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「いや、おまえさんには無理じゃ。人智を超える、件の龍神の力を持ってしてものう。半殺しには出来ても、本当に命を奪ってしまうことは出来まいて」
まあ、だからいいんだろうが。そう呟くように続けてから泰蔵は要に笑って見せた。すると要が唇を引き結んで俯いてしまう。
「まあな。ただ、俺も自分の力に甘えてるところがあるとは思うが。凍らせれば殺さずに無力化できるからな」
自嘲をこめて透は呟いた。確かにこれまでにどんな力を使っても相手を殺してしまったことはない。あの時、紫の居る木村の別邸を攻撃した時にも、最終的には周囲を凍り付かせるだけに留めた。その気があればあそこにいた者たちを根こそぎ殺してしまうことも出来たのに。
「ワシらは長い間、吉良瀬の家に仕えていての。殺しも生業の内の一つだった」
あごひげを撫でながら泰蔵がのんびりと言う。如月とは吉良瀬という家を護る役目があったのだと言う。万が一の場合には如月の者は吉良瀬を護るための盾になる役割だった。それはいつか吉良瀬に生まれいずる者のためだったのだという。
「氷龍神殿だったかの。おまえさんはずっとずっと昔に絶えた種だと思ったが」
懐かしいものを見つめるように目を細めて泰蔵が言う。
「なんつーか流行がまわって一周するようなもんじゃねーの? 多輝とか要のお袋さん……あんたの娘さんも、俺と同じ絶滅種扱いされてたらしいからな」
雷の龍神、風の龍神、氷の龍神。それらは全て絶えていた種だったのだといつか聞いた。そのことを透は説明してみせた。ふむふむ、と頷きながら泰蔵があごひげを撫でる。
「伝承ではその三方は殺しのえきすぱーとのはずなんだがのう。時代は変わったということかのう」
しみじみとした響きをこめて呟いてから、泰蔵は身を屈めて置かれていた日本刀を透の前に滑らせた。
「多輝はなんつーか……。俺以上に、あいつが殺しするのはありえねーし、ぜってーそんな状況にはさせたくないんだが」
脳裏に浮かんだのは嬉しそうに苺を頬張る多輝の姿だった。多輝は男性から女性に変わったことで随分と落ち着いたように思える。
「そちらは優一郎殿が何とかするのではないかのぅ。べた惚れらぶらぶらしいしのう」
ほっほっほ、と笑ってから泰蔵が目で刀を示す。促されるままに透は目前の日本刀を取り上げた。美しい飾り紐のついた日本刀の柄と鞘は深い藍色をしている。
「こいつぁ……」
「おまえさんの母君の形見じゃ。名を青藍という。ワシらの手には余る最上大業物じゃ」
軽く柄を引くと美しい藍色をした刀身が現れる。輝くその色をしばし見つめてから、透は静かに刀を納めた。
「ありがたく貰っておくぜ」
「そうしてくれ。何しろ、納めどころに困っておってのう……。他の武器と一緒にしまうと、いつの間にか他のものを駄目にしてかなわん」
渋い顔をして泰蔵が力なく首を振る。透は眉を寄せてまじまじと刀を見下ろした。これは恐らく元は宝珠なのだろう。だが力をかけても宝珠に戻ろうとはしない。どうやら青藍は相当に我が侭な性質をしているようだ。
「まあ、見えなきゃ問題ねーだろう」
そう言ってから透は刀の周囲に氷の結晶をまとわりつかせた。これで青藍からは外の武器がよく見えない状態になったはずだ。下手に嫉妬されて要を壊されてもかなわない。
「……もしかしてお祖父様。これを押しつけるために透様をお呼びになりましたの!?」
それまで黙っていた要が呆れ顔でいう。すると泰蔵は呑気に笑って首を傾げてみせた。当たらずとも遠からずといったところか。
「それで、こっちの状況、かなりヤバくなってるんだろ? とりあえず、さっさと婚約発表しちまおうぜ」
「おお、そうじゃったそうじゃった。誰を呼ぶかのう」
嬉しそうに言ってから泰蔵がパジャマのポケットからスケジュール帳を取り出す。それを見た要が驚いたように目を見張った。
「あの、お祖父様? わたくしたちの結婚をお認めになりますの?」
乗り気になっている泰蔵の事が今ひとつ理解出来ないのか、要が眉を寄せながら恐る恐るに訊ねる。もしかしたら要は泰蔵が許可を出さないとでも思っていたのかも知れない。
「なんじゃ? 要ちゃんはそこの御仁と結婚しとうないんか?」
スケジュール帳から目を上げて泰蔵が不思議そうに要を見つめる。すると要は真っ赤になって慌てて首を横に振った。
「とりあえず、優一郎が保管してる冷凍卵子使って子供もさっさと仕込むつもりだ。乳母用意しといてくれ」
「おおっ。曾孫じゃな! さすが、手早いのぅ!」
嬉しそうに返事をして泰蔵がさらさらと何かをスケジュール帳に書き付け、部屋の隅に控えていた女性を呼ぶ。何事かを耳打ちされた女性は頷いて静かに退室した。その後、泰蔵の元に幾つもの携帯電話が運ばれてくる。次々に電話をかけ始めた泰蔵を唖然とした顔で見ていた要が深々とため息を吐く。
「まあ、透様のことをお気に入っていただけたようで何よりですけれども」
疲れたような顔で要が言う。泰蔵はすっかり乗り気になっていて、電話をかけている最中だ。透は横目に要を見て笑ってみせた。
「タイミングもばっちりだからな。おまえもこの世界がいまどういう状況か、向こうで見ただろ? 吉良瀬だ木村だって争ってる場合じゃねーってメッセージにもなるからな」
「確かに、諍いなどしている場合ではありませんわね」
ため息混じりに言った要の身体がぐらりと傾ぐ。驚いた声を上げて透は慌てて要の身体を支えた。妙に熱っぽい。もしかしたら要の機体には思った以上の負荷が掛かっていたのかも知れない。
「なんじゃ? 要ちゃん、具合が悪いのか?」
電話を切った泰蔵が心配顔で言う。大丈夫ですわ、と気丈に答えて要が身体を起こそうとする。だがその拍子に要の機体から耳障りな金属音が響く。どうやらモーターが加熱し過ぎて部品がどこかはずれてしまったらしい。
「じーさんすまねー。ちょっと要の体調がよくねーみたいだ。いったん帰らせてもらっていいか?」
「そうじゃな。婿殿の質は見極めたことじゃし」
のんびりと言って泰蔵は呵々と笑った。透は要を抱え、日本刀を片手にその場から転移した。
透の母親というのは、もう亡くなっている火藍という龍神です。
これも『魂の座』で出てきました。
元々は水輝(女)と同居していたりしてたんですけどね……。