エロシーンはありません。
気配を感じて身を起こした立城は眠る葵を起こさないようにベッドを出た。その直後、立城の横たわっていた場所に煌きが生まれる。空間を跳んで現れた優一郎に立城は真っ先に唇の前に指を立ててみせた。何事かを言おうとしていた優一郎が慌てたように口を手で覆う。
ベッドの軋みに気がついたのか、葵が薄目を開け、次の瞬間跳ね起きる。葵は傍に座っていた優一郎に向かって右手を振り上げた。
「葵、この人は大丈夫。敵意は感じないでしょ? 寝ててかまわないから」
静かに立城が告げると葵は右手を振りかぶったところでぴたりと動きを止めた。まじまじと優一郎を見つめ、次いで立城を見てから腕を下ろす。ナイフのように伸びていた爪を戻した葵はもぞもぞと毛布の中に戻った。
「何かあったら呼べ。すぐに殺すから」
それだけ言って葵が目を閉じて再び寝息を立て始める。立城はそんな葵に苦笑してから優一郎を見た。優一郎は困惑した面持ちでまじまじと葵を見つめている。
「魔、いや、これは……」
葵の正体を計りかねているのだろう。優一郎が困惑の面持ちで呟く。立城はそんな優一郎を促してベッドから離れた。優一郎が戸惑いの表情をしつつも頷いてベッドを降りる。
「女性の身体で来たってことは、もしかして僕に抱かれたいの?」
書斎の隣の広々とした客間に移りながら立城は笑いかけた。荒れ果てていた屋敷の中はすっかり元に戻っている。明かりの灯る部屋に案内された優一郎が困ったような顔で首を傾げる。
「違います。これは、天の城に居たからで」
生真面目に答えてから優一郎が自分の胸に手を突っ込む。瞬く間に男性の姿に戻った優一郎を見つめながら立城はくすくすと笑った。部屋の奥のベッドに腰掛け、足を組み合わせてから立城は適当に座るようにと優一郎を促した。戸惑いの表情をしつつも優一郎が大人しくソファに腰掛ける。
「一度、君とは話をしたいと思っていたんだ」
お願いしたいことがあったからね。笑いながら告げた立城を優一郎が不思議そうな顔で見る。立城はのんびりと足を組み替えて首を傾げてみせた。
「何があっても多輝を護ると、僕に誓ってくれないかな」
にっこりと笑って立城は告げた。何かを言いかけて口を開いていた優一郎が訝るような顔をして口を噤む。訳が判らないという表情を見ながら立城はくすくすと笑った。
「でも、あの時、水輝さんは、確かに……」
困惑の面持ちで優一郎が呟くように言う。それを聞いた立城はああ、と笑ってみせた。優一郎をこの屋敷に捕らえた時、水輝が何を言ったのかは立城も知っている。屋敷に残る記憶を読むことは今は造作もないし、何よりあの時の水輝の動きは立城には丸見えだった。
「あの時の水輝が何を言ったかなんて、関係無い。誓うの? それとも誓わないの?」
少し強い口調で立城は訊ねた。すると俯きかけていた優一郎が顔を上げる。その顔からは困惑の表情は消えていた。
「誓います」
最初から優一郎は他の答えなど選べなかったはずだ。それだけ優一郎は多輝に惹かれているし、多輝もまた優一郎を好いている。そうでなければ今のこの状況はあり得なかったはずだ。
「葵、おいで」
立城は囁き声で呼んだ。一瞬でその場に葵が転移してくる。その場にうずくまる格好で現れた葵は指を鳴らして服を身に纏った。
「何だ? 殺すか?」
そう告げて葵が感情のない目で優一郎を見る。
「いや。葵。力量を見る目を養ったほうがいい。今の君では彼には敵わないよ」
「そうか」
残念そうに答えて葵がゆらりと立ち上がる。優一郎はそんな葵と立城とを見比べつつ、少しだけ目を細めた。
「葵、彼には多輝という恋人が居るんだ。その子は僕が彼にあげた物なんだけど。その子に危害を加えないと僕に誓ってくれるかな?」
立城はさらりとそう告げた。すると葵が逡巡することもなく頷く。
「判った。立城がするなというなら攻撃しない」
そう答えてから葵が多輝の名を口の中で何度か呟く。覚えた、と嬉しそうに言ってから葵はもう一度、立城に頷いてみせた。
「葵、いい子だ。もし何かあったらまた呼ぶから、眠っていていいよ」
にっこりと笑って立城が言うと、葵がこくんと頷いてその場から姿を消す。優一郎は唖然とした顔で葵の消えた場所を見つめている。立城は微笑みを浮かべて優一郎を見つめた。
「あの! どうして」
そこまで言って優一郎が困ったような顔をして唇を引き結ぶ。立城は肘杖をついて首を傾げた。
「あ、そうか、ごめん。僕も多輝には危害を加えない。誓うよ」
気軽に言って立城は優一郎に頷いてみせた。すると優一郎は混乱したのか、頭を押さえて視線を彷徨わせる。よほど多輝を護る事だけに心を向けていたのだろう。優一郎の混乱する様を見つめて立城はくすくすと笑った。
「条件は、何ですか?」
額を押さえて優一郎が小声で言う。立城はしばし考えるように天井を見つめてから優一郎に目を戻した。
「条件も何も、もう誓ったちゃったし。そうだね、ひとつ、忠告とか、聞いてくれると嬉しいかなあとか」
のんびりと言いながら立城は優しい笑みを浮かべた。優一郎が戸惑いの表情をしつつ額から手を下ろす。
「忠告、ですか?」
確かめるようにゆっくりと問われて立城は微笑みを浮かべて首を傾げた。
「あの時の水輝は、確かに多輝を殺すと君に言った。それは僕も知っている。でも、その宣言は今は無効になっている」
その時のことを思い出しながら立城は静かに告げた。笑みを消した立城を優一郎は真剣な顔で見つめている。ことが多輝に関わると優一郎は他の何を置いても護らなければならないと思うらしい。
「なぜなら、君にあの宣言をした水輝はもう、今は世界のどこにも存在しないから。存在しなくなった者の宣言は無効だよね?」
そう告げて立城はにっこりと笑った。それまで黙って話を聞いていた優一郎が目を見張って食い入るように立城を見る。立城はのんびりとシャツのポケットを探った。何もなかったはずのポケットの中に煙草の箱が現れる。細身の煙草を一本抜いて唇に咥え、立城は次にポケットからライターを引っ張り出した。
似たもの同士というか……。