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巨大な白い居城の玄関で優一郎は周囲を見回した。門を越えて最初に通るのがこの広々としたフロアだ。優一郎は両腕に抱えた多輝を見つめ、次いで傍に浮かんでいる由梨佳を見やった。
フロアの奥に設えられた階段からパジャマを着た見慣れた女性が現れる。寝起きだったのだろう。乱れた髪を指で梳きながら歩いてくるのは、この居城の主、天輝と呼ばれる龍神だ。
「んはー。優一郎くん、いらっさーい」
寝ぼけ眼を擦りながら天輝が挨拶する。その少し後ろではらはらとした顔で天輝を見守っているのは二人の白い女性だ。どうやら彼女たちは天輝の身の回りの世話をしているらしい。
「天輝さん、お久しぶりです。おやすみのところ、申し訳ありませんでした」
にっこりと優一郎が笑うと天輝がぱたぱたと手を振っていいのいいのと軽く言う。それから天輝は優一郎を城の三階に招いた。長い螺旋階段を昇る途中で天輝がちっ、と舌打ちをする。
「白もさあ。この螺旋階段、いいかげん止めてくれればいいのに……うっ。酔う」
口許を押さえて天輝が嫌そうに言う。その後ろに続きながら優一郎は苦笑した。この白い巨大な城は白琅渉という龍神そのものなのだ。
「彼女には、彼女の美学というか、そういうものがあるのでしょう」
「建物に美学なんてさー……あ、いた!」
ぼやいた天輝の頭に何故かいがぐりが落ちてくる。何すんのよ、と上を向いて天輝が喚くと、今度はごつごつとした焼き栗が天輝の頭に降って来る。どうやら白琅渉は天輝の言い草に少し気分を害したらしい。あつーい、と叫んだ天輝が頭を庇いながら足早に階段を上りきる。
「もうっ。いつもいつも乱暴なんだからっ」
ふて腐れた顔で言いながら天輝が広々とした廊下を進む。優一郎は絨毯の敷かれた廊下を天輝について歩いた。太い幹を思わせる大きな柱の向こうには雲一つない紺碧の空が広がっている。この居城は閉じられた空間に浮いているのだ。
「さっそく用件に入ります、宮と巫女一人を、当面の間預かっていただきたいのです」
切り出した優一郎を振り返って天輝がにっこりと笑う。
「判ってるわよん。だからこれから客間に案内するつもり」
こっちこっちと言われて優一郎は天輝がドアを開いた部屋に入った。そこには大きな二台のベッドが設えられている。天蓋つきのベッドにまずは多輝を、続いて隣のベッドに由梨佳を乗せて優一郎は頷いた。
「もうひとつの用件ですけど、天輝さん。そろそろ、その……オーバーホールの時期ですよね?」
天の龍神、天輝はこの居城に暮らしているがヒューマノイドなのだ。天輝がそうねえ、と呟いて自分の身体を見下ろす。ヒューマノイドにはマスターが不可欠になるが、天輝のマスターは亡き火龍神、火藍に設定されたままだ。
まあ、こっちで話しようか。気軽な天輝の誘いに応じて優一郎は二人の眠る客間を出た。その隣の部屋のドアを天輝が開ける。そこは先の客間と違い、何故か奥に畳敷きのスペースがあった。こたつやテレビ、みかんの入った籠などが用意されている。畳敷きのスペースの手前で靴を脱ぎ散らかした天輝は早速とこたつに入ってテレビをつけた。優一郎は誘われるままに天輝の向かいに腰掛けた。
テレビに映し出されているのは地上の様子だ。天輝がリモコンで操作するたびに画面が変わる。ため息を吐きながら優一郎は真剣な表情でテレビ画面を見つめた。
「この国はもう駄目ねー。あ、こっちは頑張ってるじゃない」
頬杖をつきながら天輝が次々にテレビの画面を切り替える。そこには魔に襲われ逃げ惑う人々の姿や、焼き尽くされた場所などが映し出されている。
「魔も結局のところ弱点を多く抱えた存在ですからね。僕たちは人をか弱き存在だと思いがちですが、彼らは僕らには無い強さも併せ持っている」
「ま、そうよねえ……。あ、なかなか強い。がんばれー」
魔と対峙する人々に呑気に声援を送ってから天輝がまた画面を切り替える。だが妙だ。どの画面もまるで航空写真のように空から映されている。てっきりあの世界のニュース番組でも映しているのだろうと考えていた優一郎は眉を寄せた。のんびりとリモコンを操作する天輝をまじまじと見つめる。
「この映像は、どのように?」
訊ねた優一郎をちらりと見てから天輝がテレビに目を戻す。
「天の目って言ってねー。あたしが使える唯一の力かなあ……あーあ。ぼろぼろ」
そう言って天輝がリモコンを操作する。するとそこには暗い夜の闇にひっそりと建つ一軒の屋敷が大写しになった。よく目を凝らすと屋敷はあちこちが壊れているのが判る。周囲に咲き乱れたこすもすやばらは無残になぎ倒されていた。
「ここはっ!」
優一郎は思わず声を上げた。すると天輝がのんびりと優一郎を見やる。
「なに? 興味あるの?」
じゃ、もっと寄ってみようか。気楽な調子で言って天輝がリモコンを操作する。すると画面には屋敷の様子が大きく映し出された。寄ると判る。屋敷の屋根や壁はあらゆるところが崩れていた。
「ここは、今現在の、立城さんの城、であるはずの場所です」
「へえー。立城、やけに貧乏くさそうなとこに住んでるのねー」
呑気に言いながら天輝がリモコンを操作する。ゆっくりと画面が動いて吉良瀬の別邸の様子が次々に映される。ちょっと無理してみるかな、と唇を舐めた天輝がリモコンを操作すると、急に画面は屋敷の内部の様子に切り替わった。
「まるで、魔の襲撃を受けたかのようですね」
一体、何が? 厳しい顔で呟いて優一郎は口許に手をあてがった。壊れた玄関、潰れかけたキッチン、今にも崩れそうな階段と次々に画面が変わる。どこの様子も薄暗く、誰かが住んでいるようにはとても見えない。
天輝がほい、と掛け声をかけてリモコンを操作する。すると画面には仄かな明かりに照らされた部屋の様子が映し出された。壊れた本棚が床に折り重なるようにして倒れている。明かりはどうやら暖炉の火のようだ。
「あ、れー? 何してんの、こいつ」
ゆっくりと画面が動くとベッドに横たわる一人の女性が映し出された。胸に溢れているのは血ではないだろうか。その女性の上には見覚えのある一人の青年が浮いている。そして女性から少し離れたところには立城が居た。
「茜さんっ!」
「……女装?」
眉を寄せて天輝がぼそりと呟く。そうしている間に青年の姿がかき消える。天輝があう、と声を漏らした直後、画面はまた屋敷の外観を映すものへと変わった。
こたつみかんはいいなあ。
……冬ならですけども!w