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「立城さんに女装させればいいと思いますっ」
奈月が真剣な顔をして頷く。いや、と水輝は首を横に振って奈月にびしりと手のひらを向けた。
「おれが頼んでしてもらうのは腹立つから却下だ! あくまでも自分から抱かれたいから女になる、という状況じゃないとな!」
ついつい奈月にそう言ってから水輝は焦って頭を抱えた。自分は本当に何を言っているのだろう。これまで奈月にそんな話をしたことは一度もなかったのに。何で真面目に自分の好きな相手について語っているのだ。
「とにかくっ! 責任持って佑さんと、渚お姉さまと、栄子さんと、茜さんと、立城さんを幸せにしてくださいっ!」
「断る!」
水輝は手を頭から離してきっぱりと言い切った。すると奈月が眉を吊り上げる。
「みんな、今、大変な思いをされているんです! それを放置するんですか?」
「おれは奈月と居たいんだよ!」
力をこめて言ってから水輝ははたと気付いた。怒った顔をする奈月に待ったをかけて考えを巡らせる。どうも、いつもとは違って本音が出てしまう。その理由にふと思い当たって水輝は奈月を指差した。
「……良心?」
そう言ってから水輝は納得顔で頷いた。
「あー……ここ、おれの中か」
道理でストレートに感情が出てしまう訳だ。そう呟いて水輝は頭をかいた。
「そうです。だから、いつまでもここにいないで、みなさんを助けるために、目覚めてください……」
上目遣いで奈月が言う。考えてみればこうして奈月と言い争いをしたのは初めてではないだろうか。奈月が我が侭だということには気付いていたが、水輝はいつもそれを指摘することもなく言われたことを聞き流してきたのだ。
こみ上げてくるままに笑い出した水輝を奈月が訝りの目で見る。
「あの、水輝さん……?」
心配そうな顔をする奈月の頭を軽く撫でて水輝は口許を押さえて笑いを堪えた。
「悪い悪い。ちょっと奈月の反応が新鮮で嬉しくなってな」
ぽんぽん、と軽く奈月の頭を叩いてから水輝は手を離した。
「水輝さん、ごめんなさい。わたし、ああするしか思いつけなくて」
余計に水輝さんを苦しめてしまいましたよね。しょんぼりとした顔で言う奈月に水輝は笑いかけた。
「いや。おれは感謝してる。おれはずっとこうして奈月と口喧嘩をしたかったんだ」
さらりと言った水輝を不思議そうに奈月が見つめる。水輝はコートのポケットに手を入れて横を向いた。周囲は相変わらず白いもやに包まれている。
「でも、ここに居たらだめですっ!」
慌てたように奈月が言う。水輝は奈月を横目に見て笑った。
「戻る時は奈月も一緒だ。おれに愛されたかったって言ってたろ?」
それにもう少し状況を静観する必要があるかも知れない。水輝は奈月から流れてくるものを少しずつ読んでいた。思ったよりも事態は進行している。
「だめです。わたしはまやかしですから……」
「それが本音か?」
水輝は奈月に向き直って問い掛けた。すると奈月が少し顔を歪めて唇を引き結ぶ。
「奈月。おれはこれまでずっとお前に言いたかったことがあったんだ」
水輝は真剣な面持ちで言った。奈月も真剣な面持ちになって頷く。
「言ってください」
そう促されて水輝は頷き返した。
「奈月は我が侭だ。おれのためと言いながら、結局は自分のために自己を犠牲にすることが多い」
水輝はこれまで黙っていたことをはっきりと口にした。
「水輝さんの……おっしゃる通りです」
少し俯いて奈月が小声で言う。それを聞き取ってから水輝は言葉を継いだ。
「本当はおれに好かれたいんだろう? 他の誰でもなく、自分を」
奈月は事あるごとに水輝が他の女性を無碍にすることに怒っていた。そのことを思い出しながら水輝は奈月の顔を覗き込んだ。奈月は泣きそうな顔をしている。
「はい、そうかも……しれません」
「じゃあ、素直にそう言え。可愛くおねだりされる分にはおれは全然構わないぞ?」
微笑みを浮かべて水輝は奈月の頭を撫でた。すると奈月は困惑したような顔をする。
「わたし、無意識に自分は他の方とは立ち位置が違う、水輝さんにとって特別な存在なんだと、そう思って自惚れていたと思います。誰よりも水輝さんの近いところに居るって……」
本当に構わないんですか? おずおずと言う奈月に水輝は笑ってみせた。
「おれは別に奈月が龍神だから好きになった訳でもないし、主龍神だったから好きな訳でもないし、機械の身体だから好きな訳でもない。おれは奈月なら構わないんだよ、何でも」
照れくささから横を向いて水輝は口早に言った。何回好きと言ったかな、と口許を押さえて呟く。水輝の顔はまた赤くなっていた。
「一度も言ってません。好きな訳じゃないって三回言いましたけど」
くすりと笑って奈月が指摘する。水輝はうう、と呻いて頭をかいた。
「好きだ、奈月。我が侭でけっこうプライド高くて大人しくしてろって言ってもしてないけど」
ずらずらと並べてから水輝はまた口許を押さえて顔を伏せた。耳まで熱い。
「わたしも、水輝さんが大好きです」
そう言って奈月が少し上向いて目を閉じる。水輝は自然に奈月を抱き寄せて唇を奪おうとした。
遠くから声が聞こえてくる。みーずーきーさーん! というやたらに聞き覚えのある声に水輝はぴくりと眉を上げて肩を震わせた。あと少しで唇が触れる、というところで動きを止めた水輝を奈月が不思議そうに見つめる。
「佑さん?」
水輝を呼ぶ声はどんどん近くなっている。それに伴って足音まで聞こえ始める。水輝はくそ、とぼやいて素早く奈月の唇を奪った。驚きに目を見張った奈月の唇を割り開いて舌を滑らせる。奈月に深く口づけて舌を絡め合う水輝の背中に声が飛んでくる。
「水輝さんっ! やっと見つけたわ! 奈月さんもここに居たのね!」
どうりで気付かないはずだわ……。そう続けた佑を水輝はうろんな目で振り返った。
「こら。そこのじゃじゃ馬」
両腕にしっかりと奈月を抱いて水輝は笑いながらそう言った。
「どーせわたしは!」
唇を尖らせて佑がぷいと横を向く。水輝は奈月の肩を抱いて佑に歩み寄った。片方の手で佑を抱き寄せる。
「今度は何した?」
囁きで訊ねながら水輝は佑の額に自分の額を軽く当てた。
「えっと。桜さんに押し倒されて、気がついたら優一郎に閉じ込められてて……」
優一郎の奴! 覚えてなさい! 気合を込めて言った佑が手をこぶしに固める。水輝は苦笑して二人の肩から手を離した。自分の中なのだからもやも好きに出来るだろう。そんな水輝の思惑通り、もやが少しずつ晴れて周囲に広々とした花畑が現れる。優しい色合いのこすもすの揺れる花畑が一面に広がり、上には青い空が出来上がる。
「とりあえず、茶でも飲みながら状況を説明してくれないか?」
その場に現れたテーブルと三脚の椅子を示し、水輝は笑った。
佑がじゃじゃ馬扱いになりましたが。
……じゃじゃ馬ならまだいいんですよ……。