んー、と言いながら要が手にした棒切れで透の後頭部をつつく。透は手足を投げ出した格好でひくひくと身体を震わせていた。つかんでいた木の枝は少し遠くに飛んでいる。うつ伏せになっている透の背にちょこんとしゃがんだ要が困りましたわねえ、と笑う。
周囲には青々とした柔らかな草原が広がっている。総一郎の研究施設から少し歩いた場所で透は要に稽古をつけてもらっている最中だ。つんつんと後頭部をつつかれた透は憤りに身を震わせた。
「つつくなっ!」
そう言いながら透はがば、と身を起こした。要が身軽に透の背から飛び降りてほほほと高笑いする。
「だって透様の後頭部がチャーミングで」
口許に手をあてがって笑っていた要が握っていた棒切れで落ちていた棒切れを軽く弾く。それは狙い澄ましたように透の許に飛んできた。慌てて上げた透の手に棒切れが納まる。
「さんきゅ。そんじゃ、もう一回行くぞ!!」
素早く立ち上がって透は一直線に要に駆け寄った。手にした棒を振り回した透の視界からすうっと要の姿が消える。次の瞬間、透は地面に倒されていた。やはりさっきと同じく、何が起こったのか判らないままに地面に顔面をぶつけてしまう。要は身軽に透の背に乗っていた。
「困りましたわねえ……」
ふう、と大仰にため息を吐いて要が透の後頭部を棒切れでつつく。さっきと全く同じ屈辱を味わいながら透は頭を上げた。あらあら、と要が透の垂らした鼻血をハンカチで拭う。
「すまね……」
小声で詫びて透は唇を噛んで思案した。透に対峙する際の要は特に身構えることもなく、普通に棒切れを握って立っているだけなのだ。だが駆け寄ると要の姿が消えてあっという間に地面に倒されてしまう。好きに打ち込んでくるようにとは言われているのだが、透はなぜこうなってしまうのかを理解出来なかった。
「いえ、謝られる必要はありませんわ。よく判りました」
にっこりと笑って要が透の背から退く。それから要は手を差し伸べて透を起こした。落とした透の棒切れを要が拾う。
「透様はこれまで武術の類は一切たしなんでおられなかったのでしたわよね?」
しかも要は平然としているのに透の方は呼吸が乱れている。この差は何なのだろうと考えながら透は頷いた。
「ああ。研究一筋だったからな。科学の進歩のためには体力が必要だからと、早朝トレーニングでジョギングとかはやってたが……」
「筋力は確かにありますわね」
そう言って要が頷く。それから要は軽く肩を竦めてみせた。
「透様は無駄な動きが多いのですわ。それから呼吸の仕方もなっていませんわね」
淡々とした口調で指摘してから要は棒切れを両手に握って正眼に構えてみせた。
「こう、透様はまず構えられますわよね?」
何となく戦いというとその構えのイメージがあって、透は何となく要の示す格好を取っていた。
「あ、ああ」
「この構えのまま」
そう言って要が軽く走ってみせる。走る要の腕は自然に曲がり、棒の先端が下がる。
「走るとこうなりますわね?」
少し走ったところで確認するように要が言う。透は試しに棒切れをつかんで立ち上がり、要の示した通りに構えて軽く走った。すると要が言った通りに腕が曲がる。
「あっ、そうか……」
「この状態から、こう」
走る真似をしながら要が腕をおもむろに振り上げる。それから要は透を見た。
「がむしゃらに腕を振り上げて下ろす。この間に随分と時間がかかりますわね?」
だが要が言うほどに腕を上げるまでには時間はかからない。要が言っているのは、戦うものとしての動きのスピードからすればという意味なのだ。
「無駄が多いんだな。俺の動きは」
要や佑の動き、順と佑との戦いを思い出して透は頷いた。要が首を傾げて身体の向きを変え、もう一度両手に棒切れを握る。
「この正眼の構えの場合、走る時はこうなりますの」
そう言って要が構えを保ったまま、素早く走る。その動きは流れるようでまるで上体が揺らいでいない。少し走ってから要は透に笑みかけた。
「それに透様の場合、剣尖がぶれていますわ。それでは狙った場所に当たりません」
つらつらと語ってから要が片手に棒を持ち変える。
「それと、わたくしの顔を睨んでいても攻撃を当てることは出来ませんわ」
ほほ、と笑ってから要は口許に手をあてがった。にんまりと笑ってから言う。
「わたくしの美しい顔をずっと見ていたいという透様のお気持ちは嬉しいですけれども!」
そう言ってから要は天を仰いで高笑いした。
「動きか。動きの最適化……」
透はぶつぶつと口の中で呟きながら、巨大ロボットのプログラミングをした時のことを思い出した。動きの無駄を削ぎ、電力消費を減らすために延々と努力を続けた。そう、無駄な動きをするからその分、余計に力が消費されてしまうのだ。
「それから。透様の場合、呼吸がめちゃくちゃですわ」
両手を開き、肩を竦めながら要が言う。
「呼吸? 吸って吐いてのこの呼吸か?」
「そうですわ。その呼吸です。気合を込めて荒い息を吐いたところで余計な体力を消耗するだけですわ」
いいですか、と言い置いて要が片手に棒を握って立つ。目を閉じた要が静かに息を吐き、吸う。それは決して深呼吸というほど深くない。ごく当り前に息をしているように見える。
不意に要が目を開いて気合の声を放って右腕を一閃する。振り上げられたただの棒切れが掠めた草を切り払う。その様を透は目を見張って見つめた。要は特に武器を使った訳ではない。なのに透の目の前には切られた草がひらひらと舞った。
「緊張と集中は違うってことか」
「戦いにおいて多少の緊張は致し方のないこと。集中はもちろん必要ですわ。ですが、冷静に相手の攻撃を見据えて返す。隙を読む。これらのことはただ息を詰めていればいいというものでもありませんの」
すらすらと言ってから要が棒切れで草原をさし示す。
「まずはこれをその棒で切れるように練習してくださいませ」
そう言って要はその場にしゃがみ込んだ。透は戸惑いつつも棒切れを片手に握り、さっきの要のように目を閉じた。出来るだけ静かに呼吸をし、集中してから目を開けて棒を振る。だが透が棒を引っ掛けた草は力任せに引き千切られてしまった。
「これは駄目か。今度は……」
また透は目を閉じて息を整えた。そんな透を要は笑顔で見守っていた。
透がんばるの回ですw