宙を踏み切った水輝が真っ青な刀を優一郎めがけて振り下ろす。優一郎は慌てて手にしていた翠の剣で刀を受けた。傍に寄ったことでか、ほんの微かに水輝の声が聞こえる。
ひと ふた みよ いつ むゆ なな
水輝は低い低い声で朗々と数を数えていた。懸命に耳を澄ましていた優一郎の脇腹に衝撃が走る。咄嗟に宙に身を転がした優一郎は素早く体勢を立て直した。どうやら水輝が膝で脇腹を蹴りつけたらしい。痛む脇腹を押さえて優一郎はじっと水輝を見つめた。
「水輝さん!」
優一郎は何とか水輝の隙をついて多輝を奪えないものかと考えを巡らせた。最悪でも多輝さえ確保してしまえば、後の心配はずっと減る。それに多輝の安全が確保出来るなら水輝と対しても身動きがとりやすい。だが今は水輝がしっかりと多輝を抱えているのだ。下手に攻撃でもしようものなら多輝に当たってしまう可能性だってある。
宙を駆けた水輝が再び優一郎に向かって刀を振る。片腕に多輝をぶら下げているというのにその動きは妙に速い。優一郎は何とか水輝の攻撃の手をかわしながら懸命に多輝に呼びかけた。だが多輝が気付く様子はない。
不意にそれまで青かった空がかげってくる。異変に気付いたのか、宙に浮いたままになっていた龍神たちが次々に天を見上げる。優一郎はちらりとだけ空の様子をうかがい、再び水輝に意識を戻した。
「水輝さん、多輝は僕と共に行くと!」
急に空を覆った分厚い黒い雲から雨粒が落ちてくる。唐突に降り始めた雨を腕で避けながら優一郎は懸命に水輝の様子をうかがった。雨粒は水輝には当たらないのか、激しく降っているのに避けようともしていない。
ひと ふた みよ いつ むゆ なな や ここのたり
ひと ふた みよ いつ むゆ なな や ここのたり
次第に水輝の声がはっきりと聞こえてくる。これだけ雨が降っているのに水輝の低く地を這うような声は何故か優一郎の耳にきちんと届いていた。
てんのいかづち そらのくも ちのあかきながれ
わがうちにねむる ふかく くらき ともしびよ
低い声が言葉を数珠のように繋ぎ始める。それを聞き取った優一郎は真っ青になった。水輝は喋れなかった訳ではない。最初から水輝は他の言葉を発する気がなかっただけだ。長い呪文を紡ぐために。
歌うように呪を唱えながら水輝が軽やかに身を捻って刀を振る。優一郎は必死で多輝の名を呼びながら剣で刀を受け止めた。一振りごとに水輝の攻撃はどんどん重くなってきている。刀を剣で受け止めただけで優一郎は肘まで痺れるほどの衝撃を覚えた。
しろきしろはこわれ くろきもんはくだけ
よをうれうくれないはしずみ ときをつむぐこんとんはねむり
こんじきのとびらとじ しろがねのつばさはさけ
次第にはっきりと水輝の唇の動きが読めてくる。それまでほんの微かに動かしていただけなのに、今ではもう水輝ははっきりと呪文を詠唱しているのだ。低く、胸に重くのし掛かる声なのは、紡がれる言霊が魔法を発動させるためだけの呪文ではなく、呪いがこもっているからだろう。
「天空の王 時を渡りて」
ぴくりと片方の眉を上げて水輝が静かな眼差しで優一郎を見つめる。言葉を継ごうと開きかけていた水輝の唇がそっと閉じられる。
「地上の王 再び顕現す」
優一郎は言葉に力を乗せながら両手にしっかりと剣の柄を握り直した。真っ直ぐに見つめる優一郎から水輝は視線を背けず、じっと宙に佇んでいる。激しい雨に打たれながら言葉を継いだ優一郎は内心、ほっと息を吐いた。さっきまで周囲に立ちこめていた不穏な空気が徐々に薄れている。
「白に対すは黒。金に対すは銀。翠に対すは紫。赤に対すは青」
「天は地に触れ、地は天に混ざり、風が生まれ、雪が舞い、雷が疾り」
優一郎の言霊に水輝が即座に言葉を被せてくる。それまで淡々と言葉を継いでいた優一郎はぎょっとして水輝を見た。さっきまでの沈んだ重い声ではなく、水輝はいつもの声音で呪を唱えている。
酷く嫌な予感がする。
「言霊は理を示す」
「時の代は闇に入り、暁の乙女、宵の娘が去り」
水輝が被せてくる言葉は自分の紡ぐ言霊にまるで繋がりがないような気もする。だが、何故だろう。水輝の口許にはいつの間にか嗤いが刻まれているのだ。背筋の凍るような冷ややかな嗤いを見据えて優一郎はゆっくりと呼吸を整えた。
「浄化の力 地を埋めつくさん」
そう紡いでから優一郎ははっと目を見張った。
「夜の女王よ、汝の主に従い、世を闇に覆い尽くせ」
即座に言葉を継いで水輝が右腕を振る。優一郎は愕然として水輝を見つめた。水輝の揮った刀の切っ先がほんの僅かに触れ、優一郎の剣先が余所に逸れる。
「光の公女よ、汝の主に従い、地に光をもたらさん」
口早に唱えながら水輝は唐突に左腕に抱えていた多輝から手を離した。まだ意識を取り戻していない多輝の身体が滑るように宙を落ちていく。咄嗟に多輝を追いかけようとした優一郎の視界に水輝の刀の先が割り込んでくる。
「どうして!? 彼女たちは!」
思わず叫んだ優一郎の集中の糸がぷつりと切れる。その瞬間、水輝は身を翻して右手に握った刀を海に向けて揮った。刀から撃ち出された鋭い青の光が落下していく多輝の身にぶつかる。優一郎は蒼白になって慌てて急降下した。
「そらにえがく にじいろのひかり」
多輝を追いかけて海を目指す優一郎の耳に水輝の声が聞こえてくる。どんどん離れているはずなのに水輝の声は嫌にはっきりしていた。光に撃たれた多輝を慌てて宙で抱きとめる。優一郎の腕の中で多輝はうっすらと目を開けた。
多輝の身体はどこも何ともなっていない。そのことに驚愕して優一郎は慌てて水輝を振り仰いだ。
「いろかにまどう すべてをあいす こころやさしきおうよ」
優一郎は危険を感じてその場から転移しようとした。多輝を確保した今、最早この場所に用はない。だがそんな優一郎を何故か多輝が引き留める。
「待て。まだおれの用は終わってない」
そう言って多輝がそっと優一郎の腕を解く。
ここが長いんですよ!(泣)
書いた時にはこうなるとは思ってなかった!!!(泣)