人外なのでそれも警報です!
ぐったりと横たわって血を流す順に懸命に呼びかけた立城ははっと顔を上げた。いつの間にか天井近くに葵が浮いている。葵は楽しそうに笑って順を眺めてから立城を振り返った。
「上手く出来たろ? 殺しそこなったが」
くすくすと笑って葵がまじまじと順を見やる。順は胸から血を流していてぴくりとも動かない。
「葵!? どうして……」
立城は困惑に顔を歪めて葵を見上げた。楽しそうに笑う葵はまるで子供のようにも見える。場にそぐわない明るい笑い声を残して葵がその場から姿を消す。慌ててベッドに横たわる順を見た直後、今度は順の姿がその場からかき消えた。どうやら誰かが外から順を転移させたらしい。
一人、書斎に取り残された立城は呆然と目を見張ってへたり込んだ。耳にはまだ葵の笑い声が残っている。立城は片方の耳を手でそっと押さえて俯いた。どうやら順の方は傷は回復して貰ったらしい。順の膣内に放った精液はまだ残っている。自分の体液を介して順の容態を見取った立城はそのことにほっと息を吐いた。
「今度はあの子を育てなければならないのか」
耳から手を離して立城はそう口にした。顔を上げて葵が消えた場所を見つめる。口に出してみると実感できる。葵は身体こそ青年の形をしてはいるが、まだ生まれたばかりなのだ。ただやりたいことを気の向くままにしているに過ぎない。手当たり次第に美味いものを口に入れているのもそのためだろう。
立城はベッドを降りて散らかしていた服を一枚ずつ身に着けていった。シャツのボタンを留めてズボンをきちんと穿いたところで再び葵が部屋に姿を現す。立城が予想した通り、葵の手や口はべったりと血に汚れていた。
「立城!」
ふわりと着地した葵が何のためらいもなく立城に抱きついてくる。強烈な血の匂いに一瞬眉を寄せてから、立城は苦笑を浮かべて葵を引き剥がした。その途端に葵が寂しそうな顔をする。
「葵。僕のこと、好きなんだよね?」
にっこりと笑って立城はそう告げた。すると葵がうん、と当り前の顔で頷く。血の滴る口許をコートの袖で無造作に拭ってから葵は不思議そうに首を傾げた。
「葵。君は何がしたいの?」
しっかりと葵の目を見つめながら立城は訊ねた。すると葵がしばし考えるような顔をしてから言う。
「立城が欲しい。立城にちゃんと見てもらえるようにする。だから、いっぱい土産持って帰った」
そう言ってから葵が両腕を差し伸べる。その腕の中にどこからともなく見慣れた輝きがあらわれる。葵がどこからか取り出して見せたのは、誰のものか判らない幾つもの龍宝珠だった。
立城はにっこりと笑ってから唐突に右手を揮った。平手で頬を打たれた葵が驚いたように目を見張る。葵の両腕の中にあった龍宝珠が音を立てて床に落ちる。
「僕に相談するようにって、言ったよね? 聞いてなかった?」
「だから……食べるの我慢したのに」
打たれた頬を手で押さえて葵が泣きそうな顔をする。顔を歪めた葵は少し俯いてぽろぽろと涙を零し始めた。
「僕が欲しいのでしょう? だったら、どうして僕に聞かないの? どうしたらいい? って」
そう言いながら立城はにっこりと笑った。床を転がる龍宝珠にちらりと目をやる。この龍宝珠の持ち主はもう生きてはいない。命を散らす前に葵が龍宝珠を取り上げてしまったからだろう。主が死んでも龍宝珠は龍宝珠界に戻ることが出来ず、ここにある。
「ご、ごめん。ごめんなさい」
泣きじゃくりながら葵が詫びる。声を上げて泣きながら葵はその場にへたり込んでしまった。子供のようにわんわんと泣く葵をしばし見つめてから立城は小さなため息を吐いた。
「これは、僕が預かるよ」
そう立城が告げると床に転がっていた龍宝珠が次々に姿を消した。最後に残った青宝珠を身を屈めて取り上げる。立城は手にしたそれを葵に差し出しながらにっこりと笑った。
「ほら、これをあげるから、泣かないで」
葵がしゃくりあげながら青い宝珠と立城とを見比べる。おずおずと手を伸ばした葵は差し出された宝珠をつかんで両手に包み、物言いたげな目をして立城を見つめた。その目は赤紫色から深く沈んだ赤い色へと変化している。
「こ、これ、食っても、いいのか?」
しゃくりながら途切れ途切れに葵が言う。
「おなか空いているのでしょう? いいよ」
葵の目の前にしゃがみ込んで立城は促した。すると葵が頷いて口を開く。犬歯が伸びて瞬く間に牙になる。葵はまるで果物でもかじるかのように青宝珠にかぶりついた。時折、鼻を啜りながら葵が夢中で宝珠を食らう様を立城は微笑みを浮かべて見守った。
「立城、この綺麗な珠、いっぱいある奴が、好きなんじゃないのか?」
宝珠を食らいながら葵が小声で言う。どうやら葵はそのために宝珠を持つ者を狙っていたらしい。そのことに気付いて立城は苦笑した。
「君は僕に好いて欲しいのでしょう?」
関係無いじゃない? 首を傾げてそう続けた立城を見つめ、葵が何度か瞬きをする。欠けた宝珠を大事に握り、葵は眉を寄せて唇を尖らせた。
「いっぱいあれば好きになってくれると思ったから」
ごく小さな声で呟いてから葵がまた宝珠にかぶりつく。葵がかぶりつくたびに青い宝珠からは輝きが少しずつ減っていく。
「宝珠さえあれば、僕のことなんかどうでもいいってこと?」
消沈した顔で立城が告げると葵が慌てたように首を横に振る。口の中で噛み砕いた宝珠を飲み込んでから、葵は違うと改めて言った。
「これ、いっぱい持って帰ったら、立城が喜ぶと思ったから」
そう言いながら葵が寂しそうな顔をして目を伏せる。嫌ならもうしない、と小声で言ってから、葵は握っていた宝珠を名残惜しそうに床に置いた。半分以下に欠けた宝珠は薄暗い色に変わってしまっている。
「葵、残さずにちゃんと食べなさい。それは僕が君に食べるようにってあげたものでしょう?」
「え、だって……食っていいのか?」
困惑した顔で言ってから葵が恐る恐るの態で欠けた宝珠を取り上げる。叱られた子供そのものの顔で葵は再び握った宝珠と立城とを見比べた。
「僕が食べていいって言ったものは食べていいし、狩っていいって言ったものは狩っていいよ」
にっこりと笑って立城が告げると葵は頷いて宝珠に再び食らいついた。最後まできっちり食べてから葵が牙を消して口許を拭う。唇を舐めた葵は照れたような笑いを浮かべて立城に抱きついた。
「葵。大丈夫。僕は君をきちんと見てるから。だから、僕の言う事を聞いて。もし不満があったら、僕にその事をちゃんと言って」
なだめるように葵の背中を撫でながら立城はゆっくりと告げた。葵がうん、と頷いて安心したように身体の力を抜く。立城は肩や胸に頬擦りをする葵の頭を優しく撫でた。
ふと、葵が顔を上げて言う。
「立城、これやる」
少し眉を寄せて葵が胸を押さえる。立城は不思議に思いながら首を傾げた。葵が難しそうな顔をして唇を尖らせる。
「葵?」
唇を引き結んで葵が手を伸ばす。構える間もなく、立城は葵に唇を塞がれた。葵が唇を引き結んだまま、顔を動かして立城の唇をこじ開ける。その後、温かいものがゆっくりと立城の口の中に滑り込んできた。柔らかいヨーグルトのような触感のそれを流し込まれた立城は驚きに目を見張った。葵は立城の頭を片手に支え、もう片方の手でがっちりと立城の頬を捕まえている。
エピタイがパクり的なのは、思いつかなかったからです!(汗)