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打ち出した刀を要の苦無が弾き返す。透は鋭い息を吐いて身を捻り、肘打ちを放った。透の飛ばした肘を要が片手で受け止めて反動を利用してくるりと宙返りをする。立て続けに飛んできた苦無を透は右手に握った刀で全て叩き落した。
透は刀を逆手に握ったまま、じりじりと要との間を取った。修行を始めて十日が過ぎた。最初は棒切れをがむしゃらに振り回していた透は要が驚くほどのスピードで技術を会得していった。
草原で向き合う二人から少し離れたところでのんびりと見物を決め込んでいるのは総一郎と二藍という少女だ。
ふう、と息を吐いた要が急に構えを解く。それから要はにっこりと笑って拍手をしてみせた。
「さすがは透様ですわっ。もう、わたくしが教えられることは何もありませんわね」
そう言われて透は何度か目をしばたたいた。のどかに弁当を食べていた二藍がわーい、と歓声を上げる。
「いや、まだ俺なんかぜんぜん要には足下にも及ばないっつーか、えっと」
要には追いつくどころか引き離されているような気さえする。戸惑いながら答えた透に要がゆっくりと歩み寄る。身体の後ろで手を組んだ要が背伸びをして透に軽く口づけする。
「いいえ。透様は十分にお強くなられましたわ。力量の差異が見えるようになられたのでしょう?」
嬉しそうに要が微笑みながら言う。透は眉を寄せつつも刀を下ろした。
「そうだ、要、機体の調整のほうはどうだ? 今回のセッティングには自信があったんだが」
透は修行を始めたあの日以来、昼は要とめいっぱい修行、夕方に修理と調整を行い、夜はめいっぱい要と性交渉に望み、朝はまた機体の修理調整するという毎日を繰り返していた。そのため、時間の流れがよく判らなくなっている。
「素晴らしいですわ! さすがは透様。ありがとうございます」
にこやかに言って要が透に抱きつく。慌てて要の身体を抱きとめた透の手の中で刀が光を帯び、形をなくす。やがてその場には一人の青年が現れた。翠色の短い髪にお揃いの双眸を持つこの青年は常磐という。
「十日で相対的な力量差が読めるようになったのなら、相当なものだ。絶対的な力量の基準を測る力を身につけるには実戦を重ねるしかないだろう」
淡々と語りながら常磐がまじまじと抱き合う透と要を見る。この常磐という青年はいったんは龍宝珠界から消えていた龍宝珠の一人だったのだが、先ごろ総一郎の手によってここに戻ってきた。常磐は修行をしていた透に協力すると自ら志願したのだ。
「お取り込み中のところ申し訳無いが、そろそろ向こうの世界に戻るのだろう? あの無鉄砲な阿呆にこっちに戻るように伝える件。よろしく頼む」
そう言いながら常磐がどこからともなく巻物を取り出す。その表には我が妻ラスティへと楷書で書かれていた。
のどかに昼食をとっていた二藍がものすごい勢いで駆けてくる。透が受け取ろうとしていた巻物を二藍は素早くさらった。おい、と常磐が止めるのも構わず、二藍が巻物を解く。
「きー! やらしいったら! 涼しい顔して、なにこれ!? ただのえっち小説じゃないの!」
巻物を読んでいた二藍が凄まじい剣幕で常磐に怒鳴る。
「妻に対する想いを綴った高尚なこの芸術がわからない、お前の脳味噌が低俗なのだ」
やれやれと肩を竦めた常磐がそう言って笑う。すると二藍は目を吊り上げて巻物を元通りに巻き始めた。
「ふーんだ! アンタなんて絶対ラスティ様忘れてるに決まってるもん! もしまだアンタのこと好きなら、速攻戻ってくるに決まってるじゃん!」
べー、と常磐に舌を突き出しながら二藍がポケットから一本のペンを取り出す。表に書かれていたラスティへの宛名を二藍は勝手に書き換えた。ついでに自分の署名を入れて二藍が胸を張る。
「えっと、いいのか?」
戸惑いを覚えつつ透はそう訊ねた。二藍の行為を見ても平然としている常磐の様子を伺いつつ、差し出された巻物を受け取るために手を伸ばす。
「ああ。真実の想いは低俗な嫉妬による妨害など、突き抜けて伝わるものだ」
「何よ、それ! アタシだってラスティ様大好きなんだからねっ!」
二藍が常磐を睨みながら透の手に無理やり巻物を押し付ける。綺麗な常磐の字は上から塗りつぶされ、変わりにそこには解読不可能な文字らしきものが書かれている。透に抱きついたまま要がひょっこりと首を伸ばして巻物を見る。
「何ですの? これは」
「真実の愛について語った妻への手紙だ」
常磐が胸を張ってきっぱりと言う。要はその巻物をしばし見つめてからじっと透を見上げた。
「そういえば、わたくしはまだ透様からのラブレターをもらったことはありませんでしたわね」
そう言って要がほう、とため息を吐く。
「そ、それは、俺は、その手紙とか書くのが苦手で……。とにかく、要! おまえの事を心から愛してるから許せ!」
うろたえながら透は巻物をズボンのポケットに突っ込んだ。すると要がうろんな目で透を見つめる。
「なによっ! 縛ったりとか、ふぇらちおとか、顔面射精とか、そゆのがずらずら書いてあるのが真実の愛!?」
怒りに目を吊り上げた二藍が声高に叫ぶ。すると常磐は余裕しゃくしゃくの態度で二藍を見やった。
「愛ゆえの行為だ。おまえこそ、それを読んで何かやましいところでもあるのか?」
淡々とした常磐の指摘を受けた二藍がうっ、と言葉に詰まってうろたえる。顔を赤くした二藍がふるふると身体を震わせ、その場を駆け出す。常磐が苛めた、と泣きながら二藍は真っ直ぐに総一郎のところに走って行った。うえええん、と泣き伏す二藍を総一郎がよしよしと慰めている。
「向こうはかなり危険な事態に陥っているようだ。主龍神は既に散り、疑心が暗鬼を呼ぶ混沌の世界となっている」
まあ、こちらの現状も似たようなものだが……。そう言いながら常磐がゆっくりと周囲を見回す。この周辺には総一郎の作り出したバリアーが張られているため、穏やかな状態が保たれている。が、その外では得体の知れない化け物が暴れているようだ。次々に龍宝珠界に戻ってきている龍宝珠たちは、その対処の話し合いを連日行っているという。それに一旦、消えてしまった彼らが一気に戻る訳ではない。ごく少数ずつ戻さなければならないのだ。
「だが、まだこちらはなんとかなる」
あの人が居るからな。そう続けて常磐が総一郎を見る。総一郎はまだ二藍を慰めている最中だ。
「疑心を払い、協調の輪を広げるのだ。厳しい状況だとは思うが、希望を捨てるな」
そう言って常磐が頷く。透は要と顔を見合わせて頷いた。
「私が向こうへの道を開こう。何処へ向かうことを望む?」
少し二人から離れた常磐が天へ腕を差し伸べる。
「えっと、俺の研究室ってわかりますか? 木村邸の地下にあるんですけど……」
透は木村の本邸地下の自分の研究室を思い浮かべた。すると常磐がおうように頷く。
「赤龍王の城だな。了解した」
そう常磐が告げた直後、天から降りてきた翠色の光が透と要を包み込む。柔らかな翠色の光が徐々に増し、やがて周囲の景色が見えなくなる。透は両腕にしっかりと要を抱きしめ、その場から姿を消した。
常磐の趣味は謎です。