仲人役の男性が延々とスピーチをする中、優一郎は退屈さを紛らせるために周囲を何気なく見回した。丸く大きなテーブルに出された料理はどれも豪華で、一皿単位で考えてもかなりの値が張るものだろう。優一郎がついているテーブルには如月の御大と呼ばれる泰蔵、要の母の栄子、そして総一郎、更には順の代わりを務めている男性や佑の身代わりの女性と、料理に引けを取らない豪華なメンツが揃っている。ちなみに優一郎の連れている良子はひっそりと横に座っているという案配だ。
透と要の結婚式は実に変わっていた。まずは、新郎新婦の入場です、という司会の声の後に天井から降りてきたゴンドラはとても大きく、優一郎たちのついているテーブル一つ分は楽にサイズがあった。真っ白な舟形の周囲を彩っていたのは色とりどりにライトを照り返す石だったが、あれは紛れもなく本物の宝石だったのだろう。観客と化した来賓たちの拍手に包まれ、ゴンドラは緩やかに降りてきた。
そこまでは良かった。だが次に来賓たちの拍手は歓声に変わった。花嫁である筈の要が唐突にゴンドラに足をかけ、いきなり飛び降りたのだ。とう! というかけ声と共に要が飛び降りた瞬間、透が待てと叫んでいたような気がするが、その声すら来賓たちの歓声にかき消されてしまった。
要は綺麗に空中で三回ひねりを極め、見事に着地した。……ウェディングケーキの真上に。その時のことを思い出して優一郎はこみ上げてきた笑いを堪えるためにさりげなく口許を手で覆い隠した。清陵グランドホテルが誇る、全て本物の豪華七段建てウェディングケーキの中にめり込んだ要を救出するところから結婚式はスタートした。
要ちゃんヒストリーと名付けられたスライドショーが続き、その解説をしていた一人の老人から要はマイクを奪い取り、朗々と幼い頃のことを語った。どこの世界に自分の解説を式の中でする花嫁がいるのだろう。だが何故か要の解説は来賓たちにやけにうけていた。もちろん、優一郎もこっそりと笑いをかみ殺していた口だ。
気の毒なのは透だろう。要が何らかのトラブルを引き起こすたびに慌てていた。本人はあれできっと落ち着いていたつもりだろうが、見ていて可哀想になるほどの慌て振りだった。しかも透は花嫁よろしくお色直しをさせられ、様々な趣向の凝らされた衣装を身に纏っていた。
だがしかし、結婚式で着ぐるみはどうなのだろう。可愛いうさぎの着ぐるみだった要はまだいい。だが何故、その対である筈の透がマグロの着ぐるみなのだ。その上、来賓の歌に合わせて踊ることになっていたようで、透はもの凄い嫌な顔をしつつも歌に合わせて魚らしく踊っていた。その横でうさぎの着ぐるみをつけた要がはしゃいだ声をあげてシャンパンを振り回す。
あれは結婚式ではなく宴会芸なのでは。優一郎は思い出しながら必死で声を殺して笑った。唐突に俯いて肩を震わせ始めた優一郎を不思議そうな顔でテーブルについた者が見つめる。視線に気付いて優一郎は何事もなかったかのように顔を上げ、にこやかに会釈をしてみせた。
「なんでもありません」
にっこりと優一郎が笑うと注目していた者たちはそれぞれが納得したらしく、再び談笑を始めた。彼らにしても、トラブル続きの式の中でこうした淡々としたスピーチは退屈に感じるのだろう。泰蔵など、スピーチをそっちのけでこっそりカメラを回している。
やがて両親の挨拶とやらの時間が来て、新郎新婦それぞれの保護者役の者が席を立つ。片方は要の母、栄子。立ち上がったもう片方は総一郎だった。本来なら順がこの場で挨拶をする筈だったのだろうが、未だに順は行方不明のままで、木村財閥は替え玉を用いるのがやっとだったらしい。
このたびはお忙しい中、お集まりいただき誠にありがとうございます。栄子が丁寧に挨拶をして話を始める。だが退屈な話を長引かせるつもりもなかったらしく、栄子はさっさと話を切り上げてマイクを総一郎に渡してしまった。総一郎の方はと言えば、栄子以上にあっさりしていて、
うむ、科学の勝利だ!
……と、いつもの決めゼリフを口にしただけで早々に席に戻ってしまう。はっきり言って二人とも感動も涙も何もない。実に淡々としたものだ。さすがに二人のそうした態度には司会も唖然としたらしく、繋ぎに困っていたようだ。
しめやかさの欠片もなく、式は終了した。ホールを出たどの来賓も思い出し笑いをしているようで、会場には明るい笑い声があちこちで響いていた。
「フィナーレでしてよ!」
要のかけ声と同時にホールからエレベーターまで赤い絨毯の巻いたものが転がっていく。あっという間に出来上がった赤い道を要は胸を張って歩き出した。その隣でいたたまれない顔で歩いているのが透だ。おおお、という来賓の歓声に包まれて歩く二人は何故かレオタードに身を包んでいた。優一郎は今にもダンスを始めそうな格好の二人を目撃し、慌てて口許を手で押さえた。隣に立っていた良子も相当おかしかったのか、口許にハンカチをあてがって肩を震わせている。
来賓の声に背を押される格好で二人はエレベーターの中に消えた。
「申し訳ありませんでした」
何とか笑いを抑えて優一郎は小声で詫びた。口許からハンカチを下ろし、良子が静かに首を横に振る。どうやら連れてきたことには特に問題はなかったらしい。楽しい結婚式でした、と笑顔で答える。
来賓たちは口々に面白い結婚式だったと言いながら会場を後にしていった。残されたのは片付けをするホテルの従業員たちと各財閥の首脳陣、それに栄子や総一郎などの新郎新婦に身近な者たちだけとなった。どうやら首脳陣はこれから議論を交わす予定のようで、泰蔵も早々に会議室にこもってしまった。どうやら彼らは式はもちろんだが、その後の会議にも重きを置いていたようだ。道理で二次会が設定されていないはずだ。
「せっかくですから、これからお茶でもいかがでしょうか?」
その場に残っていた栄子がにこやかに総一郎に告げる。一度は総一郎に告白してきっぱりと振られてしまった栄子だが、二人は友人としての付き合いがあるらしい。総一郎は栄子の申し出を受けてホテル内の喫茶店に向かっていった。
順の替え玉は正体がばれるとまずいからなのか、式終了と同時に姿を消している。あと残るは、と呟いて優一郎は近くに立っていた佑そっくりの女性を見つめた。
「今日はありがとうございました」
そう言って優一郎は深々と礼をした。するとその女性が微かに笑って首を横に振る。佑本人はとても結婚式などに出られる状態ではない。だからわざわざ佑と同じ姿をとってこの女性が式に参列してくれたのだ。
「葵さんたちはお元気ですか?」
少し声を落として優一郎は笑みを浮かべて告げた。すると女性が少し考えるような素振りをしてからにっこりと笑う。
「もちろん」
さらりと答えたこの女性の正体は立城だ。そのことに気付いていた優一郎は負けないくらいににっこりとした笑みを浮かべた。
「また、機会がありましたらお伺いします」
それでは、と笑顔で挨拶して優一郎は良子を連れてホテルを出た。優一郎がホテルの前で足を止めると迎えの車が静かに寄ってくる。運転手は保美だ。優一郎は良子と共に車に乗り込み、研究室のある清陵高校に車を回すように保美に言った。
今、吉良瀬の屋敷に水輝は不在だと聞いている。そのために佑や奈月は随分と消沈しているのだという話も耳にした。難しい顔をして優一郎は腕組みをしてシートに沈み込んだ。
水輝だけではない。順も未だに行方知れずで、今回の結婚式に参列したのは替え玉だった。もしかしたら立城は二人の行方をつかんでいるかも知れないが、あの反応では深く突っ込むのは難しい。立城の返答は問題の二人が立城の元にいるとも取れるし、またそうでないとも取れる。
とりあえず、立城さん達が魔に対するために動いてくれていることは確かなんだし。そう結論付けて優一郎は頷いてシートから身を起こした。保美から木村財閥に関する幾つかの報告を受け、それに返答しているうちに学校が見えてくる。どうやら木村財閥の所有する企業の多くは人事から再編成されるようだ。
透と要は式の後で短い旅行に出かける予定になっている。その旅行の後、今度は如月家の家法に則った正式な式を挙げるらしい。ちなみにこの式にはやっぱり優一郎も身内の一人として招待されている。だがその式は今日の披露宴のようなことはないだろう。何しろその式に参列する者は身動きのしやすい服装で、とあらかじめ言われているからだ。
やることはまだ山積みになっている。優一郎は保美に見送られて研究室のある校舎の地下に戻った。今日もたくさんのヒューマノイドが正常に稼働している。地下一階で働く彼女たちに笑顔で挨拶しつつ、優一郎は自分の研究室のある地下四階に向かった。
優一郎の腹筋崩壊回でしたw