エンゼル・フォールン ~少女たちは歪んだ教義の犠牲になる~ 作:水上些事
「…………くしゅん」
「あら。シア、大丈夫? 体が冷えてしまったかしら」
「そうかも。ふふ、ずっとお腹、出しっぱなしだし」
「……そうね。早く終わらせてしまわないといけないわね」
笑顔の少女が、こくんと頷きを返す。
いったん体を清拭し、服と目隠しを新しいものに取り換えられたシア。先ほどのパメラの凶行を忘れたかのように普段通りの明るい声を出すその様子は、むしろ女の心を締め付けた。
――激しい出来事の余韻が残る部屋からいったんシアを連れ出し、すぐ近くにあるパメラの居室に移ってしばらく。先ほどより大分狭くなった部屋のベッドに仰向けになった少女の顔には、疲労が滲んでいる。
窓から見える教会正面の尖塔に、満月の一部がかかっていた。それはつまり、月が下り始めているということ……時間的な猶予が刻一刻と無くなっている事実を、従者は口にせず黙っている。
「シア、貴方の部屋のベッドに比べたら、狭いし固いでしょう? ごめんなさい、こんなことになって」
「もう、ごめんなさいは止めてって、さっき約束したでしょう?」
「そうだったわね。ごめ……あっ」
「ふふっ。今日のパメラさん、おかしいわ」
「……むう」
言い返す言葉もなく、従者は赤面した。
先ほど、たった数分で一生分の謝罪の言葉を吐いたパメラを、シアは快く許した――耐えられなかった自分が悪い。だからこの話はもう終わり。謝るのは、禁止。
「それともパメラさん、わたしのことからかってる? わたしとの約束なんて、守らなくていいって思ってたりしない?」
「なっ、ち、違うわ! 本当にうっかりしてしまっただけなの。ごめんなさい、嫌わないで、シア」
「ふふふっ、冗談だよパメラさん、『ごめんなさい』。はい、これでおあいこね」
くすくすと、屈託なく笑う少女。足を広げて無垢な秘部を晒け出した姿でなければ、それはこの世の何よりもたおやかで可愛らしい仕草に見えただろう。
パメラにはそれがあくまで、自身の罪悪感を
彼女が悪意ある言い方をする筈がない。
内心では、分かっている。
「? どうかした? パメラさん」
「……いえ、何でもない。何でもないわ、シア」
パメラは救いを求めて、発作的にシアの手を取ってしまいそうになったのをすんでのところで堪えた。
少女が視界を塞がれているこの状況では、無用な刺激と緊張を与えるだけだと思ったから。
「……そろそろ始めましょう、シア。早く終わって、暖かくして寝ないとね」
「うん。でも……"釘"なんて入ったら、ちゃんと眠れるか分からないかも」
「それなら、貴方が眠るまで頭を撫でてあげるわ。子守歌も歌ってあげる。私がそういうの、得意なのは知ってるでしょう?」
「もう、いつまでも子どもじゃないんだから。でも……ありがとう。パメラさん」
それだけ言うと、少女は覚悟を決めたように口をつぐんだ。
シアの部屋に比べて日当たりの悪いこの場所では、夜は天井に吊った燭台の明かりだけが頼りだ。
ゆらゆらと揺れる光源に照らされる少女と従者。
そして、傍らの"釘"。
――パメラの指四本分に近い太さに加えて、長さ十二センチにもなる長大な器具。固さを残したゴムを先の丸い円錐状に整形した表面には、各所に小さな穴が点在する。
器具の手元には潤滑液を流し込む注入口と、その液を穴の部分に押し出して滲出させるためのピストン機構がついていて、スムーズな抽送を助ける。
そして、腸内に器具を固定するための、卑猥な下着にしか見えない伸縮性のバンド。
これから儀式の日まで残り二十八日、シアは毎晩これを装着する。
『人としての意識が消失する睡眠時は、体内の聖性と悪性それぞれの純度が最も高まる。だからその悪性を"釘"で効率よく浄化することで、心身の清廉さを保つ』……という、方便。
既に何日も前から、尻穴の開発のために特別な果実や水分のみを主とした極端な食生活に変えさせられて、その上でさらに毎晩身体的な負担を強いられる。
要は、すべて『慣らす』ための行為。
「シア。釘を入れる前に、念のためもう一度"聖筆"の処置を行うわ」
ああ、こんなことを真顔で口にしないといけない、本当にくだらない欺瞞。メッキで包んだ下世話な台詞。
――今から貴方のお尻に太いものをぶち込むけれど、優しい私は今から肛門を小さいものでもう一度慣らしてあげる。
くだらない。
くだらない。くだらない。くだらない。くだらない。
従者は苛立ちのあまり叫び声を上げそうになった。何で私は、こんなことをしている?
「……はい、パメラさん。お願い、します」
葛藤する女の目の前で、シアは先ほどと同じように両膝を立てた状態で、たどたどしく呟いた。
美しいオーロラのようにベッドに広がる銀髪。
人知の上澄みにあるレベルで整った容姿でありながら、心に無邪気な優しさを内包した少女は、祈りの形に組んだ手を胸に当てている。決意を露にしているように見えて、しかし唇のかすかな震えまでは隠せていない。
パメラはその姿に、かつての自分を見た。
少女にも決して引けを取らない端整で大人びた顔が、様々な形に歪む。苦しみ、怒り、悲哀、諦観……。
それらが混ざって圧縮され、
「…………苦しかったら、止めるから。すぐに言ってね、シア」
「はい」
パメラは少女の足元から身を乗り出し、股間を見下ろす位置に居座った。
いずれにせよ痛苦から逃がれられないのなら、せめて少しでも彼女の負担を軽くしてあげたい……従者は夜通しでもシアに付き合おうという意思を胸に、潤滑液に指先を浸した。
そのまま細い肉筆の先端を、下側の秘部にそっと押し当てる。
「んっ……!」
今はぎゅっと小さく収縮した中央口、そして周辺を囲む皺。その皺の一つ一つに液を馴染ませるように、パメラはくりくりと指の腹で優しく愛撫を始めた。
すり鉢の底を捏ねるようなゆっくりとした回転の動きで、たっぷりと十秒近くをかけて一周するのを繰り返す。さすがに七日間で慣れてきたのだろうか、これだけでは呼吸の乱れはほとんど見られない。
しかし時おり蕾を爪先で横切る動作を加えるだけで、少女の脚に顕著な震えが生まれた。そのつど弾む吐息の中に不快感が滲んでいないか、今の従者には判断する自信があまり無い。
「シア、大丈夫? 痛かったりしないかしら」
「んぅ……だっ、大丈夫……」
先ほどは自分のせいで彼女を悲しませてしまったのだ。慎重にしなくては。
女の指からの刺激に、肛門がひくひくと反応を返し始める。そのすぐ上には、まだ一切の穢れを受け入れたことのない少女の秘部があった。
まだ開花の兆しすらないのではないか、と思えるほどぴたりと閉じた陰唇と薄い皮に包まれたクリトリス。その縦筋の下端には、真っ赤な果実に小人用のスプーンをひとさししたかのような、小さく丸い穴がある。
きっと少女自身はこの部分を、単に小水が出てくるだけの場所だとでも思っているのだろう。
周りは誰もそう思っていない。
(……いけないわ。集中しなきゃ)
後のことを憂いても仕方ない。今はシアの苦痛を取り除くことだけ考えるべきだ。
パメラは視線を下に戻し、無意識に続けていた慰撫に注力した。潤滑液を指に塗布し直して、回転の速さを強める。ぬりゅぬりゅと回す動きに加え、何回転かごとに指先を中央部に擦りつけ、滑りがよくなっているかを確認する。
このあとの『本番』を考えれば、準備はしてもし足りない。
「シア。本当に大丈夫? 加減が強かったりしない?」
「パ、パメラさん……っ! わたしは大丈夫だから、何回も聞かないで……!」
「あっ、ご、ごめんなさい」
「痛かったりしたら、わたしからちゃんと言うから……!」
今の声からははっきりと、羞恥による怒りに近い感情があったのを察知してしまい、従者はしゅんと肩を落とした。
自分が上手くやろうとすることだけ考えて、シアの気持ちを慮れないのでは本末転倒ではないか。目の前の少女が拗ねたように顔を背けたのを見て、申し訳なさに思わず目頭が熱くなったパメラは、とっさに二の腕で目元を拭った。
本当に今日は、どうしようもない失敗ばかりだ。
でも、だからこそ、いつもは口にしないような言葉が溢れるのを止められない。
「……じゃあ、今から貴方の中にまた"筆"を入れるわ。本当に、苦しいならすぐ教えて」
「もうっ、だから……」
「貴方のことが心配なの。ふざけてるわけでもからかってるわけでもない。お願い、分かって、シア」
「……!」
従者の心からそのまま染み出したような悲痛な響きに、少女は発しかけた
普段から優しく、あれこれと世話を焼いてくれるパメラが切なる願いを問うている。それを無下にするような精神性は、シアの中には一かけらすらも存在しない。
「……うん、ありがとう。大丈夫だよパメラさん。何かあったらすぐに言う」
「ええ」
「でも、少し怖いから……できれば、優しく、してね」
少女が何気なく添えた末尾のワードは、女の心臓をどくんと跳ねさせた。
世の男が聞けば歓喜に打ち震えるようなセリフ。しかし今の従者に対しては、「今この少女の期待に応えられるのは自分しかいないのだ」という、奇妙な高揚感と使命感を引き起こす言葉として作用した。
上擦った声で快諾しながら、パメラはぴちゃぴちゃと液に指を浸し直す。そのまま若干の震えを伴いながら差し出した指は、誤って蕾の中心を引っかき、少女に驚いたような声を上げさせた。
「ひぅっ!?」
「あっ、ご、ごめんなさい……」
謝罪をしつつ、改めて窪んだ部分に中指の先を真っすぐに押し付ける。シアの体がわずかに竦み、胸に置かれた両手が上下する速度が上がった。
先ほどの事を思い出しているのか、閉じた口の中で軽く奥歯を噛みしめているのが見て取れる。従者はふと頭に浮かんだ中止の二文字を振り払い、先端を押し出す力にそっと、少しずつ力を込め始めた。
"釘"の挿入は、結果的に今晩中であればいいのだ。
ゆっくり慣らす。何時間かけてでも。大切なシアの体のために。
力を入れる。ほんの少しずつ。少しずつ、少しずつ。
ず……にゅるん!
「ん、あっ……」
…………?
え?
――パメラは、たっぷり十秒近く体を硬直させた。
挿入を試みたその指先は、せいぜい二割程度しか力を入れていないつもりだった。先ほどまでのシアなら、まだ蕾が押し開かれる予兆すらなかった筈の力加減。
ましてや、その肛口は散々にいたぶられたばかり。苦痛の記憶を刻まれた門を開くのには困難を極める筈で、だから女は何十分でも時間をかけて最初の侵入を果たすつもりでいた。
それなのに。
それなのに今、肉門からほんの一瞬の反発を感じたのち――ぬるんと、従者の指は半分ほどがあっさり、シアの内部に吸い込まれてしまった。
「…………え?」
呆然と呟くパメラの肉筆を、少女の肉輪がぎゅっと締め付ける。
自身の認識を疑う女の指には、潤滑液とは異なる粘度のぬめりと暖かい肉の圧力が確かに伝わり、目前の光景が幻視でないことを訴えてきた。
しかし、それでも現状を信じられないパメラは、恐る恐る指を抜いてみることにした。
ぐっ……ずるる、にゅぽん!
「はぁ、ん……」
一瞬の抵抗感があったのち、指はあっさりと抜けた。
生々しい熱を持つその部分を見つめてみても、おかしなところはまったくない。てらてらと濡れ光る液体と、シアの肛壁のざらついた感触がつぶさに残っているだけ。
パメラの頭に大量の疑問符が浮かんだ。理解できなかったのは、抜き差しの容易さについてだけではない。
その時のシアの声に苦痛らしきものが一切ない――蕩ける様な嬌声を上げていたことが、従者を一番困惑させていた。
「はぁー……はぁー……」
少女の呼吸は、挿入の感触を
すでにその緊張がほぐれていることは、握った両手の緩み方から明らかだ。祈りというよりはもはや、媚びてお願いをする淫売のそれに近しく感じる。
どこからか、また甘い匂いが漂い始めた。呼吸をして香りを吸い込むたび、浮遊感に近しい神経のざわつきが全身を駆け巡る。
一方の少女は、次の刺激がなかなかやってこないことを訝しむかのように、頭を起こして従者のいる方を見つめた。燭台の灯りの揺らめきによる光の加減を受けた唇が、「まだ?」と催促の形に蠢いた――そのようにパメラは錯覚した。
「…………シア?」
「うん?」
「あ、その、どうだった? 痛いとか苦しいとかはなかった?」
「……大丈夫。全然苦しくなかったから、続けていいよ」
何の気負いもない自然体の返答に、従者は逆に戸惑った。しかし本人が問題ないというなら続けるしかない。
動揺を抑えつつ、改めて不浄の門に指の先端を沿わせる。
シアの体の竦みはもうない。代わりに少女は、ご褒美を今か今かと待ちわびる犬のように、浅く弾む息づきをもって次の動作を待ち構えている。
早く、早く、早く、早く――
ず、にゅるるるる……
「はっあ、あぁぁ……」
暖かい湯にでも浸かったかのように、
その反応で従者は確信せざるを得なかった。シアは痛苦など感じていないどころか、明らかに悦楽に近い感覚を得ている。
先ほどシアの部屋で処置をしていた際、思い切り指を引き抜いて大きな声を上げさせた時とはまるで別物。
あの時は彼女のひときわ敏感な部分をたまたま探り当て、強く刺激したことにより発された一過性のもの。
しかし今、彼女はもっとシンプルな――ゆっくりと媚肉を擦るパメラの"筆"から伝わる刺激を敏感に味わい、その全てを快楽に変換しようとする試みに入っているかのようにすら、従者は感じられた。
ぬぽ、ぐちゅ、にゅぽ、ぐちゅ……
「あっ、あぁ、ぁ……」
第二関節の太い部分が引き抜かれ、肛輪をむりむりとめくり上げる。
夜陰に露出した、信じられないほど鮮やかで淫猥なピンク色の肉は再挿入によって体内に押し戻され、その圧迫感が少女に震えるような背徳の喜びをもたらす。
腸内はそうそう快楽を得られるような器官ではない。少なくともパメラは、自身の後穴への行為について苦痛以外の感覚を味わったことがない。
しかし、シアはそうではない。今まさに自分が知らない未知の種を、目の前で発芽させようとしている。
――ぬぽっ、ぐちゅ、にゅぽ……ずりゅ、りゅるるるる……
「ひあっ……! やっ、お、おく……っ!」
試しに根元近くまで入れてみるも、上がったのは嬌声のみ。
余りにも容易くなった侵入。シアの肛輪が緩んでしまったのかと従者は誤解しかけたが、どうやら違うようだった。何度か抜き差ししてみて、よく分かった。
体の力の抜き方が……いや、体内への『受け入れ方』が、驚くほどに巧みになっているのだ。
穴の入口をつんと擦るだけで、瞬時に肛門の力が緩んで訪問者を快く迎える。そして招き入れた後は、体温以上に温かく感じるぬめぬめと滑らかなひだが、指をぎゅっと強く抱き絞めてくる……。
前日まではこんな予兆はまったくなかったのに。
たった一日で。いや、この数時間で。
少女の体は、淫媚なものに変わってしまった。
――ぐちゅっ、ずぢゅ、ぐちゅ、ぐちゅっ……!
「やっ、だめっ……! あぅ、いっ、あんっ!!」
空気を震わせるシアの媚声が、女の脳を揺らす。
呼吸を忘れて前後の動きに没頭しそうになるのを、唇を噛んで抑えながら、パメラは一方で心中に生まれた葛藤と戦っていた。
このまま愛撫を続ければ、自分が一度も経験したことのない絶頂にシアは至るかも知れない。内心では、そこまで彼女を導くことへの欲求や好奇心が頭をもたげてしまっている。
……でも、それはシアが望んでいることなのか?
先ほどこの子を泣かせてしまって、もうしないと内省しておきながら、今なお快楽の果てに向かって彼女の手を引こうとするのは、本当にシアのため?
――ずりゅっ! ぐぢゅっ! ぐちゅ……ぬちゅぐちゅぐちゅぬちゅ!
「はひっ、あぁっ、ああ"ぁぁぁぁっ……!」
シアは指を、いや聖筆を……『司教様の言う通り』あるがままに受け入れ、あるがままに喘ぎ声を発している。
少女にとってこの行為は、あくまで皆の規範となる存在になるための処置の一環。それ以上でもそれ以下でもない。
ただ命ぜられたままに行為を受け入れ、その結果として生まれた感情を素直に発露しているだけ。
「はぁっ、あ"っ……パメラ、さん、パメラさんっ……!!」
――ああ、純粋で優しいシア。貴方が本心から他人を疑うことなど、今まで一度も見たことがない。
自分の周りにいるのは皆、敬うに足る人たちばかりで、従っていれば必ず自分が良きものになれると心の底から信じている。
じゃあ、私が持っているこの欲求は何?
シアの体を欲望の捌け口としか捉えていないだろう、あのクズ共と何が違うの?
(…………っ)
パメラはふと、右の手首を切り落としたくなる衝動に駆られた。
シアの細く締まった腰の内部にある、暖かい器官。そこに自分の細長い肉棒が奥まで隠れてしまっている。
それだけでは足りない――中指の両側、人差し指と薬指をシアの股間に蜘蛛のように張り付かせて、その分もっともっと指を中まで突き入れて、もっと暖かい部分まで入り込んでしまいたいと、体が欲求してしまっている。
「はー、はー……あ"んっ、ぅ……」
従者は無言で指を抜き去った。彼女にも自分にも、これ以上の強い刺激が加わらないように。
しばらくの間、部屋の中にはシアの息遣いの音だけが響き……やがて、少女はわずかに上半身を起こした。
眼帯の奥にある、宝石のように美しいライトグリーンの瞳。黒い布越しの視線はまず自身の下腹部をじっと見つめた後、やがて従者のいるあたりに向かって持ち上がる。
「ふー…………ふー…………」
薄暗い中でも分かるほど、赤くのぼせ切った頬。熱い吐息を漏らす唇から垂れたよだれを、拭おうとする素振りすら見せない。
それよりももっと大事なことが、今のシアにはあるのだ。
お願いの手つきはそのまま、理性を溶かす甘い芳香を漂わせ、おねだりするように、艶めく口を開いて……。
(――っぎ、ぃ)
パメラは下唇を力いっぱい噛み締めた。肉が千切れる感触と鋭い痛みが、霞がかった思考を正常なものに引き戻す。
先ほどの二の舞にはならない。常日頃シアに仕える大人としての自負と愛が、少女の発する抗いがたい淫靡な妖気をすんでのところではねのけた。
「……ふぅ……。シア、もう準備は終わり。まだこの後もあることを忘れたら駄目よ」
吹っ切るように立ち上がったパメラの視界に、ぽかんと口を開けて固まる少女の姿が映っている。
従者は窓際に移動すると、ガラスに手を当てて思い切りそれを開け放った。冷たい夜風が鉄錆の味を拭うようにどっとなだれ込んで、部屋中に漂う淫気を外に向かって押し流していく。
一気にクリアになった頭で改めて確認したシアの姿に、先ほどまでの面影はどこにも感じられない。
吹き込んだ冷気に肌を撫でられた少女は、体を一度ぶるりと震わせ――それから、きょろきょろとあたりを見回し始めた。
今さら眼帯の存在を認識したような素振りで目元を触って、露出した自身の腹にぺたぺたと触れ、状況をぼんやりと頭で反芻したあと、言った。
「パメラさん」
「何?」
「風、ちょっと寒い」
「……ふふ。空気が澱んでいたから換気しているのよ。少しだけ我慢してね、シア」
「えー」
これじゃ本当に風邪を引いちゃう、と口を尖らせる少女を愛おしく思いながら、従者はベッドに腰かけてシアの腹部に手のひらを添えた。
ひゃ、と可愛らしい悲鳴を上げる少女を尻目に、パメラはゆっくりと腹を撫でる。汗ばんだ皮膚の熱をゆっくり掻き分けると、張りのある滑らかな肌が吸い付くように従者の愛撫を歓迎してきた。
「こうしてお腹をさすってると、温まってこないかしら。どう?」
「んー……パメラさんの手って冷たいから、あんまり意味ないかも」
「あら、そんな意地悪を言うなんて。悪い子にはおしおきよ、シア」
「えっ? ……ふっ、あはは! やっ、パメラさんくすぐったい! あははははは!」
両側のくびれをさわさわと指で擦られたシアが、無邪気な笑い声を上げる。やめてやめて、と声を弾ませる様子はあどけない子どものようだ。
初めて会った頃の他人行儀さが嘘みたいだとパメラは思った。今でも対外的な場では敬語を使われるけど、こうして二人でいる時だけは軽口を言ったり明け透けな態度で振舞ってくれる。
視界を塞がれたこんな状態なのに、唐突な触れあいを快く受け入れてくれるシア。きっとそれだけ信頼を置いてくれているのだろう。
今からその信頼を裏切る。さっきも一度、泣かせてしまった。
早く地獄に堕ちたい。
「シア」
従者はくすぐる手を止めて、少女の頭に近い場所に座り直した。そのまま手を伸ばして、口元の汚れをそっと指で拭う。
雛鳥のように首を傾げるシアの様子に、様々な思いがとめどなく湧き上がる――その気持ちを今はぐっと飲み込み、パメラは少女の片手にそっと自分の両手を重ね合わせた。
「分かっていると思うけど、今から"釘"の埋め込みを行うわ。その、聖筆よりも少し大きいから辛いだろうけど」
「お筆よりも大きい……えっと、どれぐらい大きいか聞いたらダメ?」
「それは駄目。聖筆もそうだけど、これらは偉大な主から特別に賜った神具だから。私から特徴を伝えたり、直接見たり触れたりして具体的なイメージを持ってしまったら、効果が薄れてしまうの」
「ふーん。そうなんだ……だったらしょうがないね」
あっさりと割り切った少女に、従者は不安な思いを隠せなかった。
いくら物分かりがよくても、それで実際の痛みまで耐えられるようになるわけではない。
「……シア、もし釘を受け入れられそうになかったら、今日はもうやめましょう。その時は私から司教様にお詫びするから」
「もう、パメラさんやめて。今そんなこと言われたら不安になっちゃうよ」
「うっ……そ、そうね」
もっともな指摘に、従者は口をつぐむ。
無理をさせたくないのは紛れもない本心だが、しかし本当に断念されてもそれはそれでまずい。
止めたいけど止められない、矛盾する感情に苛まれるパメラの懊悩を察したように、シアがつとめて明るく話し出した。
「ふふ、本当に大丈夫だよパメラさん。……司教様がね、わたしに毎日優しく声をかけてくださるの」
「……そう。なんてふうに?」
「『シア、あなたはとても優秀ですね。貴方なら間違いなく立派な聖女になれますよ』って。そのおかげで、昼間の
へえそうなの。
――無意識に漏れ出た自身の声色の寒々しさにパメラは戦慄したが、幸運にも少女は特に気に留めなかったらしい。
星空に向かって夢を語るような口調で、シアが続けた。
「司教様だけじゃない、今まで色んな人がわたしのことを応援してくれたのよ。だからわたしもその期待にちゃんと応えなきゃいけないの。少しくらい苦しくてもわたし、頑張るから!」
そう意気込む少女を前に、従者はもう何も言えなかった。
代わりにそっと頭を撫でると、満面の笑みが返ってくる。自身の意思を受け入れてもらえたと思ったのだろう。これで本当に、引き止める理由が無くなってしまった。
パメラは窓を閉めてから少女の足元に回り、ベッドの端に置いてあった"釘"を手に取った。これからシアの肛腔を抉ることになる、おおよそ十二センチの凶器。
今まで用いていた"筆"……中指より倍近くも長く、かつ一回り以上も太い、隆々とした黒い幹。
その器具の手元にある注入口から、潤滑液を限界まで流し入れる。さらに器具の表面に液を何度も塗布してから、従者は少女の蕾に向かって陰茎の模倣物を差し向けた。
過剰に塗された液体がこぼれて、ぼたぼたとシーツに滴る。
ぐりゅ……。
凶器の先端を押し付けられたシアが、びくっと体を竦ませた。
肛門の皺が丸ごと隠れるほどのサイズ感。聖筆とはまるで違う大きさであることを肌で感じ取った少女の口から、一転して怯えた声が漏れた。
「…………あ、あの、パメラさん……今、当たったのって」
「そうよ、釘の先端。今からこれが貴方の中に入るの」
「えっ、う、嘘……」
シアの声色から瞬く間に意気が失せていった。表情からも余裕が無くなり、ひきつったようなものに変わっていく。
さすがの彼女も、それを挿入された場合の『悪い想像』をつい思い浮かべてしまったのかもしれない。
そもそも少女は釘の大きさを知らない以上、ただでさえ聖筆より太いと分かったそれが、どこまで奥に入ってくるのかも分からない状況である。恐れるのも無理はない。
「…………大丈夫。わたしは大丈夫、わたしは大丈夫、わたしは大丈夫……」
気が付くとシアは、押し殺すような声でぶつぶつと同じ言葉を反復していた。
それが恥ずべきことであるかのように、組んだ両手で口元を覆い隠して。
「わたしは大丈夫、わたしは大丈夫、わたしは大丈夫、わたしは大丈夫……」
いくら立派な志があっても、我が身に危険が及んでまでそれを貫けるかどうかは個人差がある。
だが、今までも少女は同じようにして辛いことや苦しいことを乗り越えてきた。処置の一日目にも、初回の巡礼行進のときにも、初めて出会ったときも……かつての記憶に思いを馳せながら、女は黙って少女の動向を見守る。
一定の音域を保っていたその繰言が少しずつ小さくなっていき、代わりに大きく何度か深呼吸をする。そして、迷いを吹っ切るような決然とした意気をもって、シアはパメラの方に顔を向けた。
「パメラさん、お願いがあるの」
「何?」
「今から、終わるまでわたしに声をかけないで。さっきもだけど、気を遣われるとその……甘えてしまいそうだから」
「……ええ」
「それと、もうどうしても死んじゃうってときだけ『やめて』って言うから、それ以外は何を言っても絶対にやめないで」
「わかったわ」
鈴の鳴るような愛らしい、しかし力強く放たれたその言葉を従者は素直に受け入れた。心配することは侮辱になると思った。
同時に、荒んでいた頃の自分を救ってくれたシアの優しさと決意の強さが、今はこのような形で消費されてしまうことにパメラは酷く虚しさを覚えた。
「……じゃあ、お願いします」
少女に促されるがまま、蕾の中央に器具の先端を軽く押し付けて、液を塗り込み直す。
体が慣れ、力みが薄れたことを確認してから、パメラはそれを握る手に力を込めた。
肉槍を模した凶器。それが今、開くべきでない側から、こじ開けられようとしている。
――にゅ、る……
「ひっ……」
シアが息を飲んだ音を、従者は聞かなかったことにした。それは今、汲む必要のない情報だ。
器具はほんの少しずつ歩みを見せ、徐々に指より大きく穴を押し広げていき――太い幹の部分が、肛門を限界まで押し広げた。
――めりっ……。
「ぃ"っ、たいっっ!! やめ……っ!」
反射的に禁句を叫びかけたシアが、咄嗟に両手で口を抑えた。絹を裂くようなその声量に、パメラもびくりと動きを止める。
「…………っ!!」
ぶんぶんと首を横に振る少女。まだやめてとは言っていない、と主張したいのだろうか。
しかしその動揺は、不規則に激しく上下し始めた胸部の様子に現れてしまっている。想定を遥かに上回る痛みに体がパニックを起こしているのだ、そう察した従者の顔が悲痛に歪んだ。
先ほどは受け入れ方が上手くなったと感じたが、それはあくまで指レベルの話だ。そもそも受け入れられないサイズの物体が入ろうとしているのだから、力を抜くも何もない。
"釘"を握った手を引きたくなるのを、パメラは何とか押し止める。
どうせ今やめても、いずれまた同じことになるだけ。無駄に目の前の少女が苦しむ機会を増やしてしまうだけ。
なにより、シアが止めろと言っていない。
「…………パメラさん……」
嗚咽交じりの声。それに含まれた意思を汲み取った従者は、侵入を再開した。凶器はまだ、少女の中に入ってすらいないのだから。
ぬぐ、ぶぷ……と、凝り固まった岩盤を押しのけるような触感が伝わる。
かたかたと震える手が少女のほうへ向かって進むたび、耳を塞ぎたくなるような悲鳴が上がる。
2センチ、3センチ……
「ぎっ、い"ぃ、ぁぁああ"ぁぁ……」
5センチ、6センチ……
「はっ、あ"っ…………はぁっ、はぁっ、はっ、はっ、はっ、はぁっ!!」
少しずつ、少しずつ掘削を進める。
手元のピストン部を押して肛内に液を滲ませ、釘をそっと回して内壁に馴染ませながら、少しずつ奥に器具を捻じ込む。
体中を苛む苦痛を逃がすため、少女は呼吸を浅く連続したものへと変えた。
シアは今、文字通り体を貫かれる痛みと、酸素の供給を訴えて暴れる心臓、その二重の苦痛を味わい続けている。
「はぁー、はぁー、はぁー、はぁー……」
白い体に脂汗が浮き出している。パメラは、せめて来ている服を首元まで捲り上げてあげればよかったと後悔した。これでは着替えたばかりの服がまた湿ってしまう。
つくづく自分は学ばない。この子が本当に体調を崩してしまったらどうする。
終わったらすぐに体を拭いてあげよう。できるなら着替えさせてあげよう。嫌われたくない。手を握ってあげよう。眠るまで傍にいてあげよう――
ぐるぐると巡る思考の中で、それでも何とか半分が体内に収まったことに女は胸を撫でおろした。
ここから先は"筆"では到達しえなかった場所だ。自分も覚えがある……パメラはぎゅっと目をつむり、祈りながら腕を突き出す。
せめてシアは、あまり苦しまないようにと強く願った。
8センチ――
「い"っっっ!!!」
ベッドに肘をつっぱってシアは悶えた。
苦しみを逃がしたかったのか体を捻ろうとして、今まさに入っているものに動きを阻害され腰を跳ねさせる。
その様子を前にパメラは、それでもまだ想定の中ではましな方の反応であったことに、安堵交じりの複雑な念を抱いた。未踏の奥地を無理やりこじ開けられ、泣き叫んで許しを請わないだけでも彼女はかなり辛抱強い。
気付けば器具から放出しきっていた潤滑液を、注入し直す。可能な限りふんだんに使用したいところだったが、あまり大量に流し込むと腹痛を起こしてしまうかもしれない。
あと三分の一。これならもう最後まで押し通すほかない。
「…………ひゅー…………ひゅぅー…………ひゅぅ……」
シアはこの拷問じみた苦痛があとどれくらい続くのかを知らない。終わりの見えない苦しみほど心を挫くものはない。
それでも中止を訴えない少女の意志に応え……パメラは目元に熱い潤みを滲ませながら、進めた。
9センチ、10センチ――
「……ぐ、ぃ、っぎぃ"、ぃぃぃ…………」
「――シア! もう釘はほとんど入ったわ、あと少しで終わるの! お願い、頑張って、シア」
「………………はぁっ、はぁっ、はぁーっ、はぁーっ……」
――声をかけないで。励まさないで。
二つの禁則を破った女を、咎めるものは誰もいない。
パメラの言葉を受けたシアは歯を食いしばるのを止め、息を整えることに集中した。体力回復のためではなく、自身の呼吸がある程度落ち着いた時にしか"釘"は奥に入ってこないのを察したからだ。
聖女と呼ばれていても、少女もただの人間。苦しい時間は早く終わってほしかった。
だからあえて無理やり呼吸を止めて、落ち着いたように見えるふりをした。
11センチ――
「んぎっ、ぅ"ぅぅ……」
「シア、もうすぐ終わりよ、頑張って。もうすぐ、もうすぐ……」
「うん、う"んっ……」
――12センチ。
ぴくぴくと痙攣する両足、その中央にある肛腔に、残りの部分がずるりと飲み込まれた。器具の手元にある剣の鍔のような形状をした部位が、少女の尻にぴったりと張り付く。
それを見届けた従者は我が事のように顔を弛緩させ、嬉々とした様子で少女に報告をした。
「……シア、全部入ったわ! これでもう終わりよ。偉かったわ、よく頑張ったわね」
「…………はー、はー、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…………」
「今から釘を固定するわ。そうしたら本当に全部終わりよ。少しだけ待ってて」
荒い息遣いのまま頷く少女を確認してから、従者はいそいそと装具の固定を始めた。
シアの腰にゴム製のベルトを回し、ベルトの穴の位置を
それとは別に伸縮性の平ゴムを、"杭"の基部にある穴に通した後、ベルトの穴の箇所に向かって両端のフックを持っていった。固定しなければいけない関係上、かなり引っ張らないと平ゴムは上まで届かないようになっている。
「ぎぁっ…………パメラ、さん、いたい……」
「ああ、ごめんなさいシア……! もう少し、もう少しだけ頑張って……!」
ただでさえ奥深く挿入された張型を、さらに力いっぱい押し上げられるという痛みの上塗り。
焦りに震える手で、パメラはなんとか装着を済ませた。鍔の部分が尻の形を歪ませるほどシアの肌に食い込んでおり、その圧力の強さをうかがわせる。
パメラはすぐに卓上の水差しを取って、傍にある容器に水を注いだ。そのまま、苦しみにあえぐ少女のもとにそれを持って行く。
「はーっ、はーっ、はーっ、はーっ……」
「シア、喉が渇いているでしょう。水を飲ませてあげるわ。体を起こせる?」
「…………むり、だよ。おなか、すごく、くるしい……」
「なら、せめて頭だけでも起こして。私が支えるから」
言われた少女は、ひどく億劫な様子で何とか首を起こした。すかさず従者は空いている腕を差し入れて支え、シアの口元に容器を運んだそっと傾ける。
ごく、ごく、ごく……。
少しずつ水を飲み下していく少女の美しい髪に、脂が浮いてしまっているのをパメラは見つけた。その矮躯は異常なまでに発熱していて、今まさに本人が味わっているだろう苦悶のほどを従者の腕に如実に訴えかけてくる。
こんな様子では着替えさせるなど無理だ。だけど、せめて蒸したタオルで頭部や体を温めるだけでもしてあげたい――従者は水分を補給させたあと、一通り丁寧に体表を拭き取り、掛け布を被せた後に立ち上がった。
「シア、少し待っていて。今からお湯を沸かして――」
「……もう、いいよ、パメラさん。今日はもう……」
従者の声を遮って、衰弱しきった声で少女が話す。引き止められるのが想定外だったパメラは、思考を数秒ほど硬直させた。
「……何を言うの。今の貴方は少し身綺麗にしないと駄目。すぐに準備してくるから」
「パメラ、さん。これ、本当にくるしくて……絶対、ねむれないと思うの。どうせまた、汗、出るから」
「……シア」
「大丈夫。がまん、できるから……こんな時間まで、心配かけちゃって、ごめんなさい……」
息も絶え絶えに呟くその顔にはまだ目隠しが掛かっていて、少女の視界には何も映っていない。
だから――傍に仕える女の表情がみるみる歪んでいき、やがて涙を流し始めたのを、シアは目にしていなかった。
「……っ」
込み上がる嗚咽を悟られないために、顔の下半分を手で覆う。
事ここに至ってもなお相手を気遣おうとするその精神性は、従者の心を深く抉った。
なぜシアの方がごめんなさいなどと口にしなければならないのか。辛い思いをしているのは彼女自身で、謝るべきは私達の方だというのに。
従者は喉元まで出かかった感情をやっとの思いで飲み下し、無理やり笑顔を作った。彼女には見えていなくても、何となくそうするべきだと思った。
「……馬鹿ね。そんなに辛そうにして、我慢も何もないでしょう」
「でも、パメラさんが」
「私のことなんていいのよ。貴方の体のほうが、よっぽど大事」
従者はその場に屈んで、少女の頭に触れた。脂でべたべたとした感触――今も彼女の体を苛む苦渋の痕跡が、従者の手に不快な感触を残す。
毎日欠かさず、朝と夜の二回、パメラが時間をかけて丁寧に櫛削る髪。
本来なら、その毛先を指に絡ませて持ち上げるだけで、陽光を浴びた湖面のようにさらさらと美しいきらめきを残す筈なのに。
「パメラさん、いつもより、優しい」
「……まあ、こんな時にまで。またくすぐってほしいのかしら、この子は」
「えっ? ちょ、ちょっと今それは、やめてほしいかな……」
「駄目よ、おしおき。ほーら、今貴方のお腹の近くに、いじわるパメラさんの両手が伸びてるわ」
「ふふ……っ、ご、ごめんなさい。謝るから、許して……?」
笑うと腹の中に収まっているものに響くのか、少女の表情が歪んだ。先ほどより幾分か緊張はほぐれたようだが、その笑顔はぎこちなく作り笑いじみている。
二人きりの時間が、不要なものに侵食されていく。これからシアは毎晩こうなるだろう。そして儀式の日より先は、どうなるか想像もつかない――
パメラは自身の生きる気力が、足の先から少しずつ流れ出ていくような気がした。数少ない安息の時間が奪われるかもしれないという、焦燥感と絶望感に満ちた予想図。
「……シア。貴方の苦しみを分かち合うことはできないけれど、せめて代わりに手を握っていてあげるわ」
「……! うん!」
従者はベッドの傍らで膝立ちになると、自身の両手で少女のそれを優しく包み込んだ。
雪のような手触りと肌色を持つ、シアの小さな手のひら。そこから伸びる五本の感覚器が、繋がりを求めてパメラの皮膚に優しく絡みつく。
「……でも、いいの? 朝までずっと、握っててもらうことに、なるかも」
「そんなこと気にしなくていいの。貴方にはいつも助けてもらってるから、せめてこれくらいはね」
「んー? わたしのほうが、助けてもらって、ばっかりだよ? 今までも、今も…………今も…………」
「……シア?」
話している少女の言葉が少しずつ間延びしていく。その様子をパメラは一瞬いぶかしんだが、すぐに緊張を解いた。単純に彼女が眠りにつこうとしているのに気が付いたからだ。
「…………あ、ごめん、なんでもないよ……それより、えっと、あのね…………昨日、外が、明るくて……」
「ええ。それで?」
「借りた本がね……裏庭の、木で……光ってて……」
「ふふっ。何それ」
「……ちがうの…………リズさんが…………」
うつらうつらと頭を傾けているシアの呟きはまったくとりとめがない。
もっとパメラと話していたいという思いだけで紡がれていたその言葉も、少しずつ小さくなり、最後には静かな寝息だけが残った。
従者の優しさから得られた安堵感が、極限の苦痛の連続で昂っていた神経を弛緩させたことで、少女はようやく気絶するようにひとときの眠りについた。
「すー……すー……」
「……おやすみなさい、シア」
しばらくの間、パメラはその寝顔を眺めていた。
自分の一番大事なものにも匹敵する、何にも代えがたい愛らしい寝顔。
それを無粋にも遮る眼帯と"杭"の存在が、心底……心底わずらわしい。
「……」
ひとまず目覚める様子がないことを確認した従者は、少女を起こさないよう慎重に握った手を解いた。
今のうちに急いでシアの部屋を清掃し、すぐに戻らないといけない。一度寝付いたからと言っても、ちょっとした寝返りの拍子に体内を刺激されて目が覚めてしまうということもあり得る。
パメラは名残惜しい気持ちを振り払い、掛け布を整え直して、物音を立てないよう静かに部屋を出た。
廊下の床には、青白い月明かりが窓に遮られて、四角く等間隔に列をなして横たわっている。
シアの色を思わせる光の園を横切ることに、従者は今だけ罪悪感を抱いた。
――今日は恐らく、ほとんど眠ることはできないだろう。
でも、シアのためになるならそれでいい。不眠不休なんてもう慣れている。
私の目の下に出来る隈の分だけ、彼女が平穏でいられるなら、それでいい――
歩きながら、子守歌を口ずさむ。
耳元で歌ってあげられない分だけ。
ふん、ふん、ふん……。