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「そう。君の釣り合いの軸は他の者とは違うから」
「立城の血とか精液も駄目?」
泣きそうに顔を歪めて葵が訴える。どうやら葵は最初からかなり高濃度の力を口にしてしまったために、少々のことでは舌が満足しないらしい。
「だから、口にしたぶん、君から見て虹色に見えるものを食べればいい」
「うん、判った。じゃあ、たまには綺麗な珠持った奴、食ってもいいか?」
嬉しそうに目を輝かせて葵が訊ねる。その横でぎくりと優一郎が肩を竦めたような気がしたが、立城はそれを見なかったことにした。そもそも優一郎なら葵に組み敷かれるようなことはないだろう。
「まだまだ、僕がたくさん預かってるのは知ってるよね?」
「うん。でも身体の方も美味いし……あっ、でも立城が駄目って言うならしない」
慌てたように言葉を付け足して葵が首を横に振る。どうやら立城に叱られたことが相当堪えているらしい。
「食事に関しては気をつけて。君が君でなくなる姿なんて見たくないから」
心配顔で立城が言うと、葵は判ったと何度も頷いた。それから唐突に横に座る優一郎を指差す。
「これ、味見していいか!?」
玩具を前にした子供のように目をきらきらさせて葵が言う。味見、ということは攻撃を加えて相手を殺害する、という訳ではなく、単純に血や精液を吸うという意味だろう。立城は眉を寄せて葵と優一郎とを見比べた。
「本当に少しだけなら、どうぞ」
そう言って優一郎が横を向いて葵の唇を奪う。急に口付けられたことに驚いたのか、葵が目を白黒させる。葵は優一郎と唇を合わせたまま、物問いたげに立城を見た。そうしている間にも優一郎が葵のシャツをつかみ寄せ、唇を割り開きにかかっている。
「んっ!」
小さく呻いた葵が瞼を少し下ろして身を震わせる。立城は宙に浮かんでいた天秤を消してのんびりと二人の様子を眺めた。薄く頬を染めた葵の呼吸が少しずつ早くなってくる。葵はゆらりと手を上げて優一郎の首筋を指先でなぞった。何かを確かめるように指が優一郎の首筋を這う。
「ここまでにしておきますね」
顔を上げて唇を離した優一郎がにっこりと笑う。首筋を撫でていた指が離れ、葵が小さな声を漏らして眉を寄せる。
「……逃げられた」
唇を尖らせて言って葵が優一郎を睨む。立城は笑って首を傾げた。
「今のだけで、一匹分くらいだし」
「どうせなら最初から血を吸わせてくれればいいのに」
難しい顔をして言って葵がそっぽを向く。だが少しは味見にもなったのか、葵はそっぽを向きつつもしきりに一人で頷いている。
「葵、これからもずっと、僕だけしかいらない?」
「うん。要らない」
口の中で何事かを呟いていた葵がぱっと顔を上げて頷く。それから葵はにっこりと立城に笑ってみせた。
「ということだそうから、今のうちに帰ったほうがいいよ」
そう告げて立城は優一郎に笑みかけた。優一郎が苦笑して立ち上がる。すると葵が不思議そうに優一郎を見上げた。
「なあ。おまえ、黒くて女みたいな男みたいなのと知り合いか?」
瞬きを何度かしてから葵が首を傾げる。その場から転移しようとしていた優一郎が葵を訝りの目で見る。
「学さん、ですか?」
「名前、知らない。あれ、近いうちに死ぬぞ」
さらりと言ってから葵が立ち上がる。そのまま葵は立城に近づいて抱きついた。嬉しそうに肩に頬擦りをする葵はまるっきり猫のようだ。
「死ぬってどうして?」
優しく頭を撫でる立城の仕草に嬉しそうに目を細めてから、葵が肩越しに優一郎を振り返る。優一郎はかなり驚いたのか、目を丸くしている。
「おっきな、黒い、力が来る。死ぬ前に食ってやろうと思ったけど、立城が駄目だって言ったから、やめた」
なー、と同意を求めるように言ってから葵が立城を抱きしめて歩き始める。押されるままに後ろ向きで歩いた立城は、そのままベッドに座った。はしゃいだ声を上げて葵が立城の横に座る。
「立城さん、それでは今日はありがとうございました」
そう言って慌ただしく頭を下げた優一郎が驚いたように息を飲む。転移しようとして出来ないことに気がついたのだろう。結界は以前よりずっと強化されている。立城は微笑みを浮かべて首を傾げた。早くしよう、という葵を制して立城は優一郎を見つめた。
「彼に伝言をお願いします。魔は僕のほうで対処しておきますから、人の世のほうの組織の采配を取ることも忘れないでくださいね。はぁと。と伝えてください」
そう告げてから立城は結界にほんの僅かな隙間を開けた。慌てたように頭を下げた優一郎がその場からかき消える。真っ直ぐに学の元に向かって優一郎が跳んだことを確認してから、立城は静かに結界を閉じた。
とりあえず優一郎は安心したと思います。
多輝狙いだと思っていたので!
でも別の心配事が増えました!w