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一時帰宅と空っぽになった二人 1
久しぶりに見る屋敷は随分と暗いイメージがある。両手に花束を抱えて吉良瀬の屋敷を見上げた立城は苦笑を浮かべた。さすがに強固な結界が敷いてあるだけあり、内側に直に跳ぶのは多少の手間がかかるようだ。そのために立城は屋敷の手前、門の前にまで転移して呼び鈴を押した。
ほどなく執事が応答する。二、三の会話を交わしてから立城は迎えが出てくるのを待った。しばらくして大きな門が音を立てて開く。恭しく礼をしたのは和也だった。黒ずくめのこの男は相変わらずの鉄壁の猫を被っているようだ。
「お待たせいたしました、立城様。どうぞ」
静かに身を起こして和也が立城を促す。立城は頷いて門をくぐった。
「重森さん、こちらこそ」
笑顔で言って立城は和也の後をついて歩いた。だが和也は肩越しに振り返って立城に会釈しただけで他の反応を見せない。和也の内心を察して極上の微笑みを浮かべてから立城は庭を見回した。
随分と庭は荒れてしまっている。だが多分、手入れが足りないのではなく、どれだけ手入れしても瞬く間に植物が枯れてしまうのだろう。屋敷の主の今の状態を考えると無理もない。
「申し訳ありません、手入れが行き届いておりませんが」
立城の視線に気付いたのだろう。庭をちらりと見てから和也が丁寧に詫びてみせる。かつて立城が愛でていた花たちは根こそぎ枯れていた。だが立城は微笑みを浮かべたままで首を横に振った。
「あの子は元気かな?」
そう訊ねると和也がぴくりと眉を上げる。だがすぐに和也は力なく首を振ってみせた。
「主も奈月様もご容態は芳しくありません。桜様は身体はお元気なのですが、心安らかではいらっしゃらず……」
言いにくそうに言葉を濁し、和也がそっと目を伏せる。猫を被っているとは言っても、痛ましい彼女たちの状態を見るのは辛いというのは和也の本音なのだろう。
「水輝も酷な事をするよね。人形は人形としてしか存在していけないのに」
失踪した水輝が彼女たちに何を言ったのかを立城は承知していた。どうやら和也もそのことは知っているらしく、難しい顔をしてため息を吐く。だがすぐに和也は執事の顔に戻り、水輝様のお考えはわたくしごときには判りませんので、と優等生の答えを口にしてみせる。
屋敷の玄関をくぐると、外から見ていた以上に暗い雰囲気が満ちていた。外から入る明かりも、内装もまるで違いはないのに雰囲気だけが暗い。
「水輝が出て行ってから何日?」
正確に水輝が消えた日を覚えていたにもかかわらず、立城はあえてそう訊ねた。すると和也が即答する。
「今日で丁度、ひと月となります。では、こちらにどうぞ」
丁寧にお辞儀をして和也はまず立城を佑の部屋へと案内した。玄関のホールから伸びた階段を上がり、奥の部屋に向かう。
それから和也は水輝が失踪してからこれまでのことを話し始めた。最初は気丈に笑顔で過ごしていた佑は、一週間が過ぎた頃から部屋から出なくなった。奈月の状態はもっと酷く、水輝が消えた次の日から何を話しかけてもまるで反応しなくなったのだという。
そんな佑の元へ一通の手紙が届いた。それは透と要の結婚式の招待状だった。だが今の状態の佑が結婚式に出席するのは不可能だ。かと言って、吉良瀬の当主やその夫である水輝の二人ともが出席しないのは変だ。何しろこのたびの結婚式は吉良瀬財閥と木村財閥が初めて同じ場所で、しかも関係者の二人が婚姻するという本来とは別の意味を持っているのだ。魔の跋扈で暗く沈んだ世の中に、人同士が争っている場合ではないのだというメッセージを送るという大事な役目がある。
そこで執事の和也は一計を案じ、優一郎を介して立城に連絡を取ってきた、というわけだ。
「向こうの当主も出席しないって噂じゃない? 別に出なくても問題無いと思うけど」
「いえ。木村財閥からは替え玉が出席することになっている、と先日内々に通知がございました」
どうやら木村財閥というところは、いざという時のために順の替え玉を幾つか用意していたらしい。その話を聞いて立城は少し眉を寄せた。廊下を行きながら和也がちらりと立城を見る。
「それと、これは今朝方入った情報なのですが、このたびの結婚式には吉良総一郎博士もご出席になられます」
それを聞いて立城は微かな笑みを浮かべた。なるほど、どうやら透は順の代わりに総一郎を龍宝珠界から呼びつけることにしたらしい。いや、もしかしたら手はずを整えたのは要の母、栄子なのではないだろうか。
「まあ、その話を重森さんとしても仕方ないよね。まず、佑に会わせてもらうよ」
「かしこまりました」
丁寧に礼をして和也がぴたりと足を止める。それから和也は目の前の部屋の扉を静かに開けた。
大きな窓からは燦々と日の光が部屋に射し込んでいる。その窓辺に据えられた大きな安楽椅子に佑は腰掛けていた。明るい日差しが満ちているのに暗い印象があるのは、佑がぼんやりと窓の方を向いて暗く沈んだ顔をしているからだろう。
その佑は以前に見た時とはまるで別人のように痩せ細っていた。すらりと伸びて魅力的に思えていた手足は骨の形が浮くほどに痩せている。若い女性らしいふっくらとした健康的だった頬はごっそりとこけ、目は落ちくぼんでいる。なのに佑の腹部だけがまるで風船のように腫れているのだ。
「それではお茶をお持ちいたしますので」
失礼いたします、と恭しく礼をして和也が静かに部屋を出て行く。立城は無言でそんな和也を見送ってから、そっと佑に近づいた。だが佑はぼんやりと窓の外を見ているだけで、立城が近づいてもまるっきり反応しない。
「水輝以外は見えていないのか」
苦笑を浮かべ、立城は手にしていた花束をそっと佑の膝に乗せてやった。薄い透明なセロファンに包まれた花を置かれても、佑はやはり窓の外を見ているだけだ。
やがて和也が二人分の茶を運んでくる。茶菓子と茶をそれぞれテーブルにセットしてから和也は静かに退室した。立城は椅子を一つ、佑の傍に寄せてそこに腰を下ろした。近くの丸いテーブルにセットされたティカップを取り上げ、紅茶をすする。
「あと半月。ってところかな」
そう呟いて立城は佑の腹部を見つめた。佑の胎にはどうやら子供が宿っているようだ。その子供が内側から佑を蝕んでいるのだろう。それは事情を聞かないまでも立城にはよく理解出来た。何しろ子供の力の流れが佑のそれを圧倒的に上回っている。その力の軌跡は立城にははっきりと見て取れた。
「佑、お疲れさま」
立城は手を伸ばして佑の頭を優しく撫でた。あれだけ艶やかだった佑の髪はすっかり色がくすんでしまい、白い物が混ざり始めている。どのみち、子供がいなくても佑の精神はもう限界だろう。
ゆっくりと茶を飲み干し、静かに席を立って立城は今度は奈月のところに案内してもらおうと和也を呼んだ。だが和也はやけに奈月のところに案内するのを渋る。怪訝に思った立城に、和也は桜様はただいまお心が安らかでなく、と困った顔で言った。
「大丈夫」
笑顔で立城が言うと和也は渋りながらも奈月の部屋に案内してくれた。こちらでございます、と礼をして和也がドアを開けた瞬間、何かが立城の顔面に向かって飛んでくる。立城はひょいと首を傾けてそれをかわした。飛んできたのはどうやら大きな花瓶だったらしい。避けた立城の傍を飛んだ花瓶は壁に当たって無惨に砕け散った。
「桜様!」
咎めるように声を荒立てて和也が言う。だが立城はそんな和也を手で制して部屋の中で仁王立ちになっている桜に向き直った。
エピタイは作者のもの!w
水輝が消えてしまったので佑と奈月は抜け殻になってます。
桜は切れまくりです。