戦いに明け暮れた新婚旅行から帰ってきたら全ては終わっていた。屋敷に戻った透の耳に真っ先に届いたのは佑と奈月の訃報だった。慌てて身支度をして駆けつけた吉良瀬の屋敷ではしめやかに葬儀が執り行われていた。
相当、ショックを受けていたのか、喪主を務めた優一郎にはまるで覇気がなく、何があったのかと訊ねても上の空だった。仕方なく透は使い魔を使って情報をかき集めた。
水輝はあの二人を残して消えた。それを知った透は甲斐性なしが、と水輝を嗤った。結局、水輝はたったの二人を愛し続けることが出来ないままに消えてしまったのだ。
それと同時に順もいなくなってしまった。こちらの情報に関しては透もかなりの衝撃を受けた。だが力を使ってあちこちを探してみても、順の気配は感じ取ることは出来なかった。
そんな慌ただしい日々を送っていても魔は次々に現れる。魔の情報を手に入れるたびに透は要を従えて現場にすっ飛んでいった。要の戦いは回を増すごとに激しくなる一方だ。本来以上の力を出して戦わなければ勝てない場合もある。だが要はひと言も文句を言わず、透の命令に従って戦い続けている。機体が大破したのも一度や二度ではない。
透は窓辺に立って外の景色を眺めた。屋敷の外では雪がちらついている。あれから随分と長い間、この清陵の町には雨が降り続けた。寒くなるに従って雨は雪に変わり、降り積もっていく。
「おまえってほんっとスゲーよな」
窓の外を眺めながら透はそう告げた。ソファに腰掛けてのんびりと茶を飲んでいた要が口許に手をあてがって高笑いする。
「とぉぜんですわ! わたくしは正義! 悪はわたくしの前に屈するのですわっ!」
相変わらずの調子で笑ってから、ふと要は不思議そうに首を傾げて透を見た。視線を感じた透が振り返ると要は眉を寄せて訝るような顔をしていた。
「まあ、そう考えてたほうが気が楽だしな」
透はぼそりと小声で呟いた。すると要がしかめ面をして耳許に手をあてがい、聞こえていますわよと剣呑に言う。
「透様は随分と気落ちなさってますのね」
耳から手を離し、要が急に真顔になる。透は窓に寄りかかって肩越しに外を見ながら少しだけ笑った。
「まあな。佑が死んじまったってのが信じられなくてな」
殺しても死にそうになかったのに。そう続けて透はため息を吐いた。佑に斬りかかられたのが随分と前のことに感じられる。あの時の気迫を思い出すたびに透は佑が死んでしまったというのが嘘なのではないかと思ってしまうのだ。
殺しても死にそうになかった。それは佑だけではなく奈月も、そして水輝も、順もそうだった。だがいま、この地上にあの四人の姿はなく、気配はどこにも感じられない。雲間から光が覗いてもそこには佑は感じられないし、夜の闇が辺りを覆っても奈月の気配はどこにもない。空から降る雨にも水輝の気配はなく、そして。
透はゆらりと暖炉に目をやった。薪がはぜて橙色の火が揺らぐ。
「そうですわね。ですけど、あの方々の気配はどこにもないのでしょう?」
少し寂しそうな顔をして要が言う。ぼんやりと暖炉を見つめながら透は頷いた。優一郎を問いつめても判らないという答えが返ってくるだけで、期待出来るような情報は手に入れられなかった。
「まあな。ただ、オヤジと水輝はどこかには生きてるとは思うがな」
いつ帰ってくるかはわかんねーけど。そう透が告げると要が考えるような顔をして呟くように答えた。
「……希望的観測は生きる上で必要不可欠……。透様もそうお考えになる方が気が楽ですの?」
すらりと言葉を返されて透は思わず声を詰まらせた。確かに要の言う通り、確証などどこにもない。これはそうであればいいという願いがこもった予想だ。そう自分の心の動きを結論付けて透は肩を竦めて苦笑した。
「希望的観測、も混ざってるが、それだけじゃねー。オヤジや水輝が本当に消えてたらこの程度じゃすまねーと思うんだ」
「あら。ですけど地上の王が正式にお目覚めになられたのでしょう? それに、水輝様のお力は多輝に移ったとか」
要は淡々とそう告げてからテーブルのベルをとった。ちりんと鳴らすとメイドがドアを開けて現れ、深々とお辞儀する。要はメイドにお茶のお代わりを要求してから透に座るように言った。透はため息を吐きつつ要の言うままにソファに腰を落ち着けた。
運ばれてきた茶を口に含んでから気付く。どうやら気付かないうちに喉がからからに渇いていたらしい。やけに茶が喉に染みる。
「あの狸はなあ……」
「透様は少し気張りすぎだと思いますの」
横に並んで茶を啜りながら要がぴしゃりと言い切る。カップを口につけようとしていた透はうっ、と言葉を詰まらせて身体の動きを止めた。
「わたくしたちが居ない間に色んなことがあったのは仕方のないことですし、居ない者にどうすることも出来ませんわ」
透が言葉を詰まらせている間に要がすらすらとよどみなく語る。透は唇を引き結んでじっとカップの中を見つめた。赤い紅茶の入ったカップの底には小さな花が描かれている。
「そうだな。お前の言うとおりだな」
ふっと笑って透は肩にこもっていた力を抜いた。要がそんな透を横目に見てからつんと顔を逸らす。
「ずっとそんな風に落ち込まれていては、わたくし、面白くありませんわっ」
わたくしのことを考えているならまだしも。拗ねた顔をして言ってから要が少し乱暴にカップをソーサーに戻す。腕組みをして完全にそっぽを向いてしまった要を驚きの目でしばし見つめてから、透は思わず吹き出した。
気の毒な透パート1ですw