じりじりと、しかし確実に、その日は近づいていた。
中間試験。
学生にとっての厄災であり、赤点という名の断頭台が待ち受ける、恐怖の期間。
「今回ばかりは本気でやらないと、ハナに合わせる顔がない…!」
親友との固い(?)約束を胸に、私は決意を固めて机に向かった。分厚い教科書、うんざりするほどの問題集。いざ、尋常に勝負!
―――と、ペンを握った、その瞬間だった。
ふわり、と背後から抱きしめられる、いつもの感触。
そして、私の耳元で、甘い吐息が吹きかけられた。
「ちょっ…! やめて、くすぐったい!」
私が英単語帳を開けば、女は私の髪を指で弄び、その毛先で私の頬を撫でてくる。
私が歴史の教科書にマーカーを引こうとすれば、その手の上から自分の手を重ねてきて、一緒にマーカーを引こうとする。もちろん、線はぐにゃぐにゃになった。
「ねぇってば! 集中できないでしょ!」
半ばキレ気味に振り向くと、女は「え? なんで?」と、心の底から不思議そうな顔をしている。悪気がないのが、一番タチが悪い。
私は涙ながらに、その美しい肩を掴んで懇願した。
「お願いだから! 今回だけは本当に集中させてほしいの! 試験が終わるまででいいから! ね? お願い!」
私の必死の訴えが通じたのか、女はこてんと首を傾げた後、こくりと頷いた。
そして、ぴたりと、身体的な接触をやめた。
(やった…! 通じた!)
私が安堵したのも束の間。それは、静かなる妨害から、斜め上の協力(という名の新たな妨害)へのシフトチェンジでしかなかった。
私が英単語の暗記に苦戦していると、女は私の横から手を伸ばし、その単語の隣に、ファンシーなイラストを描き始めたのだ。
例えば、「procrastinate(ぐずぐずする、先延ばしにする)」。その横には、山積みの教科書の上で、すやすやと気持ちよさそうに眠る人の絵。
「mitigate(和らげる、軽減する)」。その横には、大きな怪我をして泣いている人に、ものすごく小さな絆創膏を一枚だけ貼ってあげている絵。
(……分かりやすいけど! なんか違う!)
その絶妙に的確で、かつシュールなイラストに、私の集中力は別の意味で削がれていく。
極めつけは、数学の問題集だった。
私が行き詰まり、「うーん、この公式、なんだっけ…」とペンを噛んでいると、女はノートの余白に、サラサラと何かを書き始めた。
覗き見ると、そこには応援メッセージでも似顔絵でもなく、その問題を解くための美しい数式と、完璧な解法プロセスが、芸術的なまでに流麗な文字で書かれていた。
「協力してくれるのは嬉しいけど、そうじゃない! なんで解けるの!? ていうか怖っ!」
もはや、試験勉強をしているのか、この万能人外の奇行に振り回されているのか、分からなくなってきた。
そんな珍妙な一夜が明け、学校へ。
帰り道、私はハナと試験範囲について答え合わせをしていた。
「昨日の夜、どこまで進んだ? 私、全然ダメでさー」
「えーっと、私も、色々あって……」
女の奇行の数々を思い出し、私は言葉を濁す。
その時、ハナが単語帳を指さして言った。
「あ、この『procrastinate』って単語、いっつもスペル間違えちゃうんだよね。どういう意味だっけ?」
その単語を見た瞬間、私の脳裏に、昨夜女が描いた「教科書の上で眠る人」のイラストが、鮮明にフラッシュバックした。
私は、ほとんど無意識に口走っていた。
「あ、それ確か…やらなきゃいけないことから逃げて寝ちゃうことだから…『先延ばしにする』?」
「そう! それだ! よく覚えてるね、みこ!」
ハナに尊敬の眼差しを向けられ、私は何とも言えない、非常に複雑な気持ちになった。
あいつのせいで集中できないのに、あいつのおかげで色々覚えてるって、一体どういう状況なんだろう…?
私は、この高性能すぎる家庭教師(?)との付き合い方を、真剣に考え直さなければならないのかもしれない。
その夜も、私は机に向かい、最後の追い込みをかけていた。
女は、昼間とは打って変わって、ただ静かに私の隣に座っている。奇妙なイラストを描くでもなく、完璧な解法を示すでもなく、ただじっと、私を見守っていた。
しかし、その視線は教科書やノートには向けられていない。
問題を解くために真剣に細められる私の目、ペンを握る指先、時折、集中してきゅっと結ばれる唇。
その全てを、まるで味わうかのように、ねっとりとした眼差しで追いかけていた。
(見られてる…)
勉強している姿を、こんなにも熱心に見つめられるのは、人生で初めてだ。
その視線が、なぜか今日の昼間に受けたどの妨害よりも、私の集中力を削いでいく。
ようやくキリの良いところまで終わり、私が「ふぅ…」と息をついてペンを置いた、その瞬間を待っていたかのように、女が動いた。
「お疲れ様、みこ。よく頑張ったね」
労わるように、私の凝り固まった肩を優しく揉みほぐす。そして、そのまま椅子から私をそっと引きはがすと、ベッドへと誘った。
「頭をたくさん使ったから、今度は身体を休ませてあげなきゃね」
ベッドに腰掛けると、女は私の正面にしゃがみこみ、私の顔を下から覗き込んだ。
その金色の瞳は、どこまでも優しく、そしてどこか、これから始まる実験を前にした科学者のように、知的な光を宿していた。
「勉強って、苦手なところを何度も復習するのが大事なんでしょ?」
その言葉に、私の心臓がどきりと跳ねた。
「みこの身体の、一番苦手なところ…ううん、一番好きなところを、私が重点的に教えてあげる」
「私が、丁寧に『添削』してあげるね。みこの身体が、ちゃんと満点を取れるように」
そのおかしな、しかし否定できない説得力を持つ言葉。
昼間の出来事が、悪夢のように蘇る。
この女は、本気で、私の身体で「勉強」をするつもりなのだ。
思考も、感情も、そして快感さえも、この人外に「採点」されてしまう。
その途方もない屈辱と、抗えない好奇心に、私はもはや、首を横に振ることすらできなかった。
女は、私の沈黙を肯定と受け取ったのだろう。
満足げに微笑むと、私のパジャマの裾に、そっと手をかけた。
これから始まる、歪んだ補習授業。
私はなすすべなく、シーツの上へと身体を横たえるしかなかった。
女は、宣言通り「添削指導」を始めた。
私のパジャマをゆっくりと剥ぎ取り、その指先は、まず「復習」とばかりに、私が感じやすいと知られている場所をなぞり始めた。
「まず、ここはもう完璧だよね、みこ」
耳の裏、腰のくぼみ、膝の裏。
女の指が触れるたびに、私の身体は「はい、正解です」とでも言うように、正直に震えてしまう。
その反応の一つ一つを、女は「うん、よく覚えてるね」と、満足げに頷きながら確かめていく。
まるで、何度も解いた基礎問題を確認するかのように、じっくりと、確実に。
その丁寧な愛撫は、私の身体から抵抗する力を奪い、甘い熱をじわじわと蓄積させていった。
「基礎が固まったら、次は応用問題。みこがまだ気づいていない、本当は『好き』なところ」
女の指は、これまで触れられたことのない場所へと進んでいく。
それは、脇腹の少し下、骨盤のすぐ上の、何でもないはずの場所だった。
そこを、指の腹で、ぐり、と圧迫するように撫でられる。
「ひゃぅっ…!?」
予期せぬ場所からの、予期せぬ刺激。
脳に直接響くような、鋭い快感が走り、私の背中が弓なりにしなった。
「どう? ここ、苦手だと思ってたでしょ? でも、本当はこんなに感じちゃうんだよ」
女は、まるで難問の解法を発見したかのように、嬉々としてその場所を攻め立てる。
違う、そんなところ、好きじゃない。
そう否定したいのに、私の身体は、女の「添削」が正しいと証明するかのように、敏感に反応してしまう。
自分の身体なのに、自分よりもこの人外の方が詳しい。
その恐ろしい事実に、思考が混乱する。
私が知らない私の「好き」を、次々と暴かれ、教え込まれていく。
その屈辱と、抗えない快感に、私はただ喘ぐことしかできない。
「さあ、みこ。総仕上げのテストだよ」
女は、すっかり蕩かされてしまった私の脚をゆっくりと開いた。
「今までのお勉強の成果、ちゃんと見せてね。満点、取れるかな?」
その言葉を合図に、女はこれまで「復習」し、「添削」してきた全ての性感帯を、同時に、あるいは緩急自在に刺激し始めた。
指が腰を撫で、舌が耳を舐め、唇が首筋を吸う。
そして、もう一方の指が、私の熱く濡れた疼きの中心へと、ゆっくりと沈んでいく。
「あ…ぁ、ああ、あああッ!」
全身の快感が、一つの奔流となって、脳天を突き抜けた。
もう、どこをどう刺激されているのかも分からない。
ただ、私の身体が知っている「好き」の全てを、完璧な手順で与えられていることだけが、確かだった。
「だ…だめ…もう、降参、だから…ッ!」
「うん、降参だね。でも、解答用紙は、最後までちゃんと埋めなきゃ」
女は悪魔のように囁くと、私の最も敏感な場所にある小さな蕾を、最後の仕上げとばかりに、強く、深く、弾いた。
それは、私が出せる、唯一で、完璧な「答え」だった。
「あああああああーーーーーッ!」
視界が真っ白に弾け、思考が焼き切れる。
勉強の達成感とは全く違う、快楽による完全な敗北。
意識が途切れる寸前、朦朧とした私の耳に、女の優しい声が響いた。
「はい、よくできました。満点だよ、みこ」
その採点結果と共に、私の意識は、深い、深い眠りの底へと落ちていった。