クールな藍原さんが僕にだけはデレッデレに甘えてくる 作:三越利範
もしかすると……いや、もしかしなくても、僕は藍原さんが好きみたいだ。
元々憧れを抱いていたし、お近づきになりたいと思うくらいには好意を持っていたわけだけど、友達になって彼女の可愛い一面をたくさん発見するうちに、どんどん藍原さんに惹かれていった。今では頭の中は藍原さんでいっぱい。これは間違いなく恋だろう。
問題は、藍原さんは僕のことをどう思っているかだ。むろん嫌われてはいないし、他のクラスメイトより圧倒的に心の距離は近い。けど、あくまでそれは友達としてであって、恋愛の「好き」はまた別物だから。舞い上がって早合点するのはかなり危険だ。
今はまだ友達として付き合えていることを幸運だと思おう。そして、彼女に僕のことを好きになってもらえるように努力しよう。そう考えることにした。
「でさ、藍原さんのお弁当また食べさせてもらったんだけど、すごく美味しくてね。やっぱり料理できる女の子っていいよね」
「…………むー」
僕が家のリビングで藍原さんの素晴らしさを語っていると、妹の
「お兄ちゃん、最近『藍原さん』のことばかり話すよね」
妹の言葉にはわかりやすく棘があった。
「凪、怒ってる?」
「怒ってないもん」
ぷくぅとほっぺたを膨らませる妹。怒っているというよりは拗ねているみたいだ。
凪は2つ年下のお年頃の中学生。昔から僕にべったりだったけど、最近ちょっと反抗期がきたかなって感じだ。
「まったく、あたしという妹がありながらよその女にうつつを抜かす。お兄ちゃんにはがっかりだよ」
凪は呆れたようにため息をつきながら、尊大に腕組みをする。
「まあ、その『藍原さん』がどれだけ可愛くても、妹のあたしには勝てないよね」
「その自信はどこからくるの……?」
確かに妹の凪は、兄の贔屓目を抜きにしてもかなり可愛いと思う。「お人形さんみたいで可愛いね」と近所でも評判の美少女だ。けれど――
「まあ、藍原さんのほうが可愛いかな」
「むー!」
凪は真っ赤な顔でぽかぽかと頭を叩いてくる。
「あほっ。あほっ。お兄ちゃんのあほっ」
「いたっ、いたた。そんな叩かないで」
「そんなに言うなら、今度家に連れてきたらいいじゃん!」
凪はそう言い捨てると、べえと舌を出してリビングを飛び出していった。
僕は苦笑しながら考える。
「家に藍原さんを呼ぶ……か」
それはさすがに気が早いんじゃないかと思う。いくら友達だといっても、異性の家にひとりで来るっていうのは女の子にはハードルが高いんじゃないかな。もちろん何か口実があれば別だけど、特に思いつかないし……。
「やっぱりまだ時期尚早……かな」
と思わざるを得なかった。
――次の日のお昼。僕はまた藍原さんと一緒にお弁当を食べていた。
「今日のオムレツはよくできたと思うの」
「うん。すごく美味しいよ」
僕は例によって彼女とおかずをトレードした。藍原さんのオムレツは、すごく優しい味がした。
勉強も運動もできて、おまけに料理まで上手ときた。藍原さん? すごいよね。序盤・中盤・終盤、隙がないと思うよ。
「藍原さんって苦手なことあるの?」
僕が何の気なしに訊ねると、藍原さんはあごに手をあてて考え込み、ぽつり呟いた。
「人と話すのが苦手かな」
……割と重めなのがきたなぁ。
僕は、はてと思う。
「でも、こうして普通に話してるよね。苦手なようには見えないけど」
「わたし、世間話ができないの。ニュースとか、芸能人の話とか。興味ないから」
言動だけ見ればクールだけど、彼女はそんな自分にコンプレックスを抱いているようだった。
「そういう上辺だけの会話ってどうしたら上手くできるようになるの?」
「言い方よ」
まあ、僕も天気とかニュースの話とか、面白いと思ったことがないけどさ。芸能人のゴシップも正直どうでもいいと思う。だから、藍原さんの気持ちはよくわかった。
「興味のあることならいくらでも話せるんだけどね」
「動物とか漫画のこととか?」
「そう」
まあ、人間誰しも好きなことを話すときは饒舌になるものだよな。
「けど、僕とは普通に日常会話してるよね?」
「うん」
藍原さんは事もなげに言った。
「だって、水瀬くんのことは興味があるから」
「っ!?」
突然の剛速球に心臓がとまるかと思った。
「そ、それってどういう意味?」
「どういう意味って?」
藍原さんは不思議そうな顔をする。
「水瀬くんとは友達だし、興味があるのは普通でしょ」
「あ、ああ、そういうことね」
一瞬遠回しな告白かと思ってしまったじゃないか。紛らわしすぎるよ、藍原さんっ!
「せっかくだから、水瀬くんが何か話題を振ってみて。わたしがそれに応えてみるから」
ロールプレイみたいな感じかな?
「わかった。じゃあやってみようか」
「うん」
僕はこほんと咳払いする。
「ええと、この前買ったゲームがすごく面白かったんだ」
「そう。どんなゲーム?」
「すごく難しいゲームでね。何度も死にながらパターンを覚えていくタイプなんだ」
「それって面白いの?」
「うん。だんだん自分が上手くなっていくのが実感できるから。できないことができるようになる瞬間って楽しいよね」
「勉強と似てるかも」
「確かにね」
……。
……んん?
「いや、普通に会話できてるよ?」
「そうなの?」
「うん……」
藍原さん、ゲームには興味ないかなって思ってこの話題をチョイスしたつもりだったんだけど。
僕が戸惑いながらそう伝えると、藍原さんはこくりとうなずいた。
「確かに、わたしはゲームはやらないけど」
藍原さんは穏やかに微笑んだ。
「水瀬くんの好きなものなら、わたしも好きになりたいから」
「~~~~~~っ!」
僕は声にならない声をあげて身悶えた。
それ、もうほぼ告白だよ藍原さんっ!
「水瀬くん、顔真っ赤。どうしたの?」
「な、なんでもない……」
僕はえへんえへんと無駄に咳払いして水筒からお茶を飲む。
ふう、少し落ち着いた。藍原さんのストレートな言葉はときどき心臓に悪い。
「ねえ、水瀬くん」
藍原さんがこちらに振り向いた。すごく透き通った目をしている。
「な、なに?」
僕はどぎまぎしてしまった。
藍原さんはクールな表情で言った。
「今度、家に遊びに行ってもいい?」
「っ!?」
今度こそ心臓が止まるかと思った。心を読まれたかと思ったから。
「え、突然どうしたの?」
「ゲームのこと。興味があるから」
藍原さんは事もなげに言う。
「ちょっと遊ばせて欲しいなって。だめ?」
「だめじゃないけど……」
いいのかな。年頃の女の子が異性の家にひとりで……いや、何もしないけどね!
藍原さんは相変わらず涼しげな表情をしている。僕が意識しすぎなのかもしれないな。
「わかった。じゃあ、次の休みにどう?」
「うん」
――かくして、藍原さんが家に来ることがあっさり決まってしまった。
念入りに掃除はしておこう。僕は心にそう誓うのだった――。