「んなら、今日はおもいっきり、しよっか?」
いつもの調子を取り戻して透は要の肩を抱き寄せた。可愛らしい悲鳴を上げて要が透に身体を預ける。
「失礼します。透様にお電話が」
ノックしたと同時に執事がそう言いながらドアを開ける。今にも要を押し倒そうとしていた透はぎくりとして肩を竦め、うろんな眼差しで執事を見やった。執事はうやうやしく両手に握った電話を差し出している。
「はい如月です」
舌打ちをして執事から電話をひったくり、透は心底機嫌の悪い声で言った。もう少しで組み敷かれる、という体勢だった要が舌打ちをして身を起こす。
『あー、お取り込み中だった? すみませんねぇ』
少しも悪びれない口調で電話の向こうで笑ったのは喜多見梓という女だった。透は渋い顔をしてのろのろと身を起こした。
「進展があったのか?」
この梓という女は木村のとある研究機関に勤めている。年は透や要とそれほど変わらないのだが、能力を買われて一つの研究所を丸ごと任されているのだ。
『いんや。ちょっと例の娘、どうにもならないんでねぇ。あんたの知り合いに力の強い魔でもいないかと思ってね』
相手が木村の当主である透でも蓮っ葉な口調は相変わらずだ。透はため息を吐きながら頭をかいた。
「俺の知り合いってことは、VIPクラスになるし、必ず動いてくれるかどうかわからねーが手配してみる。では」
『ちょっと待ちなよ』
早々に電話を切ろうとしていた透を梓が早口で引き留める。内心で舌打ちをして透は電話を耳にあてがい直した。梓は確かに有能なのだが、何故か気が合わないのだ。
「何だ? 他に用件があるのか?」
『あんたの女房、いつ連れてくるのさ。見せてくれるって約束だったじゃない?』
きっと電話口でにやにやと笑っているに違いない。梓の笑い混じりの声に透は機嫌の悪い顔をした。せっかくさっきは機嫌を直してくれそうだったのに、横に腰掛ける要の表情はどんどん険しくなっている。
「解った。今度、妻を連れてそちらに見学に伺おう」
半分は要に聞かせるつもりで透は堅苦しくそう告げた。すると今度は梓が電話口で呆れたような声を上げる。
『はあ? 今さらなに気取ってんの? 大学の時とえらく違うじゃないのさ』
一番、言われたくないことを梓が気軽に口にする。そう、この喜多見梓という女は透が絵美佳だった頃、大学で同期だったのだ。が、大学と言ってもインターネット上のなので、実際に会ったりするようなやり取りをしたことはない。全てが画面上の文字でのやり取りだった。
「そっちも、かなり変わっただろ? お互い様だ」
『私は変わってないわよぉ。あの頃のあんたってかっこよくて好きだったのになあ』
しまった、と透は唇を噛んだ。案の定、梓は透に言葉を挟ませない滑らかな口調でずらずらと大学の頃の話を始める。
『教授が感動して涙した例の論文、私も見せてもらったんだよね。そこでやっぱり私の目に狂いはなかったって思っちゃって』
懐かしい話をし始めた梓の声から気を逸らし、透はちらちらと要の様子をうかがった。火山爆発一秒前。そんな雰囲気が要から漂ってくる。ただでさえ忙しく、放置気味だったせいもあるのだろう。要はさっき以上に腹を立てているようだ。
『……なのに』
それまでとは打って変わって低く凄みのある声で梓が言う。そこで透はぎくりと肩を竦めて慌てて電話に意識を戻した。
『人がちょっと目を離した隙に男になってるなんて! なにを考えてるのよ、あんたは!』
「だから、ほんとはもともと男だったんだってばさ!」
『やめてよ、汚らわしい! 男なんて汚いチンポがついてるだけの、ケダモノでしょうが! あんたも同意してたじゃないの!』
ここぞとばかりに梓が声を張り上げる。
『ほんっと、信じられない! 人が海外から戻ってみれば! あんたの家はもぬけのから、弟は学校の地下にこもっちゃってさ! 美人のママは行方不明でさ! 肝心のあんたは男になってるときたもんね!』
よっぽど鬱屈したものがたまっていたのだろう。梓の声は徐々に上ずり、次第に鼻声になる。もしかしたら電話口で泣いているのかも知れない。
「優一郎には会ったのか?」
『会ってないけど調べたのよっ! なに、あれ!? 可愛い女の子を何人も侍らせてさ! でも甲斐性なしじゃないのよ! あれが好きだったの、あんた!? 汚い男は嫌だよねって語り合ったあのチャットは、まるっきりの嘘だったって事!?』
これは多分、ヒステリーなのだろう。そうは思ったが透は律儀に梓の文句を神妙な顔で聞いた。
「まあ、とにかくだな、優一郎は研究者としては優秀だぞ。確かに女を侍らせてるが、タイプいろいろ美形揃いだし。一度見学してみるといいぞ」
『そうじゃないでしょ!? 問題がずれてるわよっ! 私が言いたいのは、あんたはどうして男になっちゃったのかって事よ! なにさ、機械人形は嫌いだのってさんざっぱら言っといてさ! 自分の女房はどうなのよ!』
ずらずらと並べ立てる梓の声は完全に泣き声になっていた。
「とりあえず、落ち着け」
『煩いっ! あんたなんてあんたなんて』
子供のように泣きじゃくりながら梓が文句を並べ立てるのを透はじっと聞いていた。確かに梓の言う通り、あの頃の絵美佳は由梨佳を嫌悪していた。機械の人形の癖に父親の総一郎を独り占めしているのが許せなかったのだ。だがそれらの感情の多くは透が本来とは異なる性を帯びていた弊害から生まれたものだった。だがその説明をここでしたところで梓は到底、納得などしないだろう。元々は賢いし能力もあるのだが、ヒステリーを起こしてしまっていては他人の言うことなど落ち着いて聞けはしないだろうからだ。
透、好かれてるなー(棒読み