囲まれた空で青い龍神が身体をうねらせている。巨大な龍体に触れるたびに紫色のバリアは硝子の割れるような音を立て、青い龍神をはじき飛ばそうとする。だが圧倒的な力の差の前にバリアは触れたところから粉々に砕けている。それでも数が数だ。宙に浮く紫色のバリアは無数にあり、しっかりと青い龍神の邪魔をしている。
「青龍よ。汝は何を望まん?」
優一郎は静かに語りかけた。その瞬間に青い龍神が消え失せる。代わりに現れたのは人の形をした水輝だった。腕にしっかりと多輝の身体をぶら下げた水輝が、片手に握った刀を揮って周囲の結界を打ち砕く。遠目にそのことを見て取ってから優一郎はゆっくりと腰を上げ、白琅渉の身体の上から下りた。
奇妙な光景だった。空には何体もの龍神の身体が浮いたままになっている。海はあちこちが血の色に染まり、空には紫のバリアがあちこちに浮いている。息を潜めて様子を見守る龍神たちの間を横切り、優一郎は静かに宙を歩いた。
やがて水輝の姿がはっきりと見えてくる。白いシャツにジーンズを穿き、黒いコートという見慣れた格好で水輝は宙に佇んでいた。さすがに数多くの龍神を相手にして無傷という訳にはいかなかったのだろう。水輝の身体はあちこちが傷ついている。
「水輝さん、いったいどうして?」
そっと話しかけると水輝が少しだけ目を細める。だが返答しようとしない。訝りを覚えた優一郎はじっと水輝を見つめた。水輝の唇が何故かほんの少し動いている。どうやら水輝は声にならない声で何かを呟いているらしい。だがまだ言葉が結ばれていないのか、優一郎にも何を言っているのか聞き取れない。
優一郎は水輝の唇の動きを読もうと意識を集中させた。だがそんな優一郎の意図を読んだのか、水輝が唐突に右腕を揮って刀を宙に走らせる。慌てて避けた優一郎の傍に浮いていたバリアが幾つか砕けた。
白龍がばんばん死んでます!