ここから二章です。
エロシーンはありません。
水輝はかなり恥ずかしがりらしい 1
白いもやの立ち込める周囲を見回して水輝はしかめ面をして頭をかいた。ここはどこだろう、と考えてから現実の外の世界ではないことを知る。その証拠に水輝の胸には傷はなく、着ているのも白いシャツにジーンズ、黒いコートという定番の服だ。
やけにふわふわとした感のある場所だ。水輝は何となくもやの中を歩き出した。そういえばあれからどうなったのだろう。そう考えてから水輝は少し寂しい顔をして俯いた。
奈月が消える前に言っていたことを思い出す。やっと本当の気持ちが聞けたと思ったのに、奈月は消えてしまった。そのことを思い出して水輝は顔を歪めた。
順が刀を向け、学が小刀を振りかざし、優一郎が問答無用の力を放つ。その意味をあの時の水輝は理解していなかった。一緒にいた佑に聞こうにも、状況が慌ただしくて説明を求める暇もなかった。
だが自分の中から何かがごっそりと抜け落ちているのは判る。水輝は少し眉を寄せてため息を吐いた。
「奈月」
何となく会いたくなって水輝はそう口にした。その瞬間、水輝の目の前のもやがゆっくりと左右に分かれて流れ始める。水輝は驚きの目でその光景を見守った。まるで海が割れたように見える。もやが一部分だけ途切れた場所には奈月が立っていた。
「奈月!」
思わず呼びかけて水輝は走った。遠くに見える奈月は胸の前に手を組み合わせ、祈るような格好をしている。水輝はもやの切れた合間を懸命に駆けた。
「水輝さん」
水輝を見つめた奈月が少し眉を寄せて唇を尖らせる。てっきり奈月も喜んでくれると思っていた水輝は焦ってその場で足を止めた。奈月までの距離はほんの二メートル程度だ。
「どうして、ここにいるんですか!」
胸の前で手を組み合わせたまま、奈月がきっと水輝を睨みながらそう告げる。水輝はうろたえながら奈月をまじまじと見つめた。奈月が着ているのは水輝が好んで選んだ服だ。薄い水色のふんわりとしたイメージのある服に身を包んだ奈月はだが、やけに怒った顔をしている。
「あー……ええと? 何で怒られるんだ?」
訳が判らず水輝は控え目な声で訊ねた。
「わたし、自分しかみていませんでした。水輝さんのことは大好きです。でも、水輝さんがわたしをどう思っているか? そのことにとても無頓着でした」
少しだけ奈月の表情が和らぐ。だがあくまでも少しだけだ。その目は鋭く水輝を見ている。水輝は戸惑いながらもこっそりと奈月に近づいた。少しずつ距離を詰める水輝を奈月は変わらず厳しく見つめている。
「やっと、わかりました。水輝さん、わたしのこと好きなんですよね?」
そう言って奈月がびしりと水輝を指差す。水輝は思わず足を止めて奈月を凝視した。
「いっ!? あ、あの、いきなりそう来るか?」
指摘を受けた水輝の顔がじわじわと赤くなる。確かに奈月のことは好きだし大切だと思っている。だが奈月の方からこうやって指摘を受けたことはない。水輝はうろたえながら視線を忙しなく動かした。
「やっぱり、そうだったんですねっ?」
心持ち照れたような顔をして奈月がつんと横を向く。水輝はそれを見て目を丸くした。震える指で奈月を指差し、おずおずと訊ねる。
「も、もしかして拗ねてんのか?」
初めての奈月の拗ねた素振りに水輝はあんぐりと口をあけた。
「水輝さん、気付いていますか? わたしに好きっていったこと一度もありませんっ」
「ちょっ、ちょっと待てぇ! あるぞ! ある! よーく、思い出してみろ!」
水輝は真っ赤な顔をして喚いた。すると奈月が眉を寄せて考えるように上を向く。
「いつですか?」
急に気弱な顔になって奈月が訊く。水輝は真っ赤になってうろたえた。ただでさえ恥ずかしいのに、その時のことを説明しろと言うのか。しかも水輝が珍しく奈月に好きだと言った時、奈月は見事にそのせりふを聞き流している。
「いや、えーと、その」
ほんの二回だけ。水輝がこれまでに奈月に好きだと言ったのはたったの二回だ。一度目に言った時は奈月に自分ではなく紫に言えと言われた。二回目の時は佑に促されて言ったこともあり、奈月はそれについては何も言わなかった。水輝は懸命に考えを巡らせながら耳まで真っ赤になった。
「あの、忘れていたなら、わたしがわるいです、ごめんなさい」
そう言って奈月が頭を下げる。謝られた水輝は慌てて首を横に振り、手も一緒に振った。
「いや、その! 判るように言わなかったおれもなっ! 悪いと思うし!」
恥ずかしさと照れくささから水輝の声は上ずっていた。そんな水輝を奈月が上目遣いに見る。
「あの、水輝さん、好きだという時は相手に伝わるように、きちんと言わなきゃだめです! わたしみたいな鈍い相手にいう時は特に!」
何かを決心したようにがば、と顔を上げて奈月が両手をこぶしの形に握って言う。水輝は唖然としてそんな奈月を見つめた。
「ちょっと待て! こう、そういう言葉はだな! ロマンというか、こう、何て言うんだ!? ほら、あるだろ!?」
水輝は耳まで真っ赤になったまま、口早にそう言ってから手を叩いた。
「ほら、わびさびだ!」
何度も自分の言葉に頷く水輝を奈月がうろんな目で見る。
「目と目で通じあえたら、いいですけど。言わなければ伝わりませんし、言ってもすれちがうことがありますし」
言いながら自分で混乱してきたらしい。奈月が少し眉を寄せて困ったような顔をする。よし、と水輝は頷いて言葉を継いだ。
「じゃああれだな! 謙譲の美徳!」
びしりと奈月を指差して声を張った水輝も照れくささからしっかり混乱していた。
「えっと、水輝さんがわたしを好きだってことは、よくわかりましたから、それはもういいですっ!」
「いいのかよ!?」
気合を入れて言った奈月に水輝は思わず突っ込みを入れた。
「いえ、あの、えっと、好きだって言っていただけるなら、何度でもすごく嬉しいです」
焦ったようにうろたえて奈月が口早に言う。よおし、とこぶしを握って水輝は気合を入れた。言うぞ、言うぞ、と自分にまじないでもかけるかのように何度も言い聞かせる。
「よし! 奈月、言うぞ!?」
「はいっ!」
奈月がそう言って目を閉じる。そこで水輝は息を深く吸って一気にまくし立てた。
「おれは奈月が好きだ! だが、佑も好きだし渚も好きだし栄子も好きだし、ちらっと見ただけだが、順の女装もなかなか捨てがたい!」
そこで水輝はぐぐっと握りこぶしに力を入れた。奈月が不可解だと言わんばかりの顔で目を開ける。
「でもおれはあくまでもストレートだ! 断じて好んで男とは寝ない!」
握りこぶしを震わせながら水輝はぎりぎりと歯を軋らせた。
「あの……女装だったら、男の人じゃないんですか?」
眉を寄せて奈月が言う。違う、と水輝は両手を広げた。
「順の話じゃない! 立城だ! あの野郎、がんがん人の名前コールしやがってその割には男のままだろ!?」
そこまで言って水輝ははたと気付いた。自分は一体何を言っているのだろう。我に返った水輝を見つめて奈月が納得したように何度も頷く。
……まあ、色々下手くそなんですよね、実は。
不器用という言葉ではおさまらないくらいに!
だから毎度、色んなところですれ違いが発生します。