「そういう趣味なのか……。あいつ、マニアックすぎるな」
うんうん、と納得顔で透は頷いた。離せと喚いてラスティががむしゃらに腕を振る。すると水輝は唐突にぱっと手を開いてラスティの腕を放した。涙目になったラスティがいそいそと巻物を巻き直す。どうやら後でこっそり人のいないところで見るつもりのようだ。ラスティは巻物を紐で留めてさっさとシャツの中に押し込んでしまった。
お茶をお持ちしました、と和也が四人分の茶を準備する。それから和也は恭しく礼をして部屋を立ち去った。こうして見ると和也は執事にしか見えない。
「それで? 絵美佳ちゃん……っと」
一度、呼びかけてから水輝が透をじっと見つめる。
「何て呼ぶ? 前みたいに偽名でも使うか?」
そう言いながら水輝はソファに腰掛けた。隣にいるラスティが警戒するようにじりじりとソファの端に離れる。
「バナナでもキウイでも適当に呼べばいいんじゃねーか?」
「じゃあバナナ。えーと、バナナは他に用事はあるのか?」
笑い混じりに言った透に真顔で水輝が言う。透は呆れた顔をして喚いた。
「本気でそーするか! フツー!」
思わず立ち上がった透を見上げて水輝が涼しい顔をして紅茶のカップを取る。
「呼べって言ったのはバナナだろ。あ、平仮名の方がいいかな」
真顔のままで水輝が眉を寄せて呟く。透は苛々しながらソファに座り直した。
「ばななで上等だ。男に二言はねーよ!」
憤然と腕組みをして透は横を向いた。するとそれまで嫌そうに水輝を避けていたラスティがふと声を上げる。
「名前、気をつけた方がいいぞ。こいつが言ったら本当にそうなるぞ?」
そう言いながらラスティがひょいと隣の水輝を指差す。水輝は訝るような顔をしてラスティと透を見比べた。
「何だ。ばななって呼ばれたいんじゃないのか?」
てっきり、バナナやキウイに特別愛着があるのかと思ったが。水輝が真顔のままで言う。どうやら水輝は冗談やからかいのつもりで言った訳ではないらしい。
「透でいいだろ? なんか問題あるのか?」
「自慢じゃないが、おれはお前に直接、名前を聞かせて貰ったことはないんだな、これが」
さらりと言ってから水輝がソファに深く寄りかかる。透、ね。そう水輝が呟いて考えるような顔をする。
「そうだっけか? すまね」
「前に訊いた時はラキと名乗ったしな。それで? 透くん? 透さん? ……まさかと思うが、透様は止めろよ」
どうやら今度は呼び方を聞かれているらしい。透は眉を寄せて頭をかいた。
「呼び捨てじゃマズいのか?」
水輝に敬称を付けられると何だがむず痒いものを感じる。渋い顔で言った透に水輝は苦笑した。
「これでも一応は感謝の意を込めて敬意を表していたつもりなんだが?」
ま、いいか。そう気軽に言ってから水輝が透と要を交互に見る。
「で? まだ何かあるのか? 残念ながら迷惑料を寄越せと言われても、やるものは何もないんだが」
そう告げて水輝が肩をすくめる。相変わらず図々しいやつ、と隣でラスティがぼやく。
「別に、もう用は無い。だが、あの時と違って、今はえらくいい顔してんな」
透が言うと水輝がぴくりと片方の眉を上げる。少し前に水輝は自分から死にに行こうとしていたことがある。その頃の水輝は随分と殺伐とした表情をしていた。その時のことを思い出して透は苦笑した。
「透も順も……」
そこまで言ってから水輝がぴたりと口を噤む。しばし考えるような顔をしてから水輝は中空を見つめた。何かを探すようにどこかを見つめ、やがて肩を竦める。
「……今は明音か。二人にはいつも世話になってばかりですまないと思っている」
そう言って水輝が軽く頭を下げてみせる。その隣ではラスティが仰天したように目を見張り、熱でもあるんじゃないかと呟いている。
「ありがたく受け取っておくが、俺よりも先に謝罪しなきゃいけない相手がいるんじゃねーのか?」
そう告げて透はベッドに横たわる佑に顎をしゃくった。すると水輝がそちらを見てそうだな、と呟く。だがその横顔にはどことなく憂いがある。訝りを覚えて透が口を開く前に、水輝は静かに立ち上がってソファを離れた。ベッドに寄って、佑の額に手を乗せる。
「帰るなら送るぞ。無理に転移すると網に引っかかる羽目になるからな」
そう言ってラスティが立ち上がる。
「そういえば、桜はいねーのか? さっき、気配を感じたんだが……」
慌ただしく茶を飲み干してから透は何となく部屋を見回した。ああ、と小声で言ってからラスティが頭をかく。
「ちょっとな。今は倒れて……ああ、でも病気とか怪我じゃなくて、のぼせて倒れてるんだがな」
すらすらと説明しつつ、ラスティが部屋の中央まで歩む。透は要と共にラスティに寄った。
「あんたのダンナ、元気すぎるくらい元気だったぞ」
「そうか。ありがとう」
ラスティがほっとしたような顔をして小声で答える。それからラスティはえへん、と咳払いをして片腕を掲げた。
「来たところでいいな? 指定してもらえば別の場所にも送るが」
掲げた手の先にはいつの間にか力が集っている。
「ああ……」
そうラスティに頷いてから透は水輝に向き直った。
「もう、血迷うなよ。女泣かせる男はサイテーだぞ」
「誰かが甲斐性なしと散々に罵倒してくれたおかげでな。未だに泣かせてばかりだな」
苦笑混じりに言って水輝が顎をしゃくる。透が言い返す前にラスティが力を弾き、あっという間に二人は元居た場所に転移させられた。
ばななと呼んだ水輝は真面目なんです、これでも!!w