とあるセフレたちの週末 〜繋がりっぱなし交尾で貪りあう二泊三日間〜 作:若菜はかり
大学から自転車でおよそ一〇分、山裾の低層住宅が多い地区に俺が住むアパートはある。
真衣と別れたあの後、俺は酒と肴の買い出しを大急ぎで済ませると、これまた大慌てで自室の掃除に勤しんだ。曲がりなりにも女子を迎え入れるのだから、野郎ばかりで飲むのはワケが違う。元々整理整頓など得意な性質ではないが、それでも何とか格好をつけるために奮起し、それなりに見られる程度まで片付いた頃にはすっかり汗だくとなってしまっていた。
しかし、これからすることを考えれば身綺麗にしておかないといけない。
飲みのセッティングを始めたところではたとそれに気づき、特急でシャワーを浴び終わったタイミングで、ちょうど真衣の来訪を告げるドアチャイムが鳴った。
「――かんぱ~い!」
ローテーブルを囲んだ俺と真衣の声が重なると同時に、突き合わせた互いのグラスがカチンと音を立てた。
俺はビール、真衣は酎ハイ。それぞれ好みの酒に口をつけ、一気に呷る。
二人の間から言葉が消える。
ただ、ゴクリ、ゴクリ、と喉が鳴る音がする。
十秒近く続いた歓喜の喉越しの果て、俺たちはほぼ同時に盛大な息継ぎをした。
「ぷはぁ~っ。いやぁ、生き返るねぇ」
「ああ、本当に。まさに甘露ってやつだな」
グラスをガチャンとテーブルに置きつつ、親父世代でもなかなか言わなさそうな感想を言い合う。言い出しっぺのくせにまさか俺が乗っかるとは思っていなかったのか、真衣は意外そうな表情で俺を見つめた後、ブッと噴き出した。
「ふふっ、甘露って……その言い回しを実際にする人、初めて見たよ」
「そっちこそ、酎ハイ飲んで何が『生き返る』だ。ジュースみたいなもんだろうが」
「あ~、そういうこと言うんだ? 自分もまだ大してビールの味わかんないって言ってたくせに」
「それでも最初の一口は違うんだよ。渇いた喉にガツンって来る美味さっていうか」
「え~? 本当かなぁ」
疑わしげな眼でこちらを見つめながら、真衣は小鉢のたこわさに箸を伸ばす。
ひょいと口に運んで一噛み、二噛み。美味しそうに目を細めた直後、かっと目を見開いたかと思うと慌てて鼻頭を摘まんだ。
「かっ、ら……ッ! これ結構ワサビ効いてる……っ」
「バカ、一口がデカすぎだ。こういうのはもっとチビチビ摘まむもんなんだって。……まぁいいや。ほら、酒で流し込んでしまえ」
苦悶の表情を浮かべる飲み相手に助け舟を出すようにグラスを手渡す。すると、受け取った真衣は半分ほど残った酎ハイを一気に飲み干してしまった。
果汁の甘さと炭酸の刺激が上手くワサビの激烈さを誤魔化したのか、それで少し落ち着いたようだ。だが、その目尻には今にも零れ落ちてしまいそうな涙が浮かんでいた。
「まったく情けねぇな。文学部の王子様が聞いて呆れるぜ」
そんな憎まれ口を叩きつつも、俺は密かに頬が緩みそうになるのを必死に我慢していた。
ミスキャンパスを霞ませるほどの存在感を放つ、学内一のイケメン女子。
その素顔が案外子どもっぽいことを大学の連中は誰も知らない。真衣も友人たちの前ではキャラを崩さないと以前言っていたから、それは確かなのだろう。
知っているのは自分だけ。その優越感はどこかくすぐったく、俺の自尊心を満足させる。
と同時に、この状況はどこか現実離れしているようにも思えた。生まれてから二十年間、色恋沙汰とはほぼ無縁の人生を歩んできた俺の懐に、あるとき自然と潜り込んできた真衣。そして、俺たちは今ではすっかり馴れ親しんだ仲になっている。
それはボーイッシュな彼女が醸し出す男友達のような気安さによるものか。
もしくは、もっと別のモノ。例えば(到底ありえないが)、俺と彼女とを結ぶ天性の相性の良さ、といった類のものに起因するのか……。
「――ねぇ、ねぇったら!」
「ん、あ?」
と、そこで身を乗り出した真衣が訝しげに俺の顔を覗き込んでいるのに気づいて、ハッと我に返った。
つい知らぬ間に余計な物思いに耽ってしまったらしい。
俺は咄嗟に「ごめんごめん」と謝る。
それでも真衣は前のめりの姿勢のまま、不満そうに眉をひそめていた。
「もう、私の話聞いてた? 撮りためてたアニメ、見せてくれるんだったよね?」
「ああ、その話か。今月頭から始まった例の作品だろ。ちゃんと見れるようになってるから心配すんなって。なんなら、今からでも流すか?」
「え、いいの? もっと勿体ぶるのかなって思ってたけど」
「四話分だからな。早いとこ始めないと、飲んだ後だと眠くなっちまう」
そう言いながらテレビのリモコンに手を伸ばす。俺が手早く再生準備をしている間に、真衣はいそいそと立ち上がると、俺の右隣にグラスと皿を持って移動してきた。
「こっちで並んで座った方が見やすいでしょ」
「……ああ、そうだな」
流れるような所作で俺のパーソナルスぺースの内側に入り込んでくる真衣。彼女はその細い肩を、そして次に頭をコテンと俺の身体に預けてきた。
またあの爽やかな匂いがした。それから少しだけ、汗の匂いも。
全身の筋肉が一斉に緊張するのがわかった。それを気取られないように、俺は無言のまま再生ボタンを押した。
話題のファンタジーアニメの華々しいオープニングが始まる。
ちらりと横を見ると、真衣はすっかり画面にくぎ付けになっていた。
***
「う~ん、なんか思ってたのと違う感じするなぁ。ねぇ、そう思わない?」
「そうか? 俺は普通に面白いと思うけどな」
グラスを傾けながらのアニメ鑑賞会も、三話分まで見終わった頃。
酎ハイの缶を二本空け、すっかり俺の肩を枕にしてくつろいでいた真衣は、どこか面白くなさそうな顔でそんな愚痴を口にした。
「そういや、お前は原作の方も読んでるんだっけ?」
たしか前にそう聞いたことを思い出し、尋ねてみる。
すると彼女は頷き、堰を切ったように語り出した。
「うん。だからずっと放送されるの楽しみにしてたんだ。けど、ネット見る限りでは微妙って感想もあったし、正直言って今日見るまで不安だったんだよね~。でも、そっかー。なるほどなぁ」
「何だよ、その言い方。どこか原作と違うのか?」
「まぁ、端的に言ったらそうだね。もちろん小説とアニメじゃ見せ方が違うし、原作知らない人でもストーリーとかキャラクターがわかりやすいように改変するのは仕方ないとは思うんだけど……」
「だけど?」
「はっきりしたところだと、時系列の入れ替えが気になったかな。アニメだとそのおかげでわかりやすくはなってるんだけど、物語が進むにしたがって世界観が明らかになっていく気持ち良さが薄らいじゃってる感じ」
「へぇ、なるほどな。流石は原作勢」
そんなやり取りをしている間に、俺はもう何度も見たオープニングを早送りした。
最新話が始まる。けれども、真衣の集中力はもうすっかり失せてしまったらしかった。
「……何やってるんだ?」
胸板の上あたりを小さな何かが突く。
見下ろすと、握り拳に人差し指だけを立てた真衣が、また再び俺の胸を突っつこうとしていた。
「えっ、何って乳首当てゲーム」
「本当に何やってんだよ……」
見てわからないのが不思議だとでもいうような口調で、真衣は答える。
俺はあからさまに大きなため息をついた。
しかし、呆れている俺には目もくれず、彼女は退屈しのぎのゲームを続行する。
見るからに酔いが回っている様子だ。こんな面白くもない遊びに、目尻をトロンとさせながら熱心に興じている。
「……当たり」
「お、やった」
何度目かのチャレンジがクリティカルヒットし、渋々正解を告げると真衣は小さな歓声を上げた。
しかし、まだ遊び足りないらしい。今度は左の胸に手を伸ばしてくる。
その動きとともに身を乗り出した彼女の柔らかな膨らみがムニュリと押し当てられた。
俺はその感触になるべく意識を向けないようにテレビ画面を凝視した。試験期間中はあれだけ楽しみにしていたというのに、内容は全くと言っていいほど頭に入ってこなかった。
「そっちも当たりだ。ほら、もういいだろ?」
「えぇ~」
幸い二回目はすぐに探し当てたので、正解を告げてさっさと切り上げようとする。
だが、真衣は未練がましそうに不満を垂れ、爪を立ててカリカリと軽く引っ搔いた。
服越しとはいえ、皮膚の薄いところを弄られるむず痒さに図らずも眉根が寄る。しまったと思ったときには、真衣は悪戯が成功した子どものような笑みを浮かべていた。
「えへへ。亮太、これ気持ち良いんだ?」
「いい加減にしろよ、真衣。あんまりおちょくると……」
大学含め人前では互いに苗字呼びだが、二人きりの時は名前で呼ぶ。
俺たちの仲はその程度には親密だった。
だから時には、こんなふうにじゃれあったりもする。
そして、そのじゃれあいの延長線上に俺たちの関係の本質があった。
「……んっ、あ」
俺の胸板に視線も意識も集中している真衣。その腋の下から密かに右手を差し入れ、タイトなサマーニットに包まれた大質量のバストを撫であげる。
四本の指先で軽く、表面だけをさすり上げるように。
たったそれだけのタッチで彼女は肩をピクンと跳ねさせた。
「当たったか?」
素っ気なくそう聞くと、真衣は軽く俺を睨みつけた。
「……今の触り方は反則。あんなんじゃ、適当にやっても指のどれかが当たるじゃん」
「なら、リトライか」
その問いには答えず、真衣は立ち上がった。
そして、俺の両脚の間に身体を割り込ませると、こちらに背中を向けて座り込む。
「おい、真衣?」
呼びかけても応答はなし。こちらからその表情はうかがい知れない。
けれど、全てを委ねるように預けられる彼女の重みが、代わりに答えを語っているように思えた。
「……じゃあ、次は亮太の番ね」
俺の両手を取り、そのくびれた腰回りに巻き付かせながら、真衣はようやく呟いた。
俯いた彼女はもうアニメなど見ていない。
俺はすぐそばに置いていたリモコンを手に取ると、テレビを消した。
「…………あっ」
たわわに実った双丘を支えるように両手を這わし、指先でジッと狙いをつけると、真衣は慄いたように息を呑んだ。
豊潤な曲線を描く乳房の、中央から僅かに逸れた位置にあるその一点。
少し焦らしたあと、左右の人差し指で同時に押し込む。すると彼女は美男子のような見た目からは想像もつかない艶やかな吐息を漏らした。
「……く、はあぁん……っ」
「今度こそ当たったな?」
「ち、違っ、そこはハズレ……や、あぁっ」
一発で当てられた悔し紛れに真衣は嘘をついたようだ。しかし、先ほど彼女にやられたように爪先でカリカリと擦ってやると、簡単に馬脚を現した。
身体をくの字に曲げて逃げようとするが、俺は逃がさずに責め続ける。
服越しだというのに彼女の乳首は敏感だった。面白いほどに感じて、喘ぐように息を詰まらせる。あるいはくすぐったさもあるのか、靴下越しに足の指が悶えているのが見えた。
そこまでやってようやく真衣は音を上げた。
「ちょ、ちょっと待って! 謝る、謝るから!」
「謝るって、何を?」
「嘘、ついたこと……んぅ、やっ……あっ」
「嘘って?」
「乳首の場所、そこで合ってる……だから、いったん止めて……っ」
息苦しそうに声を詰まらせつつ、丸めた背中をビクビクと震わせる。
そんな彼女の姿に一応満足し、俺は指先の動きを止めた。
「あ、ありがとう……」
一転して殊勝な態度になって礼を言う真衣。
ただ俺の両手は依然として彼女の胸にあったから、安心できない様子ではあったが。
「ところで、この生地触り心地いいな」
「……へ?」
そこで警戒心を解くために俺は話題を変えた。
だが、いきなり服について言及するのは流石に悪手だったようだ。何の脈絡もない。
結果として鳩が豆鉄砲を食ったような声を真衣は漏らし、俺はひどく後悔した。
「ま、まぁそうだね。着心地はいいよ。冷感素材だから案外涼しいし」
「冷感素材か。たしかに何かヒヤリとするかも」
それでも彼女は気を取り直して話を繋いでくれる。俺は内心感謝した。
ついでにこの際だからと、ずっと気になっていたことも聞いてみる。
「けど、大学で会った時と色が違うよな。着替えたのか?」
たしかキャンパス内のカフェで話した時、真衣は白のニットに黒地のシャツを羽織っていたはずだ。しかし今は、ニットはブラウンだったし、シャツは白地のものに変わっていた。
「うん。今日一日でそれなりに汗かいたし、いったん家に帰った時にシャワー浴びたから」
でも、と彼女は言いかけて、こちらを振り返った。
その口元には既に笑みが戻っていて、俺を何か企んだ表情で見つめている。
「……何だよ」
「亮太さ。今日の私の格好、実は結構気に入ってるんでしょ?」
「は?」
「だって、いつもと目が違ったもん。普段はチラ見するの我慢できてるのに、今日は全然そうじゃなかったし。というか、ほとんどガン見だった」
「う、嘘つけ」
「本当だって。だから一度着替えたけど、コーデは変えずに来たんだよ」
狼狽を隠せない俺に、真衣は余裕の表情を向けてくる。
正直、否定のしようがなかった。上手い言い訳も思い浮かばず、俺はじきに観念した。
「……だってな。そんな大胆に身体の線が見える服を着られたら見るしかないだろ。ノースリーブだしさ。その上、透け透けのシャツまで着やがって」
「透け透けって、このシアーシャツのこと?」
「いや知らんが。そう呼ぶのか?」
自慢ではないが、俺はファッションには詳しくないのだ。ただでさえ自分の服選びに苦労するのに、女性ものの衣服の名前など知っているわけがない。
すっかり情けない面を晒しているだろう俺を見て、真衣はくすくすと笑った。
とはいえ、それは馬鹿にしている笑いではなく、面白いボケ漫才でも見た時のようなそれだった。
「まぁ、ともかくだ。よく似合ってると思うぞ。今さらだけど」
「ふふっ、ありがと」
真衣は少し気恥ずかしそうにはにかむ。
そこで俺たちの間にふっと沈黙が下りた。
「……ねぇ、このまましよっか?」
「……ああ」
やがて色白の頬を朱に染めた真衣が控えめに誘惑してくる。
俺はそれに応えるように、彼女の肩を少し強い力で抱いた。