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車を降りた順は周囲にいた影を鎌の一振りでさっさと粉砕した。黒い雷に撃たれた影が不気味な声を残して散っていく。今日は運転してくれる和也は留守にしていたため、順は自分の車で吉良瀬の別邸に乗り付けていた。
周囲は閑散としている。和也から聞いた話では、この屋敷には何人かの使用人がいたはずだった。だが人の気配はまるでない。
「ま、行ってみますか」
咥え煙草に大きな鎌を担いだ格好で順は玄関のベルを鳴らした。しばしの後、ドアが静かに開く。順は片足をドアに引っ掛けて、力任せにドアを大きく蹴り開けた。
「はーい、たっくん。一日ぶり」
玄関に迎え出ていた立城に片手を上げて順は挨拶した。
「……木村さんですか」
力ない笑みを浮かべた立城はどこか放心したような顔をしている。だがそんな立城に構わず順はずかずかと屋敷に入った。アンタの部屋どこよ? と訊ねて言われた場所に向かう。
屋敷の中はめちゃくちゃに荒れていた。壁があちこち砕け、床にも亀裂が走っている。元は綺麗な屋敷だったんだろうに、見る影もない。順は瓦礫を身軽に乗り越えて立城の言った二階の部屋を目指した。立城も順の後をついてくる。
歪んで軋むドアを蹴り開けて部屋に入る。その部屋はどうやら書斎のようだった。恐らく寝室も兼ねているのだろう。広々とした部屋の奥にはベッドがある。
「陰気臭いね、どうも。電気くらい点けたらどうよ?」
しかめ面で言って順は荒れ果てた部屋を見回した。遅れて入ってきた立城が部屋の端にある暖炉に火を入れる。すると部屋は炎のほんのりとした明かりに満たされた。
「ありがとうございます」
微苦笑した立城を横目に見ながら順は煙草をふかした。立ち上る紫煙が暖かな空気に煽られて揺れる。
「何が? オレはただ、無様にうろたえてるアンタを見てやろうと思ってね」
ざまあないね、と言ってから順は肩を竦めて軽く笑った。大きな鎌を宝珠に戻して自分の胸にねじ込む。痛みを堪えて順は身を折り、宝珠が納まってから深く息を吐いた。やっぱりまだ力は殆ど回復していない。
「彼は、あなたも狙っています」
淡々とした口調で立城が言う。ふうん、と言ってから順は煙を天井に向かって吐き出した。そのまま数歩歩いて立城に寄り、唐突に右手を振る。打たれた立城は一声も発さず、頬を手で押さえた。
「いつまでボケてんの? それとももうどうでもいい?」
低い声で唸るように言ってから順は暖炉に短くなった煙草を吐き捨てた。のろのろと顔を起こした立城が力なく笑う。
「いえ。僕も滅びた彼らと同じようなものなのかなあとか」
自嘲気味に告げた立城を鋭い目で見つめて順は鼻で笑った。
「じゃ、好きにしたら? アンタが降りたってんならオレも別にいいしね」
スカートのポケットに手を突っ込んで煙草の箱を引っ張り出す。捩れた箱から一本抜いた煙草を順は立城の唇に突っ込んだ。続いて自分の唇にも煙草を挟む。ほら、と指先に生んだごく小さな炎を寄せると立城が煙草の先に火を灯す。順も一緒に火を点けてから炎を消した。
「……ありがとうございます。茜ちゃん」
少しは調子が戻ってきたのだろう。笑いのようなものを浮かべて立城が言う。けっ、と喉の奥で言ってから順はそっぽを向いた。
「アレ、魔になりかけてっからねー。ほっといたらヤバいんじゃないの?」
煙草をくゆらせながら順はのんびりと告げた。
「もう、討つしかないかもしれません」
立城が目を細めて呟くように言う。確かに、と呟いてから順は顔をしかめた。魔になったらあれを討つのは簡単だ。だがその手段を選ぶと水輝がまずいことになるような気がする。少なくともあれは水輝から分たれたものには違いないのだ。
「アレから魔の成分だけ叩き出す手段でもありゃいんだけどねー。なかなか……」
しかめ面をしたままで順は煙草をふかした。ここのところ確実に本数が増えている。そのことに更に顔をしかめて順はため息を吐いた。
「ただ、あれは魔になるべくしてなったのかもしれない。討つべきではないかもしれないとも、思うんです」
真面目な顔をして立城が言う。少しは気分が落ち着いてきたらしい。口調もさっきまでとは違ってはっきりしている。そのことに内心ほっとしつつも順はそうだねぇ、とのんびりと言った。
「ま、ねー。この世に不必要なモノなんていっこもなくてさ。やっぱし出るべくして出てきたって考えるのが自然だよねぇ」
何だ、ちゃんと話出来るじゃん。へらへらと笑いながら順は立城のわき腹を肘で軽く小突いた。
「主龍神を盛り立て、安定を保っていく道もあったでしょう。彼女はゆっくりですけど着実に進化していた」
「ただねぇ。時の流れの速さを考えるとね。あの速度じゃちょっとやっぱムリだと思ったよ」
そう言いながら順は壊れて床に倒れていた本棚に腰掛けた。暖炉の前に立つ立城の横顔を赤い火が揺らめいて照らす。よれた煙草を指につまむ立城を順は何となくぼんやりと見つめた。
「ええ。でも、だからこそ逆に、犠牲と変化のバランスが取れた時代を作り上げることが可能だったと思います」
あくまでも真面目な顔で立城がゆっくりと言葉を継ぐ。ともすれば女性に見えるほど優しい顔立ちや、穏やかな話し方、耳に心地のいい立城の声が順は嫌いだった。出来れば近づきたくないと思い、実際に避けてきた。運良く互いの財閥が競っていたこともあり、これまで順は自分から立城に近づかなくても済んだ。
この2人が真面目に話すことは稀です。