※この作品はR-18です。

魅入られ子ちゃん   作:heatmajin

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私の特製チョコレート

季節は巡り、寒さの中にも、どこかそわそわとした空気が漂う二月。

世間がバレンタインという一大イベントに浮かれる中、私もまた、その甘い熱気に浮かされていた一人だった。

 

「よし、こんなもんかな」

 

休日の昼下がり。私はキッチンに立ち、チョコレート作りの最終工程に入っていた。

湯煎で滑らかに溶かしたチョコレートを、クマやウサギの形をした可愛らしいシリコンの型に、一つ一つ丁寧に流し込んでいく。

目的は、二つ。

一つは、いつもお世話になっている親友ハナへの「友チョコ」。

もう一つは、なんだかんだで可愛い弟の恭介への、まあ、義務みたいな「家族チョコ」。

私の手つきは、自分でも驚くほど真剣そのものだった。

 

もちろん、そんな私の背後には、いつも通り、美しい人外の女がぴったりと張り付いている。

私が右に動けば右に、左に動けば左に。影のように、あるいは背後霊のように。

しかし、今日の彼女は、いつもとは少し様子が違った。

ただ黙って抱きついているだけではなく、どこか、そわそわと落ち着きがないのだ。

私がチョコレートのボウルを覗き込めば、一緒にそれを覗き込む。

私が動物の型にチョコレートを流し込めば、その手元をじっと見つめる。

そして、時々、私の顔をちらりと窺う。

その金色の瞳が、何かを言いたげに揺れていることに、私は気づいていた。

 

(……なんか、そわそわしてるな)

 

そんなことを思いながらも、私は作業に集中した。

全ての型にチョコレートを流し込み終え、トレイごと冷蔵庫で冷やす。そして、ボウルに残ったチョコレートを味見しながら、片付けを始めた。

 

「ふぅ、終わったー」

 

シンクで道具を洗い終え、私が一息ついた、その瞬間だった。

背後から回されている女の腕に、きゅっ、と力が籠った。

そして、私の肩に、自分の顔をぐりぐりと押し付けてくる。

それだけでは飽き足らず、今度は、私のTシャツの上から、お腹のあたりを指でつん、つん、と突いてきた。

 

「……」

 

その、あからさまな「かまってアピール」。

私は呆れた溜息を一つついて、振り返った。

 

「なに? どうしたの?」

 

私がそう聞くと、女は何も言わない。

ただ、その金色の瞳で、キッチンの方を、特にチョコレートの甘い香りがまだ残っているあたりを、じっと見つめているだけ。

その瞳は、言葉以上に、雄弁に語っていた。

 

『私のは?』と。

 

その、あまりにも分かりやすい無言の催促に、私はもう一度、大きな大きな溜息をついた。

もはや、この面倒くさくて、子供っぽくて、そして底知れなく重い人外の感情を読み取り、適切にあしらうのは、私の日常の一部と化していた。

 

「……はいはい、分かりましたよ」

 

私は降参とばかりに両手を上げると、呆れた声で言った。

 

「あんたの分ね」

 

その言葉を聞いた瞬間、女の表情が、ぱあっと、花が咲くように明るくなった。尻尾があったら、きっとちぎれんばかりに振っていることだろう。

私はその様子に、また溜息をつきたくなるのをぐっと堪え、シンクに置きっぱなしにしていた、まだ温かいチョコレートが残るボウルの前に立った。

 

(まあ、でも…)

 

ハナや恭介にあげた、あの可愛い動物の型抜きチョコ。

これを、この人外にあげるのも、なんだか違う気がする。

こいつは、ハナでもなければ、恭介でもない。

もっと、特別で、面倒で、そして、どうしようもなく私に執着している、唯一無二の存在だ。

ならば、あげるものも、「特別」でなければ、フェアじゃないのかもしれない。

 

そこで、私は一つの「躾」を思いついた。

飼い主として、この忠実な(?)ペットに、とびっきりの「ご褒美」を与えるのだ。

 

私は、女に向き直ると、悪戯っぽく微笑み、人差し指を立ててみせた。

「あんたのは、特別だから。ちゃんと、目を閉じて待ってなさい。『いい』って言うまで、絶対に見ちゃだめだよ」

 

女は、その「特別」という魔法の言葉に、金色の瞳をこれ以上ないほどキラキラと輝かせた。

そして、こくこくこく! と、ものすごい勢いで頷くと、期待に満ちた顔で、両手で自分の目をぎゅっと固く閉じた。その姿は、サンタクロースを待つ子供のように、あまりにも無邪気で、純粋だった。

 

私はその様子に小さく笑うと、ボウルに残った、まだ温かいチョコレートを、自分の人差し指で、とろり、とすくい取った。

チョコレートの甘い香りが、指先から立ち上る。

 

そして、目を閉じて健気に待っている女の前に、静かに立った。

これから始まる、甘くて、背徳的な儀式。

その全てを、私はもう、受け入れてしまっている。

 

「はい、目を開けていいよ」

 

私の声に、女はゆっくりと、瞼を上げた。

そして、目の前に広がる光景に、その金色の瞳を、驚きと、歓喜と、そして深い深い独占欲の色に、染め上げていく。

 

女が目を開けると、目の前には、チョコレートでとろりと濡れた、私の指先が差し出されていた。

「え…?」

女は一瞬、呆気に取られたような顔をする。

私は、悪戯っぽく微笑んでみせた。

 

「あんたのチョコは、これ。私からの、手作り。ちゃんと味わって食べてね」

 

その言葉の意味を、女はすぐに理解した。

これは、ただのチョコレートではない。

私の体温で温められ、私の指から直接与えられる、究極の「所有」の証であり、絶対的な「服従」の証だ。

女は、その金色の瞳を恍惚と潤ませると、まるで聖遺物にでも触れるかのように、私の指先を、恭しく両手で包み込んだ。

そして、そのチョコレートで濡れた指を、ゆっくりと、自分の口へと運んでいく。

 

ちゅ、と小さな音を立てて、女は私の指を吸った。

舌が、指先に絡みつく。

チョコレートの濃厚な甘さと、私の肌の微かな塩気が混じり合い、女の口の中で、この世で最も甘美なデザートへと変わる。

「ん……っ」

指先を吸われる、その直接的な感触に、思わず私の喉から甘い声が漏れた。

 

一口、また一口と、女は私の指を丁寧に、綺麗になるまで舐めとっていく。

そして、物足りなそうに顔を上げると、私の瞳と、私がまだ持っているチョコレートのボウルを、交互に見つめた。

そして、掠れた声で、こう囁いた。

 

「これだけ…?」

「……え?」

「もっと欲しい。みこの全部を、チョコレートで味わいたい」

 

その熱のこもった瞳に、私はもう、逆らうことなんてできなかった。

女は、私の手からチョコレートのボウルを受け取ると、私の手を引き、ベッドへと誘う。

 

「今夜は、みこ自身が、私だけのバレンタインチョコになってくれるんでしょ?」

 

その背徳的な提案に、私は「食いしん坊なんだから…」と、呆れたように、でも、どこか嬉しそうに呟く。

もう、その提案を拒む気は、どこにもなかった。

 

ベッドに横たわった私の素肌の上に、女は、温かいチョコレートを、まるで絵を描くように、ゆっくりと垂らしていった。

胸の谷間に、お腹に、そして太腿に。

まだ熱を帯びたチョコレートが、私の体温と混じり合い、じわりと肌に広がっていく。

その光景は、あまりにも淫靡で、倒錯的だった。

 

「いただきます、みこ」

 

女はそう囁くと、私の身体という名の「特製チョコレート」を、心ゆくまで味わい始めた。

チョコレートの甘さと、私の肌の感触が混じり合い、これまでにないほど、甘くて、濃密な快感が私を襲う。

舐められるたびに、チョコレートの香りと、私の喘ぎ声が部屋に満ちていく。

私が「もっと」と求めれば、女はさらに多くのチョコレートを私の身体に塗りたくり、その全てを、愛おしそうに舐めとっていく。

 

ああ、私、この人外の化け物に、食べられちゃってるんだな。

そんなことを、蕩けた思考の片隅で思う。

でも、不思議と、嫌じゃなかった。

むしろ、この上なく満たされていくような、幸福な感覚。

 

「みこ、愛してる」

 

チョコレート越しに、女の熱い唇が私の唇を塞ぐ。

口の中に広がる、甘くて、とろけるような味。

それは、私が今まで食べた、どんな高級なチョコレートよりも、ずっと、ずっと、甘かった。

 

ハッピーバレンタイン。

私と、この食いしん坊な人外との、甘くて、とろけるような一日は、まだ始まったばかりだ。

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