※この作品はR-18です。

まやかしの終わり 二部 光の公女   作:伊駒辰葉

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エロシーンはありません。


一時帰宅と空っぽになった二人 2

「桜、思ったより元気そうだね」

「何をしにいらしたのですか」

 

 腹の底から絞るような低い声で訊ねながら桜が立城を睨みつける。立城は肩越しに和也を振り返ってひらひらと手を振った。心配そうな顔をしていた和也が一礼して静かに部屋を出て行く。

 

「お見舞いに決まっているでしょう? ほら」

 

 そう告げて立城は二つあったもう片方の花束を桜に差し出した。すると桜が嫌そうな顔で花束を睨み、余計なお世話ですと吐き捨てる。どうやら桜は奈月の加減が悪いことで相当に気がささくれているらしい。

 

 その奈月は佑と同様、窓辺に据えられた椅子に腰掛けていた。だが奈月は佑のように痩せ細ったり病的な顔色はしていない。ただ黙って微笑みを浮かべているだけだ。硝子玉のような感情の見えない目は、やはり窓の外を向いている。

 

「どうして、そんなに苛立っているのかわからないな。君の姫君はこんなに幸せそうなのに」

 

 部屋の中央で仁王立ちになったまま動こうとしない桜に歩み寄り、立城は花束を強引に手渡した。歯ぎしりをした桜が手にした花束を乱暴に床に投げ捨てる。

 

「どこがですか! 姫様はあれからずっと、ひと言も口をきかれず、誰に何を言われても、ずっとあの通り」

 

 両手をこぶしの形に握りしめ、身体を震わせながら桜が言う。奈月の世話を続ける桜の心も相当に追いつめられているらしい。誰彼構わず罵倒し、乱暴を働くために和也は立城に会わせたがらなかったのだろう。

 

「とっても幸せそうな笑顔だと思うけど?」

 

 そう言って立城は床に捨てられた花束を拾い上げた。無惨に落ちてしまった花びらを丁寧に一枚ずつ拾い上げる。きっと桜には花の悲鳴が聞こえただろうに、何故こんな真似をするのだろう。そう思いながら立城は千切れた花びらをそっと花束の中に戻してやった。

 

「人形のように笑っていることが、幸せですか」

 

 呻くように言って桜がそっぽを向く。だが桜にしても恐らく判ってるに違いない。元々、奈月は人形なのだ。ただ、魂のこもった人形だったために、これまではまるで人や龍神と同じように感情を表し、生きているように見えていたに過ぎない。

 

「幸せだったと思うよ」

 

 立城は静かに言って踵を返した。息を飲んだ桜が悲鳴じみた声で叫ぶ。

 

「あなた方は、姫様をどうされるおつもりなんですか! 戯れに作り、飽きたから今度は玩具のように捨てるんですか!」

 

 それを聞いた立城はドアに向かって歩いていた足を止めて肩越しに振り向いた。桜は俯いて握ったこぶしを震わせている。

 

「選んだのは君の姫君自身だよ。僕は何も強制していない」

 

 それどころか、こんなに大きな存在になるとは思いもしなかったわけだけど。そう続けて立城は苦笑した。実際、予想外だったのだ。奈月は本来、繋ぎの役割を持っているに過ぎなかった。記憶をなくし、不安定だった水輝の存在を現世に繋ぎ止める楔のようなものだった。

 

 だが奈月はそんな立城の意図をはるかに超えて機能した。作り物に過ぎなかった人形が魂を得て、やがて水輝と想いを寄せ合う。そこまではいい。だが立城の予想では水輝はすぐに奈月に飽きる予定だったのだ。

 

「姫様に舞えと舞台を用意したのは立城様ではありませんか!」

 

 今の桜はかつての桜とはまるで違う性格をしてはいる。だが記憶はちゃっかり持っているからだろう。声を荒らげて言った桜を見つめ、立城は肩を竦めてみせた。

 

「どんなに素晴らしい舞でも、いつかは終わるものだよ。桜」

「それが今とでも仰るのですか」

 

 視線で人が殺せるなら、きっと今の桜は手当たり次第に人を殺しているのではないだろうか。凄まじいほどに憎しみのこもった目で桜が立城を睨む。

 

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。解らないとしか答えようがないわけだけど」

 

 苦笑しつつ立城は静かに一歩だけ桜に寄った。するとその瞬間、桜が目を見張って身体を硬直させる。窓から射し込む光に照らされ、長く伸びた桜の影の端をしっかりと踏みつけたまま、立城は軽く首を傾げてみせた。懸命に何かを言い返そうとしているのだろう。桜がぎこちなく顔を動かしている。だが立城にこうして影の先を踏まれているだけで、桜はこんなに簡単に身体の動きを奪われてしまう。思っていた以上に桜の力は衰えているのだ。

 

「桜。今の君は木龍の長でしょう?」

 

 そう告げて立城は嗤った。微かに軋る音が聞こえ、立城は嗤いを浮かべたまま軽く足を捻った。影を踏まれていた桜がその場に転倒する。床に倒れた桜は悔しそうに歯軋りをしてはいるが、どうやら叫ぶ元気もないらしい。

 

「水輝を見つけたら必ずここに連れてくる。約束するから、無茶をするのは辞めてくれないか? これは地上の王としての要望」

 

 立城はその場に屈んで桜を見つめながらそう言った。すると桜がぎらりと立城を睨む。だが桜がこれまでに奈月を治そうとして無作為に力を揮っていたことは明白だ。これ以上、無駄に力を浪費すれば座位どころか存在すら危ぶまれる。

 

「大きな、お世話です」

 

 苦しそうに顔を歪めてそれだけ言ってから桜はそっぽを向いた。どうやらこちらの話を聞く気はなさそうだ。落胆のため息を吐いて立城は花束をそっと桜の傍に据えてから腰を上げた。

 

 部屋を出ると和也が待ち構えていた。申し訳ありません、と和也が真っ先に詫びる。丁寧に頭を下げて詫びを口にした和也に立城は苦笑してみせた。あの分では和也も桜の扱いには困っているのだろう。

 

「彼女は大丈夫だね。想いは力になるから」

「とりあえずは、と言ったところでしょうか」

 

 渋い顔でそうコメントしてから和也は困ったような顔をしてすみません、と頭をさげた。どうやら口を挟むべき問題ではないと自己判断したようだ。

 

「ところで結婚式の件、お考えいただけましたか?」

 

 改めて応接室に案内され、そこで立城は和也にそう問われた。心地の良いクッションの効いたソファに身を預け、立城は少し眉を寄せて天井を仰いだ。昔、立城が店で選んで設えた宝石で出来たシャンデリアは今もなお、この部屋の天井に下げられている。

 

「とりあえず。考慮には入れておくよ」

 

 少なくともあの状態では佑は式に出席など出来ないだろう。かと言って水輝の方も期待は出来ない。何しろ水輝は未だに気配を消して姿を隠している。あれから蒼を介して少し探してはみたが、どうやら水輝は自分の繋ぎになる者との関わりを断絶し、入念に気配を消しているらしくどこに居るかつかめないままだ。もちろん、地上の王である立城が本気で探せば見つかるのだろうが、それではつまらない。だから立城は少しだけ行方を当たってあとは放置しているのだ。

 

「左様ですか」

 

 どことなくほっとしたような顔で頷いてから、和也は夕食を立城に勧めた。だが立城は家で用意されているからと丁重にその申し出を断った。そもそもこの屋敷に長居するつもりはない。ここは今はもう、自分の城ではないのだ。

 

「そろそろ退散するよ。桜のヒステリーが再発すると大変だろうしね」

「かしこまりました」

 

 和也が一礼して静かに部屋のドアを開ける。案内に従って玄関に向かいながら立城は屋敷の中を見回した。そんな立城にふと、和也が話しかける。

 

「そういえば」

 

 何気なく声を掛けて和也が立城を横目に見る。立城は不思議に思って首を傾げた。

 

「赤の方はお元気でいらっしゃいますか?」

 

 さりげなく問われて立城は少しだけ答えに迷った。和也はじっと立城を見つめている。

 

「元気なんじゃないかな?」

「左様ですか」

 

 にこやかに答えた立城にそつなく応じ、和也は玄関の扉を開いた。門まで立城を送った後、和也が呟くように言う。

 

「人のペットをかっさらったんだ。それ相応の礼は覚悟してもらうぞ。ボウズ」

 

 門を開け、立城を送り出して恭しく礼をした和也が何事もなかったかのように顔を上げる。立城はくすりと笑って肩越しに和也を見返った。

 

「それでは、また」

 

 笑顔で返事して立城はその場から転移した。




9月ももう終わりですか! 早!!(汗)
そんな感じでこの話の時間が流れてるのかも知れません。
判ってて立城も意地が悪いというかー。
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