真っ白なウェディングドレスに身を包んだ要が、肘までの長い手袋に包まれた手をこぶしに握って震わせる。しまった、と口を手で覆った透はばつの悪さに目を逸らした。
「パパは禁止ですわ!」
そう言って要がびしりと透を指差す。透は難しい顔をしてちらりと部屋の中に立つ総一郎を見やった。どうも前からの癖で、総一郎を見るとついついパパと呼んでしまうのだ。
「新郎挨拶の折に、パパ!! あり得ないですわ!」
ぐぐっとこぶしを握りしめて要が唇を噛む。せっかく綺麗な格好をしているのに、怒りに燃えると要の顔はどうしてもドレスに不釣り合いに見えてしまう。
「じゃ、じゃあ、そうだな。吉良、博士」
舌でも噛んでしまいそうな言いにくさを覚えつつも透は言い直してみた。怒りの形相をしていると、要にはドレスより戦闘服の方が似合うような気がする。そんなことを透が考えていると、要がふんと鼻を鳴らして腰に手を当てた。
「そうですわねっ。それが無難ですわ!」
当然だ、と言いたげに要が胸を反らす。その背後ではらはらと要の様子をうかがっているのは巴とちなりだ。今日は二人も愛らしい格好をしており、要の着付けや化粧を手伝う役を務めている。
冬のど真ん中、大安吉日。世間一般は連休中。よくまあ、こんな日に式場をおさえられたものだと感心するほどによく出来た日に結婚式は行われる。そして今日はその問題の結婚式の日だ。事前の打ち合わせは嫌というほど行った。要に引っ張り回された衣装合わせは覚えているだけで二桁はしている。泰蔵たちの呼び出しに応じたのは二十回ばかりか。そんなことをつらつらと思い出した透は深々とため息を吐いた。結婚式とは女が主役の一種のショーだとは思っていたが、まさかここまで引きずり回されるとは考えていなかった。
今日の主役が口許に手をあてがって天井を仰ぎ、高笑いを飛ばす。だがそんな要にも弱点はある。控え室に栄子が姿をあらわした途端、嘘のように要は大人しくなってしまった。
「いいお日和で何よりですわ。こんにちは、透さん。総一郎様もご機嫌麗しゅう」
丁寧にその場にいた者全てに挨拶をしてから、栄子は微笑みを浮かべて最後に要に軽く頭を下げてみせた。
「よく似合っていてよ、要」
「あっ、ありがとうございます、お母様」
一転してしおらしくなった要は優雅に栄子にお辞儀をしてみせる。すると栄子はさりげなく要の胸元に手を伸ばした。
「リボンが曲がっているわ」
「あ、す、すみません」
よほど緊張しているのか、受け答えする要の声はどことなく震えている。マシンガンのように注文ばかりを出していた要が大人しくなったことにほっとして、透は大きく伸びをした。すると今度は栄子が椅子に腰掛ける透に近づく。
「娘を何とぞ宜しくお願いいたします」
丁寧に頭を下げられて透は慌てて頭を下げた。総一郎はよほど感極まっているのか、さっきから何を言っても「うむ」としか言わない。結婚式でもあの調子だったらどうしよう、と内心びくびくしつつ、透はちらちらと総一郎を伺った。
「うむ。しっかりやるのだぞ。これからも科学の発展のために尽くすのだ!」
おうように頷いて総一郎が言う。透は反射的に立ち上がってこぶしを握りかため、前はいつもそうしていたように力強く頷いた。
「う、うん、パ……吉良、博士」
途中で我に返り、透は何とか言い換えた。それまでじろりと透を見ていた要がうんうんと頷く。透は額に浮いた冷や汗を手の甲で拭い、椅子に腰掛け直した。
結婚式は午後から行われることになっている。だが新郎新婦を始め、役割を振られた関係者はそれより二時間は早い時間に式場に入っていた。式は駅傍の清陵グランドホテルの豪奢なホールで行われる。
それでは失礼しますわ、と微笑みを残して栄子が去る。それを目で見送った透はちなりに差し出された茶を受け取った。緊張のためにか嫌に喉が渇く。ありがたく茶を啜りながら透はほっと息を吐いた。
「そう言えば透様! 今日はペッティングはなしですわよ!?」
唐突に要が声を張り上げる。透は思わず口に含んでいた茶をめいっぱい吹き出した。透くん大丈夫、と慌てた声を上げてちなりがタオルを持って飛んでくる。口許を拭われながら透は真っ赤になって総一郎と要とを見比べた。
「無しっつわれても、状況によってはお前の身体触らなきゃなんねーだろ」
「駄目ですわっ。お式の途中でセックスなど! ……それとも透様は見られながらなさるのがお好きですの?」
まあ、それでしたら観客は大勢いますけれども。考えるような顔をして要が口許に指をあてがう。見るだけなら愛らしいその仕草も、爆弾発言を伴っていては台無しだ。現に要の傍ではあああぁ、と巴が情けない顔で涙ぐんでいる。きっと巴には理想の花嫁像というのがあったのだろう。
「だから、結婚式だからって定期メンテを怠るわけにはいかねーだろ? 式の途中で故障するかもしれねーし」
「あら、式の時間も耐えられないんですの?」
困りましたわね、と難しい顔で言って要が自分を見下ろす。透はため息を吐いて頭をかいた。すると今度はちなりが膨れ面をして透をたしなめる。
「ダメだってば、透くん! せっかくセットしてるのにっ」
唇を尖らせてちなりが大股で透に寄り、手にしていた小さな鞄を開けてコームを取り出す。透が乱した髪の毛を丁寧に整えながらちなりはぶつぶつと口の中で何か文句を言った。
「お前、かなり神経昂ぶってるぞ。俺との結婚を喜んでくれるのは嬉しいが、ヒューマノイドのボディは感情のバランスにかなり影響を受けるからな」
「それは当然ですわ。結婚といえば女の夢、昂ぶるに決まっていましてよ!」
それに慣れている方が変だと思いますけど。そう付け足してから要は高笑いを残して部屋を出て行ってしまった。どうやらこれから関係者にドレスを見せびらかすつもりらしい。颯爽と部屋を出て行った要を慌てた声を上げて巴とちなりが追っていく。どうやらあの二人は要が無遠慮にドレスの裾を引きずって歩くのがどうにも我慢ならないようだ。
結局はこーなった! みたいな感じの結婚式が始まります。