世界が、白く燃えている。
そんな言葉がぴったりな、記録的な猛暑が続く夏休みのある日の午後。
地獄のような炎天下での買い出しを終え、私はまさに命からがら、我が家へと逃げ帰ってきた。
「ただいま⋯」
ゾンビのような声でそう呟き、私は熱気で歪む廊下をふらふらと進み、一直線に自室のドアを開ける。
そこは、天国だった。
出かける前に私が設定しておいたエアコンが、静かな運転音と共に、キンと冷えた空気を部屋に満たしてくれている。
私は、ドアを閉めた瞬間にその場にへたり込み、フローリングの冷たさに頬を寄せた。
「あ゛ーーーーー⋯生き返る⋯⋯っ」
しかし、肌の表面は冷えていくのに、身体の芯には、アスファルトの照り返しで焼かれたような熱が、まだずっしりと居座っている。
そのちぐはぐな感覚が気持ち悪い。
ぐったりと床に伸びる私を、部屋の隅から、涼しい顔をした美しい人外がじっと見つめている。
「⋯⋯こうなったら、内側から冷やすしかない」
私は最後の気力を振り絞って立ち上がると、キッチンへと向かった。
そして、冷凍庫という名の聖域から、私の命の源を取り出す。
お気に入りの箱アイス。シンプルなソーダ味のアイスキャンディーだ。
「ふふふ⋯私のオアシス⋯」
再び自室の涼しい床に座り込み、私は神聖な儀式のように、アイスの袋を丁寧に開ける。
しゃりっ、と一口かじる。
口の中に広がる、突き抜けるような冷たさと、懐かしいソーダの甘さ。身体の芯に残っていた熱が、すーっと引いていくのが分かる。
「んー、最高⋯」
あまりの美味しさに、思わず恍惚とした声が漏れる。
その至福の表情を、私の隣にいつの間にか移動してきていた女が、興味津々な瞳でじっと見つめていた。
次の瞬間、女が私の口元を指さした。
「みこ、ついてる」
「え、どこ?」
私が舌で唇を探ろうとするより早く、女が身を乗り出し、その口元についたアイスの青い雫を、ぺろり、と悪びれもなく舐めとってしまう。
「ちょっ! あんたねぇ!」
私が怒りの声を上げると、女は「おいしい」とでも言うように、満足げに目を細めた。そして、純真無垢な瞳で、私のアイスをじっと見つめてくる。
「一口ちょうだい」
「ダメ。これは、この地獄から私を救うための、貴重な一本なんだから」
私がキッパリと断ると、女は不満そうに唇を尖らせた。
しかし、それで諦めるような殊勝な女ではない。
私とこの食いしん坊な人外との、馬鹿馬鹿しくて、そして少しだけ甘い攻防戦の火蓋が、切って落とされた。
私がアイスをかじるたびに、そのアイスの棒の先端を、反対側から舐めようとしてきたり。
私が油断した隙に、その手から奪い取ろうとしてきたり。
その子供っぽすぎるちょっかいに、私はすっかり呆れてしまった。
「やめなさいってば!」「もう、しつこい!」
怒りながらも、そのあまりにも馬鹿馬鹿しい攻防に、私はいつの間にか笑ってしまっている自分に気づく。
すっかり手懐けたつもりだったけど、こういうところは全然変わらないんだから。
やがて、私は名残惜しそうに、最後の一口をしゃりりと食べた。
あぁ、終わってしまった。私のささやかな幸せが⋯。
そう感傷に浸っていた、その時だった。
女が、すっ、と私の目の前に何かを差し出した。
それは、どこからともなく取り出された、まだ誰も開けていない、新品の同じ箱アイスだった。
そして、女は真剣な顔で、とんでもない提案をする。
「ねぇ、みこ。もっと涼しくなる、美味しい食べ方、知りたくない?」
「は? 何言ってるの?」
私が訝しむと、女はにっこりと、悪魔のように微笑んだ。
「ただ食べるだけじゃ、身体の奥の熱は取れないよ」
女は、私の肌にそっと触れる。エアコンの風で冷たい肌と、その奥に残る火照りを確かめるように。
「私が、みこの火照った身体も、この冷たいアイスも、全部使って、本当に気持ちよく涼しくしてあげる」
その言葉に含まれた、甘くて、不穏な響き。
私はこれから始まる、とんでもない「デザートタイム」を予感し、ごくりと喉を鳴らした。
女は、有無を言わさず、私をベッドの上にそっと押し倒した。
エアコンの冷たい風が、まだ火照りの残る肌を撫でていく。
女は、慣れた手つきで新しいアイスの袋を開けると、その冷たいアイスキャンディーを、私の鎖骨から胸の谷間にかけて、すーっと、一本の線を描くように滑らせた。
「ひゃっ!つめたっ⋯!」
肌に走る、鋭い冷たさの軌跡。
その刺激に、私の身体が大きく跳ねる。
「ほら、冷たくて気持ちいいでしょ?」
女は楽しそうに言うと、今度は、その冷たい軌跡を、自分の熱い舌で、ゆっくりと追いかけるように舐めとっていった。
冷たい感覚があったはずの場所を、今度は熱い舌が這う。
その、極端な温度差による時間差攻撃に、私の脳は混乱し、ただただ快感だけが浮き彫りになっていく。
「んぅ⋯っ、ぁ⋯」
女は、この遊びがすっかり気に入ったらしい。
今度は、太腿の内側に、すーっと冷たい線を描く。そして、私がびくりと震えるのを確認すると、また、その跡を熱い舌で丁寧にたどっていく。
その度に、私の身体は甘い痺れに包まれた。
「ふふ、可愛い反応。でも、これだけじゃ、本当に涼しくはなれないよね」
この甘美な戯れを数回繰り返した後、女は、おもむろにアイスを一口、しゃり、と音を立ててかじった。
そして、小さな氷のかけらを、自分の口の中に含む。
その、冷たさを宿したままの唇が、私の顔にゆっくりと近づいてきた。
そして、こう囁く。
「本当の涼しさは、こっちだよ」
女は、その氷のかけらを、私に口移しで与えてきた。
「んむっ⋯!」
唇と舌が触れ合う瞬間の、私の熱さと、女の唇の熱さ、そして、氷の鋭い冷たさ。
三つの温度が混じり合い、脳がショートするような、強烈な感覚が私を襲った。
口の中に広がる、ソーダの甘さと、女の舌の感触。
その背徳的な味に、私の思考は完全に麻痺していく。
女は、口の中の氷が溶けてしまう前に、それを自分の舌で転がしながら、今度は私の唇や首筋を、その「氷の舌」で舐め始めた。
いつもとは違う、ぞくっとするほど冷たい舌の感触。
その冷たさが、私の火照った肌の上で、熱い痕跡を残していく。
「あ⋯ひゃ、ぁ⋯つめた⋯っ」
女は、満足げに私の反応を眺めると、また一つ、氷のかけらを口に含んだ。
そして、その冷たい舌を、今度は私の胸元へと這わせていく。
胸の頂点に、冷たい舌が触れた瞬間、私は甲高い声を上げてしまった。
「あああんっ!」
熱くて敏感な場所に、氷の冷たさが直接触れる。
その経験したことのない刺激に、私の身体はもう、なすすべもなかった。
夏の暑さも、気怠さも、全てがどうでもよくなっていく。
ただこの女が与える、冷たくて熱い不思議な快感だけが、私の全てだった。
エアコンの静かな運転音だけが響く部屋で、私とこの人外との、甘くて冷たい遊びは、アイスが全て溶けてなくなるまで、まだまだ続いていくのだろう。