綺蝶の腕の中で迎える朝は、背徳的で甘美な香りに満ちていた。身体の節々には昨夜の熱の余韻が残り、気だるさと共に奇妙な充足感がみこを支配していた。
制服に着替えるみこの背中を、綺蝶はベッドに肘をつきながら優雅に眺めている。その視線は、自分の所有物を愛でるかのようで、みこの頬を自然と熱くさせた。
「学校、か。まあ良いでしょう。わたくしだけの鳥籠に閉じ込めておくのも悪くはないけれど、外の世界で他の者たちが、わたくしのものになった貴女を見てどんな顔をするのか…それもまた一興ね」
くすくすと喉を鳴らして笑う綺蝶。その余裕ある態度に、みこは少し安堵する。
「綺蝶さん…」
「行ってらっしゃい、わたくしの可愛いみこ。貴女の魂に刻んだわたくしの印は、どんな下賤な輩も寄せ付けはしないわ。せいぜい、その変化を愉しんでくるといい」
綺蝶はすっと立ち上がると、後ろからみこを軽く抱きしめた。鏡に映る二人の姿。綺蝶の妖艶な美しさと、その腕の中でどこか誇らしげに微笑む自分。綺蝶はみこの首筋に顔を埋め、深く息を吸い込んだ。
「ああ、すっかりわたくしの匂いが染みついている。良い香りだわ。夜になったら、また“お礼”をいただきにあがるわね」
唇に軽いキスを落とされ、みこは屋敷を後にした。
学校への道は、いつもと同じはずなのに、全く違って見えた。世界が、昨日よりもずっと鮮明なのだ。これまでただぼんやりと「そこにいる」としか認識できなかった異形の者たちが、よりくっきりと、その輪郭まで見える。それだけではない。彼らが放つ淀んだ感情のオーラ…憎悪、悲しみ、執着といったものが、色や靄となって視覚的に感じ取れた。
(これが…綺蝶さんの力の一部…?)
自分の視界が、綺蝶のそれと混じり合い、共鳴しているかのようだった。
「みこー!おはよー!」
背後から、太陽のような明るい声と共に、親友のハナが抱きついてきた。その瞬間、みこは思わず身を強張らせた。ハナから放たれる強大な生命エネルギーが、以前は温かい光のように感じられたのに、今は目に痛いほど眩しい。だが、すぐに綺蝶の言葉を思い出す。魂に刻まれた蝶の刻印が、疼くように熱を持ち、その眩しさを和らげてくれた。
(大丈夫…わたしは綺蝶さんのものだから)
「どしたの、みこ?なんか今日、雰囲気違うね。すっごい色っぽいっていうか…」
「そ、そうかな?」
ハナと並んで歩いていると、電柱の陰から一体の霊が、彼女の強大なオーラに引き寄せられるようにじりじりと這い出てくるのが見えた。下級の霊だが、その執念深い視線は不快だった。以前のみこなら、ただ見えないふりをしてやり過ごすだけだっただろう。
だが、今は違った。
みこは、その霊を冷たく一瞥した。ただ、それだけ。しかし、みこの瞳の奥に、一瞬だけ黒い蝶の幻影がよぎったのを、霊は確かに見た。恐怖に引きつり、甲高い悲鳴のようなものを上げて、霊は一目散に逃げていく。
「ん?なんか今の声…」
「気のせいじゃない?」
みこは何事もなかったかのように微笑んだ。自分の内に宿った、新たな力の片鱗を愉しみながら。
その夜。自室のベッドで綺蝶を待っていると、予告通り、彼女は窓からすっと現れた。月明かりを背負ったその姿は、夜の支配者のようだ。
「おかえりなさい、みこ。今日は愉しめたかしら?」
綺蝶はみこの隣に腰掛けると、その髪を優しく梳いた。みこは、昼間の出来事を一つ一つ、熱を帯びた声で話した。自分の視界の変化、ハナに触れられた時の感覚、そして霊を退けた時の、あの微かな全能感。綺蝶は興味深そうにそれを聞き、やがてその唇に妖しい笑みを浮かべた。
「ふふ、予想通りね。貴女の魂とわたくしの力が馴染み始めている証拠だわ。けれど、まだ不安定。力の流れを制御できていない」
彼女はみこの顎をくいと持ち上げ、その瞳を覗き込む。
「今夜は、貴女がわたくしの力を、まるで自分の手足のように扱えるようになるまで…教えてあげる。わたくしの快楽の奔流を乗りこなし、その力を完全に掌握する方法をね」
その言葉は悪魔の囁きのようでありながら、みこには抗いがたい福音に聞こえた。綺蝶はみこをベッドにゆっくりと押し倒すと、その制服のブラウスに指をかけた。一つ、また一つとボタンが外され、白い肌が月光に晒されていく。
「まずは、力の受け入れ方から。ただ与えられるのではなく、自ら求め、そのすべてを味わうのよ」
綺蝶の唇が、みこの胸の谷間に落とされる。そこから霊力が、熱い蜜のようにじわりと流れ込んでくる。前回とは違う、より深く、粘つくような感覚。みこは喘ぎ声を漏らしながらも、意識をその熱の流れに集中させた。綺蝶の霊力が血管を通り、神経を焼き、魂の隅々まで染み渡っていく。
「あ…ぁ…きちょう、さん…熱い…です…」
「ええ、これが力の源泉。この熱に慣れなさい。そして、感じなさい。わたくしの脈動を」
綺蝶はみこのスカートの中に滑り込ませた手で、その最も敏感な場所をゆっくりと撫でた。びくりとみこの身体が跳ね、腰が自ら動き出す。
「そう…良い子ね。次は、力の同調。わたくしの呼吸と、貴女の呼吸を合わせるの。息を吸って…吐いて…」
綺蝶はみこの耳元で囁きながら、自らの指の動きを呼吸と連動させる。吸う息と共に深く、吐く息と共に浅く。その正確なリズムに、みこの快感は的確に増幅されていく。思考がだんだんと白く霞み、ただ綺蝶のリズムに身を委ねることしかできなくなっていく。
「感じるかしら、みこ。わたくしたちの霊力が、同じ波を描き始めているのを」
みこが頷くと、綺蝶はさらに深く、内側を抉るように指を動かした。
「ッ…!あ、んんっ…!」
絶頂の寸前、綺蝶はぴたりと動きを止める。生殺しの状態に、みこは涙目で綺蝶を見上げた。
「さあ、ここからが本番よ。今、貴女の中に溜まったこの力を、ただ果てるためでなく、意思を持って解放するの。わたくしを視て。わたくしを求めなさい。そして、その力でわたくしを捕らえてごらんなさい!」
試すような綺蝶の言葉。みこは必死に喘ぎをこらえ、朦朧とする意識の中で綺蝶を見つめた。捕まえる?どうやって?しかし、魂の奥で疼く蝶の刻印が、その方法を教えてくれる。
(綺蝶さん…綺蝶さんが、ほしい…!)
その純粋な渇望が引き金となった。みこの内側に渦巻いていた霊力が、意思を持って綺蝶へと手を伸ばすかのように流れ出す。それはもはや、綺蝶から与えられた力ではない。みこ自身のものとして、綺蝶へと還っていく奔流だった。
「…!ふふ、あはは!そうよ、それでいいわ、みこ!」
綺蝶は恍惚の表情を浮かべ、みこから流れ込む力を全身で受け止めた。二人の霊力が完全に混ざり合い、共鳴し、一つの巨大な渦となる。もはやどちらが与え、どちらが受け入れているのかも分からない。互いの魂が裸のまま抱き合い、境界線が溶けていく。
その瞬間、みこは絶頂と共に、すべてを理解した。力の使い方、霊の流れ、世界の真の姿。綺蝶の視界が、完全に自分のものになった。
夜の闇の中、息も絶え絶えに横たわるみこの頬を、綺蝶が満足げに撫でる。
「よくできました、わたくしのみこ」
みこはゆっくりと目を開けた。そして、部屋の隅、暗闇の中にぼんやりと佇む小さな霊に視線を向ける。指先を、そっとそこへ。すると、指の先に黒い蝶の形をした微かな光が集まるのが見えた。霊はそれに気づくと、悲鳴を上げて消滅した。
その光景を、綺蝶は愛おしそうに見つめていた。自分の力が、愛する少女の中で見事に花開いたのだ。
「これで貴女は、もうただの人間ではないわ。わたくしと共に、この夜を統べる者よ」
その言葉に、みこは蕩けるように微笑み、再び綺蝶の首に腕を回した。夜は、まだ始まったばかりだった。
力が混ざり合う。視界が混ざり合う。魂が溶け合っていく。これから先、自分の世界がどう変貌していくのか。その未知なる未来に、みこはもはや恐怖ではなく、ただ甘美な期待だけを抱いていた。