安全第一のヘルメットを被り、設計図を片手に透は庭先に立っていた。屋敷と設計図とを見比べてから頷く。ざっと引いたにしては設計図はかなりまともに出来ている。この分なら、大体は設計図通りに研究所は作れるだろう。
「よし……。要、これでどうだ?」
そう言いながら透は隣に立つ要に設計図を見せた。図と屋敷と庭を順繰りに見た要が良さそうですわ、と微笑む。
研究所の建設には順から貰った金をありがたく遣わせて貰うことにした。地面を掘削したりといった作業は多輝に頼めば簡単なのかも知れないが、生憎と優一郎が捕まらない。そのため、透は一般の建設業者に大まかな部分の建設は頼むことにしたのだ。
要の屋敷の庭は元々広く造られている。この庭に張り出す格好で、二階の要や透の部屋が並ぶ廊下を延ばし、研究室を建てるつもりなのだ。透はもう一度、図と庭と屋敷を見比べた。
「今度こそは地上と地下のバランスの取れた構造になるな」
なんか地下に籠もるのはあまり好きじゃなかったからな。そう続けて透は渋い顔をした。要は早速、業者の責任者と話をし始めている。透は設計図を要に手渡してからまじまじと屋敷を見つめた。
まるで用意されていたように屋敷は透の好みの形をしていた。無駄のないシンプルな作りの屋敷は基礎もしっかりしていて、多少の天災では揺らがない。地盤もしっかりしていることは確認済みだ。庭にはきっちりと植物も植えてあり、屋敷内には温室を兼ねたティーサロンも設えてある。
「そうか、風の貴婦人の趣向か」
ふと思い出して透は呟いた。ここは要が暮らしていた場所ではあるが、建てたのは要自身ではなくその母、栄子だ。栄子は今、この屋敷には住んではいない。風の龍神となったあの時からずっと栄子はこの屋敷には戻っていないそうだ。その話を思い出して透は何となく空を見上げた。
屋根には愛らしい風見鶏がついている。風の向きが変わるたび、風見鶏はくるくると回って身体の向きを変える。その様をしばし見つめてから透は何気なく要に目をやった。さすがは要と言うか、業者との話し合いも手慣れたものだ。
「さて、どうしたものかな……」
透は考えを巡らせた。業者に頼んだとなると、研究所の建設はそちらに任せてしまうしかない。婚約発表に関しては手はずはこちらで整える、と先ほど泰蔵から連絡があったばかりだ。幸い、この屋敷の周辺には魔はいない。用心のために結界は張っておいたから急襲にもある程度は耐えるだろう。やらなければならないことをつらつらと思い出していた透は、ふと目を上げて白衣のポケットに手を突っ込んだ。
常磐から預かっていた巻物を引っ張り出す。確かこれをラスティに渡すように、と常磐は言っていた。
「行くっきゃないか。要」
業者と話をしていた要を呼ぶ。要は何でしょう、と透の声に答えて振り返った。
「発注が終わったら、巻物を渡しに行く。おまえもついて来てくれ」
「ああ……。そういえば預かられたんでしたわね。判りましたわ」
頷いてから要が業者の責任者に向き直る。それからしばし、話をしてから要は慌ただしく透に駆け寄った。
「居場所はお判りになりますの?」
ヘルメットを取りながら要が言う。透もヘルメットを脱いで業者に戻した。
「吉良瀬の本邸だ」
それでは失礼します、と頭を下げてその場を後にした業者に黙礼してから、透は要に向き直った。なるほど、と呟いた要がふと首を傾げる。
「車を出しますか? 多少、距離がありますし」
「いや。跳ぶ」
業者が見えなくなったことを確認してから、透は要の肩を抱いた。要が寄り添ったことを確認してから転移の力を放つ。一瞬でその場から消え失せた透と要は、間もなく吉良瀬の屋敷の前に姿を現した。大きな門と塀が目の前に立ちはだかっている。屋敷全体には緻密な結界が張られ、直接に中に転移することは出来ないようだ。透は仕方なく素直に呼び鈴を押した。ほどなく、呼び鈴の上についた画面に見知った顔が映し出される。
『はい。吉良瀬でございます』
応答したのは執事の和也だった。
「あんたか……。水輝に会いたい」
『少々お待ちくださいませ。ただいま、お取り次ぎいたします』
和也は恭しく礼をしてからそう告げた。すぐに画面が天気予報の画像に切り替わる。どうやら待っている間に退屈しないように、という配慮らしい。天気予報が終わると画面には文字ニュースが流れ始めた。しばしの後、唐突に画面が切り替わる。
『申し訳ありません。水輝様は多少、準備にお時間が掛かられるとのことですので、わたくしがお迎えに上がります。宜しいでしょうか?』
淡々と和也が告げて画面越しに透を見つめる。
「ああ」
『それではお待ちくださいませ』
恭しく礼をして和也が画面から姿を消す。その直後、大きな門が音を立てて開いた。開いた門の向こうには和也が待ち構えている。どうやら屋敷内からここまで跳んだらしい。
「お待たせいたしました。どうぞ、こちらへ」
結界は門が開いた部分だけ綻んでいる。透は要の肩をしっかりと抱えて結界を超えた。二人の背後で音を立てて門が閉まる。和也に案内されるままに透と要は庭を横切った。
「オヤジの居場所はわかったのか?」
和也の少し後ろを歩きながら透は声をかけた。すると和也が少しだけ振り返って微笑みを浮かべる。
「木村様ですか? 生憎とわたくしには」
相変わらず感情の読めない執事の顔で和也が言う。
「そっちモードを崩す気はねーってわけか」
「何のお話でしょう」
人好きのする笑みを浮かべて和也がさらりと答える。明るい庭にはたくさんの花が植えられている。今の季節、咲いているのは色とりどりのばらの花だ。噴水の設えられた広々とした庭を歩きながら透は眉を寄せた。
安全第一ヘルメットは前に要もかぶってました。
高校の校庭とかを直すためだったような?