スピーカーから聞こえてきた金属のこすれる音に苦笑して優一郎は椅子に腰掛け直した。さっきまで透たちの様子が映し出されていたモニタ画面は、鈴が壊れてしまったことで今は真っ暗になっている。
机に残っていたコーヒーカップをさらって口をつけたところで優一郎は顔をしかめた。淹れて貰ったコーヒーはすっかりぬるくなっている。
「木崎さん、どうしました? 欲情レベルが上昇してるみたいですけど?」
にこやかな笑みを浮かべて優一郎は横目にベッドに横たわる女性を見た。木崎良子という名のこの女性は、木村総研から試作ヒューマノイドを接収した際に付いてきた。木村家に仕えるメイドである良子は本来の年齢はもう五十を超えているのだという。だが初めて見た時にも良子は三十代、いや下手をすると二十代後半の容姿にしか見えなかった。
身じろぎをした良子が微笑みを浮かべて何でもありませんと行儀良く答える。先ほどから鈴の通信を受信していたのはこの良子なのだ。ちなみに良子はかつて、透の愛人である巴の母だったこともある女性だ。
「それでは、業務に戻ってください。適宜自慰をすることを忘れないように」
良子と巴は木村総研に作られたのだという。とある事件をきっかけに巴は機械の身体を持つことになった。そして今度は優一郎が良子をヒューマノイドに改造した。ヒューマノイド化することを良子が希望した訳ではない。そのことを思いついた優一郎から良子に話を持ちかけたのだ。
ヒューマノイドは歳を取らない。ずっと美しい姿を保っていられる。そうすればこれからも長く木村家に仕えることが出来るのではないか。そう告げた優一郎の言葉のどこに説得力を感じたのかは判らないが、良子は判りましたとその話に応じた。
優一郎に促されて良子が静かに身を起こす。良子の機体はぱっと見は生身の時とそっくりに作ってある。前と違うのは質感や、普段は隠れている女性器の部分だ。
「その前にコーヒーをおいれいたしましょうか?」
優しい笑みを浮かべて良子が言う。優一郎は手にしていたコーヒーカップと良子とを見比べた。
「お願いします」
そう答えて優一郎はコーヒーカップを差し出した。カップを手渡しながらまじまじと良子の身体を眺め回す。若々しいぴんとした張りのある、という印象とは異なり、良子の身体には優しい丸みがある。豊かな二つの胸は生身の頃と同じ、柔らかな手触りが再現されていて、実際に作った優一郎自身も自賛したいほどの出来栄えになっている。滑らかな丸みを描くボディラインに沿って視線を這わせていた優一郎を困ったような笑みを浮かべて良子が見つめる。
「わたくしの身体のどこかに不具合がございますか?」
そう問われて優一郎は目を上げた。ベッドの縁に腰掛けた良子は裸のままだというのに恥ずかしがってもいない。もしかしたら裸で男性の前に居ることに慣れているのだろうか。
「ログデータを見る限り全く問題はありません。木崎さんのほうこそ、何か不都合な点はありませんか? 女性器ユニットの具合とかどうですか?」
視線をくびれた腰から白い腿に移しながら優一郎は問い掛けた。すると良子が大丈夫です、と頷いてみせる。
「主人が亡くなってから久しく愛してもらっていませんので判りませんが」
楚々と笑ってそう付け足してから良子はベッドを降りた。静かに部屋の隅に寄ってコーヒーメーカーをセットし始める。優一郎は椅子をくるりと回してコーヒーを入れ始めた良子の後ろ姿を存分に眺めた。白くむっちりとした尻を遠慮無く眺めて満足をこめて頷く。
「それではコーヒーを入れ終わったら、自慰動作のテストをしましょう」
笑顔で告げた優一郎を肩越しに振り返って良子が微かに笑う。
「あら。吉良さん、ご覧になりたいんですか?」
大したものじゃありませんのに。そう続けてから良子は手際よくコーヒーメーカーに豆や水をセットしていった。そうしているうちに部屋の中にコーヒーの良い香りが漂い始める。
優一郎たちのいるこの研究室には数体のヒューマノイドがベッドに並べられていた。そのどれもが木村総研から接収した試作品だ。数体の機体をぐるりと見回してから優一郎は良子の後ろ姿に目を戻した。知らない誰かに作られたヒューマノイドの内容を確かめたり、触れてみたりすることは確かに楽しかった。試作品のどれもがそれぞれに趣向を凝らしてあり、その分析作業を進めるのも楽しかった。だが何故だろう。魅力は感じるのに、年若い形をした彼女たちより、いま目の前にいる良子を見ている方が胸が躍るのだ。
「ええ。もちろん、技術的な意味もありますけど、僕も健康な高校生の男子ですから」
笑顔で告げた優一郎に笑みを返し、再び良子が背を向ける。良子の肩から背中に滑り落ちる髪には軽いウェーブがかかっている。優一郎は良子の丸みを帯びた肩や白い背中、そして臀部、間に微かな隙間のある腿やふくらはぎを順繰りに見つめた。
「あらあら。吉良さんでしたら若い女の子におもてになるでしょうに」
だからわざわざ自分の自慰に興味を持つこともないだろう。良子の言わない言葉を読み取って優一郎は首を傾げてみせた。
「同じユニットを使っていても、年齢や性格で反応が違うんですよ。それに、木崎さんのユニットは特別製ですから」
「まあ。あれだけ若い女の子がいらっしゃるのに」
優しい笑みを浮かべた良子がやんわりと拒絶する。やがて沸騰した湯がコーヒーメーカーを通る音が響き、硝子製のサーバーに少しずついれたてのコーヒーが落ちていった。
このエピソードで四章は終わりです。
木崎良子は透が囲っている巴の母親です。