だがそれだけのことだ。順は心の中でそう呟いた。長い世界の歴史から考えると、あの戦いですら些細なことだったのだろう。その意味で考えれば主龍神の座が空いたことは取るに足らないことに思える。
一体、何が気になるのだろう。考え込む順は無意識に険しい顔をしていた。
「茜さん……。茜さんも? 感じますか?」
そっと囁くように優一郎が声をかけてくる。そこで順ははっと我に返った。困惑したような、だがどこか不安そうな顔で優一郎がじっと順を見つめている。
「優一郎くんも? 何かヤバいカンジ、するよね?」
原因や理由が判る訳ではない。だが考えをまとめても、問題点を列挙しても、何かが妙に気にかかる。根拠はない。単純に言えば酷く嫌な予感がするのだ。
「消滅してしまったものは、仕方ないと、言いましたけど、どうしても、気になるんです」
小声で言って優一郎が手を組み合わせる。順は無言で頷いて何本目かの煙草を唇に挟んだ。考え事をする時の癖で吸った煙草の吸殻が灰皿にうずたかく積まれている。
「気配はない。意識もない。感じることは出来ないって、和也も言ってた。オレがいま感じられないのは仕方ないとしても、あのヒトが何も感じないんだから、いなくなったって見るのが自然だし」
考えを巡らせながら順は難しい顔をした。煙草をふかす順を優一郎が真顔で見つめている。
「正直、彼女は主龍神に相応しくないと、居ないほうがマシじゃないかとさえ、思ったことがありました。だけど」
僕たちは取り返しのつかない事をしてしまったんじゃないかと、思えてならないんです。そう優一郎が言葉を継ぐ。順は険しい顔をしてじっとテーブルを睨みつけた。煙草の先から立ち上った紫煙が揺らぐ。
「姫君は、オレも……むかついてたし、マジ消えろって思ってたし」
そして奈月は実際にいなくなったのだ。だが何故かすっきりしない。それに心の底には妙なもやもやとしたものがずっとある。
「しかし、やはり言っても仕方ないことなのでしょう。この感覚が正しいとすれば、もう、遅い、のですから」
「水輝ちゃん、起きないらしいんだよね」
真面目な顔で優一郎が言った後、順はすらりと話題を変えた。何度か瞬きをした優一郎が怪訝そうに順を見る。順は少し俯いて煙を吐き出した。
「立城さんから聞いたのですか!?」
「んーん。吉良瀬の屋敷に居るの。佑ちゃんと一緒に居るって」
首を横に振って順はそう告げた。
「佑に世話を任せているのか……。茜さんは佑から聞いたんですね?」
それを聞いて順ははたと気がついた。そういえば肝心なことを言うのを忘れていた。順は指を二本立てた。
「水輝ちゃん、二つに割れたの。片方をたっくんが、もう片方を佑ちゃんが持ってったの。で、吉良瀬の本邸に居る水輝ちゃんの具合は和也に聞いたの」
淡々と告げてから順は煙草を指につまんで唇から剥がした。少し冷めた紅茶を静かに啜る。
「本邸のほうも拠点としたんですか? 分かたれた水輝さんを引き離す必要があったのでしょうか?」
しかし、重森さんまで立城さん側に戻ったのなら、本当にもう、お手上げですね。そう言って優一郎がため息を吐く。順はんー、と言いながら天井をしばし見つめ、改めて優一郎を見つめた。
「えっとねえ。優一郎くん、けっこー浮かれてた?」
人の悪い笑みを浮かべて順はそう言った。すると優一郎が戸惑ったような顔をする。
「えっと、その、多輝と、ほらっ、ね?」
真っ赤になって優一郎がどもる。順はあはは、と軽く笑って肩を竦めた。
「そっかあ。多輝ちゃんのはにゃーんエロエロオナニービデオとか見たり、改造改造ゆって楽しんでたね?」
へらへらと笑いながら順はそう指摘した。すると優一郎が目に見えてうろたえる。
「僕は多輝のことを愛してますから!」
開き直ったのか、優一郎が真っ赤な顔をしたまま胸を張る。あははは、とひとしきり笑ってから、順は優一郎を煙草の先でさした。
「はい、しんこきゅー。すーはーしましょう」
顔を赤くしたまま、怪訝そうな表情を浮かべつつも優一郎が言われるままに深呼吸する。それを見届けてから、順は煙草を唇に挟んだ。
「そこで力を戻しましょう」
相変わらずだらしない笑みを浮かべて順は言った。
「力……」
しまった、すっかり斎姫に預けた力のことを忘れてた。そう続けて戸惑った面持ちをしつつも優一郎が目を閉じる。順は煙草をのんびりとくゆらせながらしばし待った。
優一郎が驚きに目を見張る。息を飲んだ優一郎を眺めながら順は優雅に足を組み合わせた。
「佑……」
ぽつりと優一郎が呟く。順は灰皿に煙草をねじ込んで苦笑した。
優一郎がお茶目に色ボケしていたことが判明しましたw