「とりあえず、魔の手配と見学の手配で問題ないな? オッケーだったら明日、見学する時に連れて行く。これで問題ないな?」
『なによ。面倒だから話をとっとと切り上げようって腹? ほんっとに私のことなんてどうでもいいのね、あんたは』
少しは落ち着いたのか、鼻を啜りながら梓がぼそりと言う。透は疲れた顔で頭をかきながらソファに深く寄りかかった。
「そういえば、梓、あんた、KTSという企業は知ってるか?」
『……また話を逸らす……』
凄まじく嫌そうな声で言ってから梓は咳払いをした。
『愛してる』
唐突に梓が言う。何事かとぎょっとして透は硬直した。
『言いなさいよ。梓を愛してるって。そしたら答えてあげる』
ほら早く。梓が鼻を啜りながら低い声で促す。透はだらだらと冷や汗をかきながら恐る恐る隣に腰掛ける要を見た。
要は無表情で茶を飲んでいる。
「明日、見学に行く。そのときゆっくり話をしよう」
『言わなきゃあの娘を改造するわよ』
切羽詰まって苦し紛れに言った透に梓がぴしゃりと言い放つ。透は頬を引きつらせて膝の上でこぶしを握り固めた。
「今から行く。そこで待ってろ!」
何かが頭の中で切れる。透はそう叫んで電話を放り出し、意識を集中させてその場から転移した。一気に視界が弾けて再構成される。見慣れない部屋の中では梓が呑気に手を振っていた。
「おお、早い早い。おっと、その線から入らないでね。あー、きもちわる」
電話を台に戻して梓が身震いする。透は肩を怒らせて床を見下ろした。何故か足許には白いチョークで線が引かれている。ゆらりと顔を上げた透は机についた梓が涙一滴も流していないことを見取った。
透の隣で要が訝りの表情で首を傾げる。急に連れてこられたからか、要の手にはまだティカップが握られている。
「何ですの? ここは」
要がそう言って周囲を見回す。すると梓がぱっと明るい表情になって立ち上がった。
「ようこそいらっしゃい。ええと、如月要さんですよね? 私は喜多見梓。一応、この研究施設の管理者です」
行儀良く挨拶をして梓が頭を下げる。やはり梓は食えない女だ。そんなことを思いながら透は舌打ちをした。
「さっきの電話相手の研究所だ」
「ああ。先ほどのお電話はあなたでしたの?」
要が納得したという顔でまじまじと梓を見る。梓ははい、と機嫌良く返事をしてから、改めて嫌な顔をして透を睨んだ。
「もうあんたいいから。奥さんだけ置いて帰ってくんない?」
梓がしっしっ、と犬か猫でも追い払うような仕草をする。
「んなことできるか!」
「何でよ? 私、あんたには用なんてまるっきりないよ?」
さっきの電話でのヒステリーが嘘のようにけろりとした顔で梓が言い放つ。そんな梓と透とを見比べて要がなるほど、と呟く。
「要、そいつ取り押さえろ」
「え。何故ですの?」
事情がよくつかめていないのだろう。機嫌は直ったらしいが、要が不思議そうな顔で言う。だが梓の方が動きが速かった。足早に近づいた梓が要の手を取って線から向こう側へと引き寄せる。慌てて伸ばした透の手を避け、梓は両腕にしっかりと要を抱いて舌を出してみせた。
「透様? これは一体?」
梓に抱きしめられた要が呑気に首を傾げる。
「ま、どっちにしても状況はいっしょだ。跳ぶぞ!」
早口でそう言ってから透は強引にその場から転移した。梓が要を抱いたまま悲鳴を上げる。だが一瞬後には透と要、それに梓が透の研究室に転移していた。
「なっ! 人さらい!」
しっかりと要を抱きしめたままで梓が叫ぶ。透は椅子にかかっていた白衣を乱暴に取り上げて手早く着込んだ。
「俺の要に手を出そうとするからだ!」
「何でこんなに可愛い子を汚い男のものだって言い張られなきゃなんないのよ! この変質者!」
透の言葉に即座に梓が憎まれ口を返す。それから梓は嬉しげに要に頬ずりをしてみせた。要は状況が判らないままでも一応は誉められたものと理解したらしい。まあ、と微笑んで頬を染めている。
「要、そいつはレズだ」
「あら、それは気が付きませんでしたわ」
「違う! この世に男なんていらないのよ! だから女と女が愛しあうのは当然であって、間違ってもレズとかじゃないわ!」
訳の判らない理屈を並べ立てて梓はぎらりと透を睨みつけた。この時点で透は梓の思惑を完全に見抜いていた。梓がわざわざ自分から電話をかけてきた理由はただ一つ。要に会いたかったからだ。
「とりあえず、俺の愛人二人に会わせてやろう。ちなり、巴!」
透は傍の通信機を手早く操作して二人を呼びつけた。するとほどなく地下にある研究室に二人がひょっこりと顔を覗かせる。
「はーい。なあに? 透くん」
「お呼びですか?」
ドアを開けて現れた二人を見た梓が驚きの声を上げる。それから梓はしみじみと二人を見つめ、熱いため息を吐いてからまた透をぎらりと睨んだ。
梓は真性です。