しゃこ、しゃこ。
朝の歯磨きを終え、顔を洗ってタオルで顔を拭う。そして、訪れるのはお決まりの儀式。
背後から回された腕に引き寄せられ、女の唇が降ってくる。
いつもと違うのは、その長さと深さだった。
「んむ……っ、ん……!」
明らかに、いつもより長い。舌が執拗に絡みつき、息継ぎの隙すら与えてくれない。
(ちょ、ちょっと! 恭介が入ってきたらどうするの!?)
洗面所のドアは開けっ放しだ。いつ弟が入ってきてもおかしくない。そのスリルが楽しいのか、私の焦りを面白がっているのか、女のキスは終わる気配を見せない。
ようやく唇が解放された時には、私はすっかり息が上がっていた。
(……完全に、調子に乗ってる)
私がキスを嫌がっていないと知った途端、この有様だ。その分かりやすさに、呆れを通り越して少しだけおかしくなってしまう。
その日、女の「調子乗り」は一日中続いた。
休み時間、トイレの個室に連れ込まれて。
放課後、誰もいなくなった教室で。
帰り道の人通りのない路地で。
日中だというのに、キスの回数は明らかに増えていた。その度に私はされるがままになりながら、「本当に調子に乗ってる…」と心の中で悪態をつくことしかできなかった。
その夜、風呂から上がり、自室のベッドの上で胡坐をかいて、私は爪の手入れを始めた。
爪やすりで少し伸びた爪の形を整え、表面をバッファーで丁寧に磨いていく。いつもなら、この無防備な体勢は格好の餌食だ。すぐに身体を弄られ始めるはずなのに、今夜の女は少し様子が違った。
私の隣にぴったりと座り込み、私の手元を、金色の瞳でじっと見つめている。
その眼差しは、性的な欲を一切感じさせない、純粋な好奇心に満ちたものだった。
(……セクハラ以外に、興味を示すなんて珍しい)
その意外な姿に、私は少しだけ驚く。
私が爪を磨き終え、透明なトップコートを塗り、それが乾くのを待ってから、仕上げに保湿用のネイルオイルを爪の根元に一滴ずつ垂らしていく。そして、指で優しくマッサージするように馴染ませていくその作業の全てを、女は食い入るように見ていた。
「……できた」
全ての工程を終え、艶やかに輝く自分の指先を眺めていると、女がそっと私の手を取った。
そして、完成したばかりの私の爪を、まるで希少な宝石でも愛でるかのように、うっとりとした表情で見つめている。
その白く美しい指先で、私の爪の表面を、傷つけないように、壊さないように、そっと、そっと撫でた。
その真剣な横顔と、宝物のように私の手に触れる仕草。
それを見た瞬間、私の胸に、すとん、と何かが落ちてきた。
(……ちょっと、可愛い、かも)
不覚にも、そう思ってしまった。
この人外の化け物の、子供のように無邪気な一面に、心が揺さぶられる。
嬉しいのだろうか。綺麗なものが、好きなのだろうか。
もっと、この女のことを知りたい。そう思った自分がいることに気づき、私は内心で激しく動揺した。
爪がすっかり乾いた頃、私は部屋の電気を消し、ベッドに潜り込んだ。
女も、音もなく隣に入ってくる。
さっきまでの穏やかな雰囲気はどこへやら、闇の中で爛々と輝く金色の瞳は、いつもの捕食者のそれに戻っていた。
女は私の手を取り、うっとりとその指先を眺めた。
「こんなに綺麗になった指で…自分の身体をなぞったら、きっと素敵だね」
女は私の手を取ったまま、私の意思などないかのように、その指を操り始めた。
私の指先が、私のパジャマのボタンにかけられる。まるで他人の手のように、それは器用にボタンを一つ、また一つと外していく。
「や…やめて、自分で…っ」
「みこが自分でやってるんじゃない。私が、やらせてるの」
冷徹な言葉と共に、私の手は、はだけさせられた自分の胸へと導かれた。
自分の指先が、自分の柔らかな膨らみに触れる。その頂点を、女は私の指を使って、くるくると円を描くように撫でさせた。
「ひぅっ…!あ、ぁ…!」
自分の指で、自分の身体が感じていく。
その信じがたい事実に、脳が混乱する。屈辱と、背徳感と、そして抗えない快感がごちゃ混ぜになって、思考を麻痺させた。
女は私の反応を楽しむように、今度は私の手をさらに下へと導く。太腿の内側を、自分の指でなぞらされる。その感触の全てが、いつもより何倍も鋭く感じられた。
「ほら、こんなに濡れてるよ。みこの綺麗な指で触ったら、もっと気持ちいいね」
女は私の指を、私の最も濡れた場所へと突き立てさせた。
「いやああああああッ!」
絶叫。自分の指が、自分の秘芯を抉る。
抵抗しようにも、私の手は女に完全に支配されている。私はただ、自分の身体が、自分の手によって快楽の絶頂へと導かれていく様を、涙ながらに見ていることしかできなかった。
その光景に満足したのか、女はついに私の手を解放した。
しかし、それは救いではなかった。
解放された両腕は頭上で押さえつけられ、今度は女自身の唇と舌が、私の火照りきった身体を貪り始める。
自分の指で散々高められた感度は、もはや限界を超えていた。
「も…むり、だめぇ…っ、いっちゃう…!」
女の舌が一度、核を舐め上げただけで、私の身体は激しく痙攣した。
視界が白く弾け、快感の奔流に意識が飲み込まれる。
「綺麗な指も、綺麗な身体も、ぜんぶ、私のもの…」
遠のく意識の中、女の満足げな声が聞こえた。
ああ、また、こうして…。
私の全てが、この人外の化け物に支配されていく。そのどうしようもない事実を噛みしめながら、私は深い闇へと意識を手放した。