ガタン、と鈍い衝撃が全身を揺らす。
暗闇と、手足を拘束する縄の感触。そして、微かに鼻を突く鉄錆の匂い。
(……私としたことが、またドジをしてしまったようね)
陸八魔アルは、己の失態を噛み締めていた。便利屋68の社長として請け負った、とあるブツの輸送護衛任務。
いつも通り完璧な計画を立て、華麗に遂行するはずだった。はずだった、のだが。どこで間違えたのか、あっさりと敵対組織の罠に嵌り、依頼品は奪われ、自身はこうして捕虜として輸送車の荷台に放り込まれている。
社員であるカヨコやムツキ、ハルカの顔が脳裏をよぎる。きっと今頃、必死に私の行方を捜してくれているに違いない。社長として、彼女たちに無様な姿は見せられない。必ずここから脱出して、この屈辱を倍にして返してやる。そう、私こそが最強のアウトロー、陸八魔アルなのだから。
そんな決意を固めた、その時だった。
キィィィンッ!という甲高い金属音と共に、猛烈な爆風が輸送車を襲った。
車体が大きく傾ぎ、壁に叩きつけられたアルは思わず呻き声を上げる。
「きゃっ!?」
何が起きたのか。外部から響くのは、怒号のような鬨の声と、断続的に続く銃声。どうやらこの輸送車が、何者かの襲撃を受けているらしい。
(敵の仲間割れ……?いいえ、この声は……もっと野性的で、統率が取れていない……!?)
混乱の中、アルは必死に状況を分析しようと試みる。だが、思考を遮るように、荷台の分厚い扉が凄まじい力でこじ開けられ始めた。
ギャリギャリと耳障りな音を立てて金属が歪み、隙間から眩い光が差し込む。逆光でよく見えないが、そこに立つ人影は、明らかに屈強な体躯をしていた。複数いる。
やがて、轟音と共に扉が完全に破壊され、炎に照らされた光景がアルの目に飛び込んできた。
そこに立っていたのは、屈強な肉体を持つ、半裸の女たちだった。
肌には不可思議な文様が描かれ、その手には槍や粗末な鉈のような武器が握られている。その目は、獲物を見つけた獣のように爛々と輝いていた。
アルはあまりの非現実的な光景に、声も出せずに固まった。リーダー格と思しき、一際体格の良い女がアルを値踏みするように見つめ、何かを叫ぶ。理解不能な言語だったが、その声に含まれた力強さに、アルの体は本能的な恐怖で震えた。
女たちが荷台に乗り込んでくる。その一挙手一投足が、洗練された都会の人間とは全く違う、しなやかで力強い獣のそれだった。
一人の女がアルの前に屈み込み、その顔を覗き込む。アルは必死に虚勢を張って睨み返そうとしたが、恐怖で喉が引き攣り、か細い息しか漏れなかった。
女はにやりと笑うと、アルの体を軽々と俵のように担ぎ上げる。
「なっ……!離しなさい!」
ようやく絞り出した抗議の声は、しかし彼女たちの鬨の声にかき消された。視界が激しく揺れ、燃え盛る輸送車の残骸が遠ざかっていく。
これが、私が見た最後の光景だった。抗いがたい眠気が意識を覆い、アルはなすすべもなく暗闇の中へと落ちていった。
◆◇◆◇◆◇
意識が浮上する。
最初に感じたのは、柔らかな寝具の感触と、穏やかに肌を撫でる風だった。
(……ここは?)
アルはゆっくりと目を開ける。
そこは、石と木で組まれた簡素だが清潔な小屋の中だった。壁の隙間から差し込む光が、室内に漂う微かな塵をきらきらと照らしている。
自分が寝かされている寝台は、ふかふかの獣の毛皮で満たされていた。手足を縛っていたはずの拘束具も、いつの間にか外されている。
(助けられた……の?)
状況が飲み込めず、アルは混乱したまま体を起こした。
「……どうなっているのよ」
呟いた声は、自分でも驚くほどか細く掠れていた。
アルは慎重に寝台から降り、小屋の入り口にかけられた布をそっとめくった。
途端、目に飛び込んできた光景に息を呑む。
眼下に広がっていたのは、巨大な峡谷に築かれた、雄大な集落だった。
大小様々な住居が崖に沿うように建てられ、人々が活発に行き交っている。その誰もが、アルを攫った者たちと同じ、野性的な装いをしていた。女も、子供も、老人も。男の姿は見当たらない。女だけの部族なのだろうか。
彼女たちはアルの存在に気づくと、一様に動きを止め、好奇と畏怖の入り混じったような視線を向けてきた。
(……やっぱり、あの部族に攫われたのね)
絶望的な事実を再認識する。だが、不思議と恐怖は薄れていた。殺されるわけでも、乱暴に扱われるわけでもない。むしろ、怪我の手当をされ、清潔な寝床まで与えられている。これは一体どういうことなのか。
(もしかして……客人としてもてなされている……?)
突拍子もない考えだったが、それ以外にこの状況を説明できる言葉が見つからない。アウトローの世界では、敵対組織の捕虜にこのような丁重な扱いをすることはまずない。
「そうよ……きっとそうに違いないわ。私ほどの器量を見れば、敵でさえ敬意を払わざるを得ない。そういうことよ!」
アルは得意のポジティブシンキングで自らを鼓舞した。そうだ、これはチャンスかもしれない。この部族と友好関係を築き、便利屋68の新たなビジネスパートナーとする。それこそ社長としての器量が試される時……!
(そうよ、これはビジネスチャンス……!)
アルが一人、峡谷の壮大な景色を前に未来の成功を思い描き、不敵な笑みを浮かべた、その時だった。ふと、自身の姿が視界の端に入り、その思考は現実へと引き戻される。
「……って、これじゃダメかもしれないわね」
自分の服装を見下ろし、アルは声を上げた。愛用のジャケットもブラウスも、先の襲撃で付いたであろう煤や土埃で汚れ、おまけに乾いた血の跡までこびりついている。これでは便利屋68社長の威厳も何もない。ただの薄汚れた遭難者だ。
「これでは交渉の席に着く前に、舐められてしまうわ……!まずは身なりを整えないと!」
体面を何よりも重んじるアルは、慌てて身を翻し、先程まで寝かされていた小屋の中へと駆け戻った。交渉の第一歩は、相手に侮られない毅然とした態度と、それを裏付ける完璧な身だしなみから。それがアウトローの流儀というものだ。
小屋の中を見渡し、着替えになりそうなものを探す。しかし、そこにあるのは寝台と簡素な調度品のみ。途方に暮れかけたアルの目に、寝台の脇に丁寧に畳まれて置かれた一揃いの衣服が留まった。
「これは……?」
手に取ってみると、それは滑らかな手触りのなめし革と、大きく瑞々しい葉を巧みに組み合わせ、美しい鳥の羽根や獣の骨で装飾を施した、明らかにこの部族の者たちが身につけているものと同じ様式の服だった。
それは、服と呼ぶにはあまりにも布面積が少なかった。胸を覆うのは幅の狭い帯、腰に巻くのも膝上までしかない葉のスカート。それらを繋ぐのは、細い革紐だけ。肌の大部分が剥き出しになる、極めて原始的で、大胆なデザインだ。
アルはそれをまじまじと見つめ、そして、勢いよく放り投げた。
「いや流石に着ないわよ、これ!?破廉恥にも程があるでしょう!」
思わずノリツッコミが炸裂する。こんな格好、ゲヘナの街中を歩けば即刻風紀委員会に連行されるレベルだ。便利屋68社長としての品位が疑われてしまう。
しかし、とアルは現状を再確認する。手元にある服は、この破廉恥な衣装か、今着ているボロボロで薄汚れた服の二択。どちらも社長の威厳を示すには程遠い。
「うぅ……どうしろって言うのよ……」
外に出れば人々の視線が突き刺さる。かといって、このボロボロの服のままでは、交渉どころではない。まさに八方塞がり。アルが頭を抱えて呻いていると、小屋の入り口の布がそっとめくられた。
「……?」
立っていたのは、まだ幼い、日焼けした肌の少女だった。歳はムツキと同じくらいだろうか。大きな瞳でアルをじっと見つめ、やがて、はにかむように笑った。
少女は言葉を発することなく、小屋の中へ入ってくると、アルの汚れた服を指差した。そして、川で布を洗い、岩の上で干すような仕草をしてみせる。
どうやら、汚れた服を洗濯してくれると伝えているらしい。そして次に、脇に置かれた部族の服を指差し、それを着るようにと、にこやかな笑顔で促してきた。
「あ……えっと……」
その曇りのない純粋な善意を前に、アルは言葉に詰まる。こんな幼い子供の親切を、無下に断ることなどできるだろうか。いや、できない。ここで断るのは、人として、そして何よりアウトローとして器が小さい。
「……しょ、仕方ないわね。あなたの親切、この私が受け取ってあげるわ」
あくまでも施しを受けるのではなく、対等な立場で受け入れてやるのだ、という体裁を必死に保ちながら、アルは頷いた。少女は嬉しそうにぱあっと顔を輝かせる。
その笑顔に絆され、アルは観念してジャケットとブラウスを脱ぎ、少女に手渡した。少女はそれを大事そうに抱えると、ぺこりとお辞儀をして、再び小屋の外へと出て行った。
後に残されたのは、タンクトップとスカートという下着に近い格好のアルと、一揃いの部族の衣装だけ。
「…………」
いよいよ、どうしようもなくなった。
「……こ、これも異文化交流の一環よ。郷に入っては郷に従え、って言うじゃない。そう、これは文化を尊重する高尚な行いなのよ……!」
誰に言うでもない言い訳を呟きながら、アルは震える手でその破廉恥な衣装を手に取った。
ひんやりとした葉と、ざらりとした革の感触が素肌に直接触れる。胸を覆う革帯は、乳房の輪郭を隠しきれずにくっきりと浮かび上がらせ、心許ない。腰に巻いた葉のスカートは、少し動くだけでざわめき、太ももが大胆に覗いた。背中も、腹部も、ほとんどが無防備に外気に晒されている。スースーとした感覚が、羞恥心を容赦なく煽った。
鏡はないが、自分の姿がとんでもなく扇情的であることは、想像に難くない。
「うぅ……こんな格好で外に出るなんて……」
顔を真っ赤にしながらも、アルは意を決して小屋の入り口の布をめくった。いつまでもこうしているわけにはいかない。
一歩、外へ踏み出す。
その瞬間、集落の喧騒がぴたりと止んだ。
働いていた者も、談笑していた者も、遊んでいた子供たちでさえ、全ての部族民がアルに視線を釘付けにした。
彼女たちの褐色の肌が並ぶ中で、アルの透けるように白い肌は、まるで暗闇に浮かぶ月のようだった。部族の衣装を身につけたことで、その肌の白さと柔らかな体の線は、以前にも増して際立ってしまっている。
好奇、驚嘆、そしてどこか神聖なものを見るかのような眼差し。無数の視線が、無防備に晒されたアルの肌に突き刺さる。
(こ、こんなはずじゃなかったのにぃぃぃ!)
目立たないようにと着替えたはずが、かえって注目を集めてしまうという最悪の結果に、アルは内心で絶叫するのだった。
本格的なエロシーンは次話からです。
10話以下くらいで終わる予定。