クールな藍原さんが僕にだけはデレッデレに甘えてくる 作:三越利範
藍原さんと友達になって一週間。僕たちの間に何か進展があったかというと、実は何もない。朝と帰りに挨拶をしたり、授業の合間に少し話したり。そのくらいの適度な距離感で健全な友達付き合いが続いている。
ううん……友達というよりも仲の良いクラスメイトくらいの距離感だな。でも、遠くから憧れているだけだった頃に比べれば大した進歩と言えるんじゃないだろうか。
「ねえ、ゆうべLINEしたんだけど、なんで未読無視すんの?」
「あー、わり。寝てたわ」
「一生寝てろ! アホ!」
教室で男女が他愛のない諍いを起こしている。カップルとまではいかないけど、仲の良い異性の友達って感じ。ああいう距離感に藍原さんとなりたい……とまでは思わないけど、せめてもう少し進展があればいいのにと思ってしまう。
……なんだか僕、欲張りになってる? あの藍原さんと友達になれただけで十分幸せだったはずなのに、すぐにそれ以上を望んでしまう。人間の欲望に果てはないということか。
そういえば、藍原さんってLINEやってるのかな? きょうびLINEを入れてない人の方が少ないだろうし、普通家族とはLINEするよな。女子の中には藍原さんのIDを知っている子もいるのかな?
と、思っていると、僕と同じことを考えている人がいたらしい。
「つか俺なら、ワンチャンあるんじゃね?」
と言いながら、一人の男子が藍原さんにくねくねと歩み寄った。
あれは、クラスで一番チャラい
「藍原サン♪ と・り・ま、俺とLINE交換しようぜ! うぇーい!」
うわあ、テンプレみたいなパリピだ。
果たして藍原さんの反応はというと、すごく冷めた目で茶羅くんを見ている。
「どうしてわたしがきみに連絡先を教えないといけないの?」
茶羅くんがチャラい笑顔のままぴしりと固まる。
「きみとわたしは友達じゃないよね?」
クールに追い打ちをかける藍原さん。茶羅くんは膝から崩れ落ちた。
ああ、なんてむごい。
僕が心の中で茶羅くんに合掌していると、藍原さんがこちらに歩み寄ってきた。
「水瀬くん。LINE教えて?」
教室中がざわっとする。
……わぁ、茶羅くんがすごい目でこちらを見ている。
「えっと……どうして?」
僕がおずおずと訊ねると、藍原さんはきょとんとした顔をする。
「わたしたち友達でしょ? 連絡先を知らないのは変だと思うの」
茶羅くんがおいおい泣き出した。
「ちょっとこっちきて!」
このままではあてつけになってしまうと思った僕は、藍原さんを教室から連れ出した。
新校舎と旧校舎を繋ぐ二階の渡り廊下。そこまで彼女の手を引いてきた。
藍原さんはぽっと頬を染める。
「水瀬くんって、意外と力強いんだね」
「ご、ごめん」
僕は慌てて手を離した。
……藍原さんの手、細くてすべすべしてて気持ちよかったなぁ。
「それで、LINE交換するんだよね」
「うん。水瀬くんがイヤじゃなかったらだけど」
「嫌なわけないよっ」
憧れの藍原さんとLINEを交換できるなんて夢のようだ。僕はいそいそとポケットからスマホを取り出す。
ピコッ。
「これでID交換できたと思うけど」
メニュー画面に表示された藍原さんのアカウントを見ると、本当に交換したんだという感慨が湧き上がってくる。彼女のアイコンは『まぁず』のアリアの写真だった。
――スマホからポコンという通知音が鳴った。画面を見ると、藍原さんからメッセージが届いていた。
「試しにメッセージ送ったんだけど、ちゃんと届いてる?」
「うん」
僕は藍原さんとの会話画面を表示させる。そこにはこう書かれていた。
『水瀬くんおはよー!
今日はいい天気だね♪
けど、今朝すっごく寝癖ついちゃっててもうサイアク!
半泣きで直してきたよ~(><←みたいな絵文字)』
僕は思わず藍原さんを二度見した。彼女はいつもと変わらずクールな表情をしている。
……え? これ本当に藍原さんが送ったの?
「水瀬くんからも送って」
「う、うん」
僕はおずおずと「おはよう、藍原さん」とだけ送った。すぐに返信がきた。
『水瀬くんとLINEできてすっごく嬉しいよ♪
ずっと言い出せなくて(泣き顔の絵文字)
わたしね、水瀬くんとお友達になれてすっごく嬉しいの!
これからも仲良くしてください(笑顔の絵文字)』
……お、おう。
僕は確信を抱いた。
(藍原さん、メール弁慶ってやつだ!)
ていうか人格変わりすぎだろ! 普段との温度差で風邪を引きそうだわ。
「……藍原さんって、LINEだと結構テンション高いんだね」
「そうかな。普通だと思うけど」
現実だと、あいも変わらずクールな藍原さんなのだった。
――その夜。自室で漫画を読んでいると、スマホからLINEの通知音が響いた。画面を見れば、また藍原さんからメッセージが届いていた。
『こんばんは♪
水瀬くんいまなにしてる?
わたしは勉強してたけど息抜きしたくなっちゃって。
ちょっと話そうよ(目をうるうるさせた絵文字)』
「藍原さん……」
本当に普段とのギャップのせいで頭がバグりそうになる。
ととっ。既読をつけたまま放置するのは失礼だよな。僕は慌てて『いいよ』と返した。
秒で既読がつき、藍原さんから喜びのスタンプが送られてきた。テンションの差……。
『水瀬くんって、何か好きなものある?』
『漫画かな。アニメも見るよ』
『わたしも漫画読むよ♪好きな漫画はネコが社長のやつ!」
『有名な癒し系漫画だよね。確かアニメにもなってる』
『そうなの(笑顔の絵文字)アニメ見てすっごくハマっちゃって!
あの子ポテっとして可愛いよね♪
なんか猫カフェの子を思い出しちゃう(ネコの絵文字)』
藍原さんのテンションにも慣れてきた。だんだんこちらも楽しくなってくる。
『水瀬くんはどういう漫画読むの?』
『少年漫画が多いかな。「じゅぷぷ廻戦」とか「
『わたしも読むよ♪「スッパイ×ハミチン」とか「早漏のフリーチン」とかも面白いよね!』
藍原さんってお堅いエッセイとか詩集とか読んでるイメージあったけど、少年漫画も普通に読むんだな。良い意味でイメージと違う。親しみが湧いてくるな。
『今度おすすめの漫画貸して♪』
「いいよ。藍原さんもおすすめ持ってきてくれる?」
「りょ!(敬礼のスタンプ)」
藍原さんの言葉がどんどんくだけてくる。それだけ僕に気を許してくれていると思うと嬉しくてたまらなくなる。藍原さんのこんな一面を知っているのは僕だけだ。優越感がすごい。
楽しい時間はあっという間に過ぎるもので、気づけば時計の針がてっぺんを回っていた。
『そろそろ寝ようかな』
と僕が送ると、少し間を置いてスマホがブルブル震えだした。反射的に画面をタップすると、画面に藍原さんの顔が表示されてびっくりする。
……えっ、ビデオ通話!?
『こんばんは、水瀬くん』
「こ、こんばんは。どうしたの?」
『うん……ちょっとね』
藍原さんは言いよどむ。あれだけLINEだと饒舌に話していたのに、リアルだとずいぶん奥ゆかしいっていうか。どっちが藍原さんの素なのかな。
ていうか、藍原さん部屋着だ。白いTシャツと淡いブルーのショートパンツ。お風呂上がりだからか、髪にはピンクのヘアバンドを巻いている。制服姿のフォーマルな彼女しか知らないからめちゃくちゃ新鮮だ。女の子の部屋着姿。薄手のシャツを押し上げる豊かな膨らみ。むっちりとしたふともも。思春期男子には目に毒すぎる……!
僕がどぎまぎしていると、藍原さんはふわっと柔らかく微笑んだ。
『うん、やっぱり水瀬くんの顔を見ると安心するなぁ』
「っ!?!?」
『たくさん話してたら、水瀬くんの顔が見たくなっちゃって。夜遅くにごめんね』
「い、いや、いいけど……」
僕はもはや平静を装うだけでいっぱいいっぱいだった。藍原さんのラフな姿とストレートな親愛表現にドキドキが止まらない!
『もう遅いから、わたしもそろそろ寝るね。おやすみなさい』
「う、うん。おやすみ」
そして通話が終わると、僕はベッドに倒れ伏して、枕に顔をうずめて身悶えた。
「……うう、無防備すぎるよ、藍原さんっ」
すべてにおいて完璧に近い彼女が見せてくれた隙。それは、僕の心を撃ち抜くには十分すぎる破壊力を持っていた。
僕は藍原さんとのLINEをざっと眺めながら、ぽつり呟いた。
「……今夜、眠れるかな」