真夏の体温
ジリジリジリジリ―――。
耳元で、アブラゼミがやかましく鳴いている。
アスファルトの照り返しが目に痛い。まとわりつく湿気で、制服のブラウスが肌に張り付いて、気持ち悪い。
うだるような、真夏の帰り道。
私は、もはや思考を放棄し、ゾンビのようにふらふらと家路を歩いていた。
(暑い…溶ける…)
こんな地獄のような暑さの中、私の背後には、いつも通り、涼しい顔をした美しい人外がぴったりと張り付いている。
この女は、暑さとか寒さとか、感じないんだろうか。
時々、背中から伝わる肌の感触が、ひんやりとしているようにさえ思える。まあ、私の体温が高いだけかもしれないけど。
家に辿り着き、玄関のドアを開けた瞬間、むわっとした熱気が私を出迎えた。
「ただいま…」と、か細い声を絞り出し、私は一直線に自分の部屋へと向かう。
鞄を放り投げ、制服を脱ぎ捨て、速攻でTシャツと短パンに着替える。そして、壁にかかったエアコンのリモコンを掴み、ピッ、と一番強い冷風でスイッチを入れた。
ゴオオオオッ、と音を立てて、エアコンが冷たい風を吐き出す。
私はその吹き出し口の真下に行き、両手を広げてその風を全身に浴びた。
「あ゛ーーーーー…生き返る……っ」
汗ばんだ肌に当たる冷気が、まさに天国のようだった。
火照った身体が急速に冷やされていくのを感じながら、私はそのままベッドに大の字になって倒れ込んだ。もう、一歩も動きたくない。
そんな私の姿を、女は部屋の隅で、興味深そうにじっと見つめていた。
私が暑さでぐったりしているのが、そんなに珍しいのだろうか。
やがて、女は音もなく私に近づいてくると、ベッドの脇に膝をつき、私の顔を覗き込んできた。
そして、くんくん、と。
まるで花の蜜でも探す蝶のように、私の首筋のあたりに顔を近づけ、深く、深く、息を吸い込んだ。
「……っ! な、何すんの!?」
突然の奇行に、私が驚いて身じろぎすると、女は金色の瞳を恍惚と細めて、こう囁いた。
「やっぱり、この匂いが一番好き」
「汗臭いだけでしょ! 近寄んないでよ!」
「ううん。甘くて、ちょっとしょっぱい匂い。あなたの体温が、一番濃くなる匂いだもの」
その言葉に、私の背筋がぞくりとした。
この女は、ただの変態なのではなく、私の「生」の証である体温や汗そのものに、異様な執着を見せているのだ。
私が反論するよりも早く、女は、ぺろり、と私の汗が滲むこめかみを舐めた。
「ひゃっ!? やめてよ! 汚い!!」
私が本気で嫌悪感を示しているのに、女はお構いなしだった。
それどころか、心底美味しそうに、うっとりと目を細める。
「おいしいよ、みこ。これが、あなた自身の味なんだね」
その言葉を皮切りに、女は私の汗を味わうことに夢中になってしまった。
汗で額に張り付いた前髪をかき分け、その下の肌を舐める。
首筋を伝う汗を、舌でそっと拭い取る。
Tシャツの襟元から覗く、鎖骨の窪みに溜まった汗を、入念に、味わうように。
「や、やめてってば! ほんとに汚いから!」
私の必死の抵抗も、この人外には、ただのスパイスでしかないらしい。
夏の気怠さと、じんわりとした屈辱感。そして、舐められるたびに走る、ぞくぞくとした奇妙な快感。
女は、私の首筋から肩へと、まるで極上のソースを味わうかのように、ゆっくりと舌を這わせていく。
「やめて…もう、いいでしょ…」
私の懇願に、女は顔を上げ、楽しそうに微笑んだ。
「ううん、まだだよ。一番おいしいところは、まだ残ってる」
その言葉と共に、女の冷たい指先が、私のTシャツの裾を、ゆっくりとたくし上げた。
「ひっ…!」
エアコンの冷たい風が、汗で湿った素肌に直接吹き付け、ぶるりと身体が震える。
その冷たさと、私の肌の熱さ。そのコントラストが、女にはたまらないらしい。
女は、露わになった私のお腹に顔を埋め、深く、深く、息を吸い込んだ。
「ああ…いい匂い。エアコンの冷たい風と、みこの熱い肌。この混じり合った感じが、一番好き」
「変態…っ」
「褒め言葉だね」
女は、私のおへその周りに溜まった汗を、舌先で丁寧に掬い取った。
その生々しい感触に、私の腰がびくりと跳ねる。
「みこの汗は、みこが『生きてる』味だから。あなたの体温、あなたの鼓動、その全部が、この一滴に詰まってるんだよ」
その言葉は、どこまでも甘く、そしてどこまでも恐ろしかった。
この女は、ただ私を嬲っているのではない。私の「生命」そのものを、味わっているのだ。
女の探求は、さらに下へと向かう。
短パンのウエスト部分に指をかけ、その隙間から、するりと手を滑り込ませた。
汗で蒸れた、最も熱い場所へ。
「んんんっ…!」
薄い下着の上から、その熱源をなぞられる。
もう、やめて、という言葉は、声にならない。ただ、甘い喘ぎだけが、喉から漏れ出てしまう。
夏の暑さで火照った身体は、いつも以上に敏感になっていた。女の指が触れるたびに、快感の波が、全身へと広がっていく。
「ほら、ここが一番、熱いね。みこの汗も、たくさん溜まってる」
女は、楽しそうな声でそう言うと、私の下着の中に、直接指を差し入れた。
そして、汗と、それ以上の愛液でぐっしょりと濡れた、私の最も感じやすい場所を、容赦なく抉るように刺激した。
「あ、ああ、ああああああッ!」
夏の暑さによる汗とは違う、快感による、新たな汗が、全身から噴き出す。
その、私の身体が絞り出した一番新鮮な「蜜」を、女は待っていましたとばかりに、指で掬い取ると、自分の口へと運び、恍惚とした表情で味わった。
「……うん。これが、一番甘い汗だね、みこ」
その言葉が、私の理性の最後の糸を、ぷつりと断ち切った。
もう、何も考えられない。
ただ、この人外が与える、焼けるような快感に、身を任せるだけ。
エアコンの冷たい風も、蝉の鳴き声も、全てが遠のいていく。
私の世界には、この女と、この熱い、熱い快感しか存在しない。
意識が途切れる寸前、私は、自分の身体がこの人外にとって、最高の「ご馳走」になってしまったのだと、ぼんやりと思った。
夏の暑さの中で、私は、快楽の熱に溺れて、意識を手放した。