季節の変わり目は、いつもそうだ。
朝、目を覚ました瞬間から、身体が鉛のように重かった。喉の奥がひりひりと痛み、頭がガンガンと鈍い音を立てている。
最悪だ。完全に、風邪を引いた。
「⋯お母さん、ごめん、今日学校休む⋯熱、あるみたい⋯」
リビングで朝食の準備をしていたお母さんにそう告げると、体温計と冷えピタ、それからスポーツドリンクを渡された。
「無理しないで、ちゃんと寝てなさいよ」
「うん⋯」
心配してくれる家族に感謝しつつ、私はふらふらの足取りで自室に戻り、ベッドに倒れ込んだ。
もちろん、私の背後には、美しい人外の女が音もなくついてきている。
私がぐったりとベッドに横たわっていると、女は不思議そうに私の顔を覗き込んできた。
そして、いつものように、私の頬にすり寄ろうとする。
「⋯やめて、風邪、うつるから⋯」
「かぜ⋯?」
女は、その言葉の意味が分からないというように、こてんと首を傾げた。
私が熱で潤んだ目で見つめ返すと、女は私の額にそっと触れた。そのひんやりとした手のひらが、火照った肌に心地いい。
「みこ、熱い。どうして? いつもと違う」
「だから、風邪だってば⋯」
「こわれたの?」
そのあまりにも純粋な問いかけに、私は返す言葉を失った。
この人外にとって、私はいつも元気で、反応が面白くて、可愛がるべき「おもちゃ」なのだろう。それがこうして動かなくなっているのは、「故障」以外の何物でもないのだ。
女の金色の瞳に、本気の心配と、ほんの少しのパニックの色が浮かぶ。
「大丈夫だよ、みこ。私が、なおしてあげるからね」
その言葉が、今日一日続く、歪んだ看病の始まりだった。
まず、女は私がおでこに貼った冷えピタを、じっと見つめた。そして、おもむろにそれをぺりっと剥がしてしまう。
「ちょ、何すんの!?」
「こんなものより、私の方が冷たくて気持ちいいでしょ?」
そう言うと、女は自分の冷たい手のひらで、私の額を優しく覆った。確かに、ひんやりとしていて、気持ちいい。でもそういう問題じゃない。
次に、私が熱で汗をかき始めると、女は「ああ、悪いものが出てるんだね」と納得したように頷いた。
そして、こう続けた。
「私が、綺麗にしてあげる」
「え?」
私が聞き返す間もなく、女は、私の首筋を伝う汗を、ぺろりと舐めとった。
「ひゃっ!?」
「うん。やっぱりしょっぱい。これが、みこを苦しめてる悪いものなんだね」
女は、まるで使命感に燃える医者のように、真剣な顔で、私の汗を舐め始めた。額を、こめかみを、そしてパジャマの襟元から覗く鎖骨の窪みを。
熱で朦朧とする頭では、もう、まともな抵抗はできなかった。
そして、ついに女は、根本的な治療法を閃いたらしい。
私の顔を覗き込み、私の口元を、その美しい指先でそっと指し示した。
「一番悪いものは、この中にあるんだね。みこの息が、熱いもの」
その目は、これまでで一番、真剣だった。
「私が、悪いものをぜんぶ、吸い出してあげるからね」
そう囁くと、女は、私の唇に、自分の唇をゆっくりと重ねてきた。
熱に浮かされた私にとって、そのひんやりとした唇は、抗いがたいほど心地よく感じられた。
ああ、もう、どうにでもなれ⋯。
私は、その歪んだ看病を、受け入れてしまうことにした。
女の舌が、私の口内へと侵入してくる。
「病魔」を探すかのように、隅々までを丁寧に、しかし執拗に探っていく。
そして、病魔を吸い出すという名目で、私の身体の奥から、熱ごと快感を吸い上げようとしてきた。
女の指が、汗で湿ったパジャマをゆっくりと剥ぎ取り、火照った素肌に触れる。
熱で感覚が鈍っているはずなのに、不思議と、女の指先が触れた場所だけは、びりびりと敏感に反応してしまう。
「ん⋯ふ、ぅ⋯」
抵抗する気力もない。むしろ、熱でぼーっとした頭では、この行為が、本当に治療の一環であるかのような錯覚さえ覚えていた。
女は、私の全身を舐め、吸い、まるで身体の芯にある「病気の根源」を直接吸い出そうとするかのように、私の最も柔らかな場所を、優しく刺激し始めた。
「んんっ⋯ぁ⋯きもち、い⋯」
ああ、言っちゃった。
朦朧とした意識の中、私は本音を漏らしてしまった。
その言葉を聞いた女は、嬉しそうに、そして誇らしげに微笑むと、「ほらね、効いてるでしょ?」と囁き、さらに深く、私を治療(という名の快楽)の渦へと引きずり込んでいく。
その夜、私は久しぶりに、ぐっすりと眠ることができた。
翌朝。
目を覚ますと、嘘のように身体が軽かった。
頭痛も、喉の痛みも、熱っぽさも、全てが消え去っている。
完全に、治っていた。
隣を見ると、女が、これ以上ないほどのドヤ顔で、私を見つめていた。
その顔は、「ほらね、私の治療が一番でしょ?」と雄弁に語っていた。
私は昨夜の、夢うつつの出来事を思い出す。
熱に浮かされながら、女の歪んだ看病を受け入れ、気持ちいいとまで言ってしまった、あの光景を。
風邪は治った。
でもその代償として、私の顔には、ぶり返したかのような、真っ赤な熱が集まっていた。