クールな藍原さんが僕にだけはデレッデレに甘えてくる 作:三越利範
あっという間に週末になった。
今日は藍原さんが家に来る日。心の準備をしていたとはいえ、どうしてもそわそわしてしまう。
「藍原さん、ちゃんとうちの場所わかるかな……」
駅まで迎えに行くと言ったんだけど、「スマホのナビがあるから大丈夫」とやんわり断られてしまった。まあ、入り組んだ場所じゃないから問題はないだろう。
「部屋の掃除はOK。お菓子も用意した。ええとあとは……」
友達が家に来ること自体めずらしいからどうしても浮足立ってしまう。しかも、家に来るのはあの藍原さんだ。僕の好きな人。特別感があるよな。
「ああ、早くこないかな。まだかな」
「楽しそうだね、お兄ちゃん」
凪はムスッとしている。藍原さんがうちに来ると伝えたときからこの調子だ。
「凪が言ったんでしょ。『藍原さんを連れてこい』って」
「そうだけど。まさか本当に連れてくるとは思わないじゃん」
「藍原さんから『遊びに行っていい?』って言ってくれたんだよ」
「かーっ! みんね! 卑しか女ばい!」
妹はエセ博多弁で毒づいている。
「付き合ってもいない男の家にほいほい上がり込むなんて、あざとい女!」
「凪。あんまりひどいこと言うとお兄ちゃん怒るよ?」
「むー!」
たしなめられた凪は、あからさまに不機嫌になった。
すわった目をして、虚空をじっと睨む。
「……豚みたいな女がきたら縛り上げてチャーシューにしてやる……」
我が妹ながら口が悪いなぁ。
と、そのとき。チャイムが鳴った。
『藍原です』
「いらっしゃい。いま行くから!」
インターホン越しに短く会話して、僕は玄関へ出迎えに行く。
がちゃっとドアを開けると、そこにはもちろん藍原さんの姿が。
「こんにちは、水瀬くん」
藍原さんはいつもどおりのクールな表情で挨拶してきた。
僕は思わず見とれてしまう。当たり前だけど、藍原さんは私服姿だった。白いブラウスに紺色のロングスカート。いいところのお嬢様って感じの品のいい私服だ。おまけに彼女は、髪をハーフアップにしていた。お清楚ですごく可愛い。
藍原さんはこてんと小首をかしげる。
「水瀬くん。どうしたの?」
「あ、いや。ここまで迷わなかった?」
「うん。大丈夫だった」
「そっか。良かった」
立ち話もそこそこに、僕は藍原さんを家に招き入れる。
「今日はご家族は?」
「両親はでかけてる。妹がいるよ」
「妹さんって……あの子?」
藍原さんは彼方に目を向ける。視線を辿ると、リビングから凪が顔を覗かせていた。
「はぅあ……きれいな人」
凪は恋する乙女の目をして呟いた。そして勢いよく僕に手招きをする。訝りながら近づくと、妹は怯えた顔で腕にすがりついてくる。
「お兄ちゃん! こんなきれいな人がくるなんて聞いてないよっ」
何を隠そう、妹は重度の内弁慶だ。
僕は小声でささやく。
「だから言ったでしょ。すごく可愛いって」
「そう言ってジャバザハットみたいなのがきたらゲラゲラ笑ってやるつもりだったのに!」
妹は思春期に入って人格形成に失敗した感がある。
そうこうしているうちに、藍原さんがこちらに歩み寄ってきた。
「藍原紡希です。はじめまして」
「あ、あう。妹の凪です。ハジメマシテ……」
凪は真っ赤な顔でもじもじする。
人のことを言えた義理じゃないが、こいつ童貞か?
「凪ちゃんって呼んでもいい?」
いつもクールな藍原さんだけど、年下だからか、あるいは僕の身内だからか、凪にはすごくフレンドリーだった。
「は、ハイ! よろこんで!」
凪はコクコクとうなずき、ちらちらと藍原さんの顔を見てふひひと笑う。挙動不審すぎて我が妹ながらかなりキモいなと思った。美少女じゃなきゃ許されないレベルの奇行だ。
「あ、そうだ」
藍原さんは、駅前の洋菓子店のロゴが入った箱を手渡してくる。
「水瀬くん。はいこれケーキ。途中で買ってきたの」
「わざわざありがとう。気を遣わせてごめんね」
「ううん。わたしがしたくてしてることだから」
僕たちが和やかに会話していると、突然凪が「アッ!」と叫んだ。
「あ、あのあたしお茶淹れてくるー!」
そして僕の手からケーキの箱をひったくると、キッチンへと走り去って行った。
藍原さんはきょとんとしている。
「ユニークな妹さんだね」
「お恥ずかしい限りで……」
本当に恥ずかしい。妹の将来が心配でたまらない。
そして僕は、二階にある自室に藍原さんを招き入れた。
「ここが水瀬くんのお部屋なんだね」
藍原さんは興味深そうに視線をさまよわせる。
どうしよう。ヘンなモノはないはずなのに、冷や汗をかいてしまう。
「すごく片付いてる。男の子の部屋ってもっと散らかってると思ったけど」
「普段はね。今日はしっかり掃除しておいたから」
「そう。気を遣わせちゃった?」
「そんなことないよ」
来客時に掃除をするくらい当たり前のマナーだと思うからね。
「あ、座ってて。クッションで大丈夫かな」
「うん」
藍原さんは床のクッションに座る。
おお、本当に僕の部屋に藍原さんがいる。妙な感動を覚えてしまった。
「お茶とお菓子持ってくるから」
「おかまいなく」
お決まりのやり取りをしてからドアを開けると、そこにお茶とケーキとクッキーの載ったお盆を持った妹がいた。
「お茶持ってきました……」
「ありがとう」
藍原さんがにこりと微笑むと、凪は頭から湯気を出しそうなくらい赤面した。
「せっかくだから凪ちゃんも一緒にどう?」
「いいんですか……?」
「うん」
「えー? でも悪いですよー……」
とかなんとか言いながらちゃっかり三人分用意してるあたり、この妹抜け目がない。
結局、妹も参加することになった。
凪はとろんとした目で藍原さんを見つめる。
「はぁぁぁ、やっぱりすごくきれい。肌白い。髪サラサラ。可愛すぎてしんどい。無理」
限界化した妹を見るとお兄ちゃん複雑な気分になるよ……。
凪はすっかり藍原さんにメロメロだ。さすが僕の妹。血は争えないなぁ。
「えー? 藍原さんってあの漫画好きなんですか? あたしも好きですー!」
最初は緊張しっぱなしだった凪だったが、お菓子を食べながらお話しているうちに打ち解けてきた。
「ねえ、紡希ちゃんって呼んでもいい?」
ついにはタメ口でそんな図々しいことを言い出す始末だ。
そんな無礼な妹にも、藍原さんはふわりと微笑みかけてくれた。
「うん。いいよ」
「えへへ、紡希ちゃーん♡」
凪はとろけた顔で藍原さんの腕に抱きつく。それからこちらに振り向くと、勝ち誇った笑みを浮かべる。
「きひっ」
……この妹、兄にマウント取ろうとしてやがる。
まったく、どっちがあざといんだか。
「それで、水瀬くん。この前言ってたゲームはどれなの?」
「ああ、それなんだけど、あれ一人用のゲームなんだよね」
せっかくだからみんなで楽しめるゲームの方がいいんじゃないかなと提案する。
「水瀬くんがそう言うなら、わたしもそれでいいよ」
「ありがとう。……どれにしようかな」
「マリカやる? それともスマブラ?」
「なんで友情が壊れそうなゲームばかり選ぶんだよ……」
妹の空気の読めなさにも困ったものだ。
「じゃあマリパにしようよ」
「まあ、パーティゲームならギスギスする心配はないか」
と、思ったのだけど。
「おい、なんで僕ばっかり狙うんだよ!」
「だって紡希ちゃん狙ったら可哀想でしょ!」
コントローラーを握りしめながら兄妹でぎゃあぎゃあと言い争い、小競り合いのように肩をぶつけ合う。次第に熱くなってリアルファイトに発展する。
「こんにゃろこんにゃろ」
「コンニャロコンニャロ」
「ぷっ」
藍原さんが噴き出した。僕と凪はつかみ合いをしながら揃って振り返る。
「どうしたの、何か面白いことあった?」
「うん。ふふふ」
藍原さんは楽しそうにコロコロと笑う。
「水瀬くんがそうやって感情をむき出しにしてるの新鮮だなって」
「あ、ぅう……」
僕は激しく赤面した。藍原さんの前だというのについ家族でいるときのテンションになってしまった。恥ずかしい。穴があったら入りたい。
「やーい。言われてやんのー」
凪が煽ってくる。この妹……後でわからせてやる。
「凪ちゃんも。最初は緊張してたのに、お兄さんには気を許してるんだね」
「はぅあ……」
凪も赤面した。ざまあみろと思ってしまう。
藍原さんは慈愛に満ちた目で僕らを見て、くすりと笑った。
「ゲームって楽しいね」
そのあまりに可憐な笑顔に、僕ら兄妹は骨抜きにされてしまったのだった。
それから僕たちは凪の提案で名探偵コマンの映画を観た。
『淫ラーーーーン!!』
『チン壱ーーーー!!』
定番のやり取りとスケボーアクション。そして爆破。僕からするとお約束の展開って感じだけど、藍原さんは新鮮だったようで、ハラハラした表情で映画を楽しんでいた。
そうこうしているうちに日が傾き、藍原さんが帰る時間になった。僕たちは玄関まで彼女を見送りにいく。
「送っていこうか?」
「ううん、大丈夫。駅まですぐだから」
「そっか」
あまりしつこいのもよくないな。僕は潔く引き下がる。
藍原さんはふんわりと微笑む。
「今日はありがとう。すごく楽しかったよ」
「僕もたよ」
「あたしも!」
「うん」
藍原さんはこくりとうなずく。
「またいつか遊びにきてもいい?」
「うん。藍原さんなら大歓迎だよ」
次があるんだと思ったら今から楽しみで仕方がなくなる。次までに藍原さんが楽しめるゲームをもっと用意しておこうかなと思った。
「それじゃ、お邪魔しました」
「うん、また学校でね」
「紡希ちゃん。バイバイ」
「うん。またね」
藍原さんは小さく手を振って、我が家を後にする。
僕たち兄妹は、ドアが閉まるまで手を振り続けていた。
凪は名残惜しそうに玄関を見て、ぽつり呟いた。
「お兄ちゃん。あたし、お義姉ちゃんがほしいな」
「……頑張ります」