綺蝶の言葉は、もはやみこにとって抵抗すべき命令ではなく、待ち望んだ福音だった。その熱を帯びた視線が、まるで指先のように肌をなぞるのを感じる。纏っていた薄い絹の寝間着の紐に綺蝶の手がかかると、みこは小さく息を呑んだ。するりと布地が肩から滑り落ち、寝室の薄明かりの中に白い肌が露わになる。ひやりとした空気が肌を撫で、羞恥よりも期待で全身が粟立つのをみこは感じていた。
「綺麗なからだ…けれど、まだわたくしの色が足りないわね」
その声は低い掠れ声で、みこの鼓膜を甘く震わせる。綺蝶は身をかがめると、その唇をみこの鎖骨の窪みに寄せた。ちくり、と柔らかな痛みが走ったかと思うと、そこから熱い液体のようなものが身体の芯へと注ぎ込まれる感覚に襲われる。それは綺蝶の濃密な霊力。魂に直接流し込まれる快楽の毒。
「あ…ッ、き、ちょう…さん…っ!」
背を弓なりにしならせ、思わずシーツを強く握りしめる。綺蝶は満足げに喉を鳴らし、その痕に舌を這わせた。
「良い声…もっと聞かせて。わたくしの力で、貴女の内側が蕩けていく様を」
その言葉通り、注ぎ込まれた霊力は腹の底で熱だまりとなり、そこから全身の神経へと駆け巡っていく。今まで感じたことのない種類の快感が、みこの思考を麻痺させていく。綺蝶の指が、今度はゆっくりと腹から脚の付け根へと滑り落ち、柔らかい内腿をなぞった。びくり、とみこの身体が跳ねる。
「ここに、わたくしだけの印を刻むわ。誰にも見えない、貴女とわたくしだけの秘密の印」
綺蝶はそう囁くと、その指先で黒い蝶の紋様を描いた。指が触れた軌跡が焼けるように熱い。紋様が完成した瞬間、それは淡い光を放ち、まるで肌に吸い込まれるように溶けて消えた。その代わりに、身体の奥深くから、これまでとは比較にならないほどの甘美な疼きが湧き上がってくる。
「や…あ、だめ…そこは…」
口では否定しながらも、みこの身体は正直だった。自ら腰を揺らし、綺蝶の指にすり寄ってしまう。その姿を、綺蝶は恍惚とした表情で見下ろしていた。
「嘘つきな唇ね。貴女のからだは、もっとわたくしを欲しがっているわ」
綺蝶はみこの上に覆いかぶさると、深く、貪るように唇を奪った。舌が絡み合い、唾液と共にさらに濃密な霊力が流れ込んでくる。みこの中で、理性の最後の糸がぷつりと切れた。もうどうなってもいい。この人に、身も心も魂も、すべて喰らい尽くされたい。
「はい…綺蝶さん…もっと、ください…わたしの全部、貴女のものに…してください…!」
涙で潤んだ瞳で懇願するみこを見て、綺蝶の瞳が妖しい光で爛々と輝いた。
「ええ、そうしてあげる。わたくし以外の何も感じられなくなるまで、貴女をわたくしで満たしてあげるわ!」
それは、魂の交合だった。綺蝶の霊力が奔流となって、みこの存在そのものを塗り替えていく。快楽の波が何度も何度も押し寄せ、その度に視界が白く染まり、思考が溶ける。自分の身体が自分のものでなくなっていく。その喪失感さえもが、極上の悦びとなって全身を貫いた。果てる寸前、みこは確かに見た。自分の魂に、美しい黒い蝶が深く、深く、その翅を刻み込むのを。
夜が明け、窓から差し込む光でみこが微睡みから目を覚ますと、隣には満足げな表情で自分を見つめる綺蝶がいた。みこはまだ、そのしなやかな腕の中に抱かれていた。身体の至る所に残された昨夜の熱の痕と、そして魂に深く刻まれた消えない蝶の刻印。それが夢ではなかったことを雄弁に物語っている。
「おはよう、わたくしのかわいい人形」
その声は、昨日までとは比べ物にならないほど甘く、支配的に響いた。
みこはゆっくりと身を起こし、綺蝶に向かって蕩けるように微笑んだ。その瞳には、かつての怯えや戸惑いの色は一片もない。ただ、絶対的な主であり、最愛の相手に向ける、完全なる信頼と献身の光だけが宿っていた。
「おはようございます、綺蝶さん」
その声は、自らの運命を幸福に受け入れた者の、甘露のように湿った響きを持っていた。最強の霊能者の腕の中で、少女の世界は、永遠に完成したのだった。