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「こいつ、強いな。変なの、こいつに入らないし」
さっき負けたことが逆に良かったのかも知れない。葵は素直に優一郎の強さを認めている。
「葵。感情のままに行動していたら死を招きかねない。僕に二度と会えなくなるのは嫌でしょ?」
「うん」
葵が問いかけに素直に頷く。水輝と同じ形をしていても印象が違うために葵は全くの別人にちゃんと見える。立城は葵の目をしっかりと見つめながら頷き返した。
「彼のように強い相手は世の中にまだまだ居る。中には君のことを敵視して向かってくる者もいるだろう」
噛んで含めるような立城の言葉に葵が何度も頷く。それからふと、気付いたように葵は困った顔をした。
「さっき、おれが何もしてないのにかかってきた連中が居た。あれもそうか?」
急に沈んだ顔をして葵が言う。立城は優一郎と顔を見合わせてから改めて葵を見つめた。よく見ると葵の服は所々が裂けている。鋭利な刃物で切られたかのような細かい傷は全身にある。立城はカップをテーブルに乗せて立ち上がった。葵と額を合わせて意識を凝らす。すると立城の頭の中には無数の魔の群れとそれに立ち向かう人々の姿が浮かんだ。どうやら葵は魔を退けようとする人間に問答無用で攻撃されたらしい。
「葵、がんばったね」
そう言って立城は葵をかたく抱きしめた。葵は人々の攻撃を避け、出来るだけ傷つけないように努力しつつ、魔だけを食い荒らしたらしい。そのことに脅威を覚えた人々は我先にとその場から離れ、取り残された葵はその場に残っていた魔を片付けてこちらに戻ったようだ。その途中にあった川で身体を洗い流していたのが、さっき言っていた匂いを落としたということなのだろう。
「あの、立城さん、いったい?」
一人、事情が判っていない優一郎が困惑した声を漏らす。立城はかたく抱きしめていた葵をそっと離し、かいつまんで事情を説明した。話を聞く間、優一郎が驚いたように何度も瞬きして葵を見つめる。
「立城さん。葵さんにきちんと力の強弱を量るところから、教えるべきだと思います」
そう言いながら優一郎がじっと葵を見つめる。不満そうな顔をしていた葵がぼそりと言う。
「何であの連中は、おれたちと同じ形をしてるのに、黒いんだ? それに言われた奴ら、食ったけど、不味いし変な匂いする」
嫌そうに顔をしかめて葵が唇を尖らせる。葵があの連中と言ったのはその場に居合わせた人々のことだろう。言われた奴ら、というのが葵が食い散らかした魔だ。
「葵。この世の中にはバランス、釣り合いとか均衡とか呼ばれている概念がある」
そう言いながら立城は手を差し伸べた。すると手元にどこからともなく天秤が現れる。宙に浮いた天秤は左右が釣り合っている。
「ばらんす?」
不思議そうな顔をする葵の傍に優一郎が静かに椅子を引っ張ってくる。戸惑う葵をそこに腰掛けさせてから、優一郎はその隣にもう一脚の椅子を寄せ、自分も腰掛けた。どうやら一緒になって立城の話を聞こうという腹らしい。そのことに苦笑をして立城は話を進めた。
「君という存在が生きていくために適正なバランスはこんな感じかな?」
立城が首を傾げると、天秤の左の皿がゆっくりと下がる。葵はその左の皿を目で追って首を傾けた。
「だけど、食べるものによって、バランスは変わっていく」
立城の言葉に応じて天秤の傾きがゆっくりと変化し、左の皿が持ち上がっていく。それに伴って右の皿は元の位置に戻っていく。葵は眉を寄せて天井を見つめ、考えるような顔になった。
「あまりに変化してしまうと、君は君で無くなってしまうんだ」
「おれが? おれじゃなくなるのか?」
驚いたような顔をして葵が自分を指差してみせる。
「そう。僕のことも自分のこともわからなくなって、別の何かに変わってしまうかもしれないんだ」
そうなるのは嫌でしょ? 念を押すように立城が言うと、葵は慌てたように何度も頷いた。葵は生まれて間もないが、立城のことを好きだという強烈な意識を持っている。
「じゃあ、綺麗な珠を持った奴、食わない方がいいのか? でもあいつらも黒いのや黒くないのがいる……」
呟くように言ってから葵が口許に手を当てる。これまでに殺した龍神のことを思い浮かべているのだろう。
「何も食べなければ、生きていくことはできないよ」
困ったように笑って立城は言った。葵が考えるような顔をして、手を出す。膝の辺りをさし示してから葵は顔を上げた。
「ここくらいまで黒い奴とか」
そう言ってから葵が手を持ち上げて腹辺りで止める。
「ここくらいまでとか、ここくらいまでとか」
そう言いながら葵が首まで手を上げ、最後に顔のところで手を止める。
「ここまでの奴もいた。何で立城とかこいつとかは黒くないのに、あいつら黒かったんだ?」
不思議そうな顔をして葵が問う。どうやら葵の黒という表現は肌の色や髪の色などの表面的な色ではないらしい。
「僕が食べろと言ったモノたちはどんな色だった?」
「変な色してた。虹色? 色んな色見えたけど、光の加減で変わってた。でも不味い」
眉を寄せて嫌そうな顔をして葵がため息を吐く。
「だからこそ、食べなければいけないんだ。君の中での適正なバランスを保つために」
「うぅ、いつも?」
低く呻いて葵が困惑の面持ちで訊ねる。どうやら葵にとって、魔はあまり口に入れたくないものらしい。だがそれは当然だろう。元々、魔はこの世の汚濁や罪穢を食うために生まれるものであり、魔そのものは決して穢れてはいない。身が食った穢れで満ちた時、魔はその身を滅ぼし土に還るのだ。
素直、ではあるんですよね……。
教育方針が合ってるかどうかは知りませんが!!w