「一晩付き合え」
お礼は何が良いかと聴いたら、そう答えられた。
「なんだそんなことか」
なんの疑問も持たず了承した。しかし、あとになって言葉の裏を考え始めた。まさか酒を飲むだけのわけがない。
いや、九鬼の生きた時代を考えれば、もしかしたら、そういう意味なのだろうか。あいつには普通のことなのかも知れない。気になりはじめたらどうにもならず、近江に相談するわけにもいかず、検索履歴が最悪になった。
既婚者相手になにを言ってるんだ、あいつは。
そもそも九鬼に助力を頼んだのが間違いだったのかもしれない。標的の足取りを追うためにどうにも自分ではうまくいかず『名簿の視点』で探してもらったのだ。
一度死んで丸くなったとはいえ奴は四百年以上を生きた狂った無差別殺人者なのだから。いや、俺もまだ復讐代行の仕事は受けているし、奴のことは言えないが。
『名簿の視点』を貰っておけばよかったなと今になって後悔する。
九鬼が指定したホテルに到着した。地下に車を停めてエレベーターでロビーへ上がる。
「1108号室のムロイケンに繋いでくれ」
奴の使っている偽名を声に出すとため息が出そうになるが、フロントに伝える。
受話器を受け取った。
『来い』
返事はそれだけだった。
11階、廊下は淡いオレンジ色の光に照らされて赤い絨毯が敷かれている。
1108号室をノックをすると扉が開かれた。
最初に見えたのは黒い礼服の胸元だった。分厚い筋肉に覆われた二メートル近い身長を見上げると、九鬼は火のついていない紙巻き煙草をくわえていた。山高帽を脱いだ頭はくせ毛の黒髪で絵巻に描かれた鬼の姿を思わせる。旋視せずに見る顔は少々彫りが深いだけの人間だが、奴が生まれた戦国時代ではどう思われていたのだろうか。足元は革靴を履いたままだった。
無言で入室を促される。部屋はスイートルームで中央にガラステーブルと三台の革張りのソファが置いてある。ガラステーブルの上には二脚のグラスと日本酒の瓶。部屋の奥にダブルベッドが見えて俺は最悪な検索履歴を思い出し、左手薬指の指輪に触れる。壁に染みついた煙草の匂いがした。
「飲むか」
「ああ」
三人掛けの腰が沈むほど柔らかいソファに座って、透明な液体が注がれたグラスを手に取る。
九鬼はそっぽを向いたまま、俺の左手側にある一人掛けに座った。内ポケットからマッチを取り出して煙草に火をつける。銘柄に詳しくはないが市販品によくある匂いで、妙なものは混ざってなさそうだ。
「一晩付き合え、と言ってたよな」
俺は再度確認する。九鬼は無言で煙を吐く。
「酒を飲むだけか」
「それ以外に何がある」
本当に俺の思い過ごしだったらしい。
「待て、本当に何を考えとったんだ」
俺の顔を覗き込む。『サトリ鬼の視点』に固定されなくなってからはよくこれをやってくるので、俺はいつも手で退けているのだが。
というか、今旋視されたらうっかり殺してしまいそうだ。頭の中はネット上で得た知識が巡っている。酒に口をつけてないのに顔が熱くなっていく。
九鬼は瞼を閉じた。どうやら心底呆れている。奴の口の端から煙がこぼれた。
「既婚者が何を考えとる」
「お前が妙な言い方するからだ。旋視せずに悟ったってことは、その、お前も少しは考えてたんだろ」
「考えたとて実行するかは別だ。『サトリ鬼』から解放されてようやくそうなった」
九鬼は薄い手袋をつけた手で、煙草を指に挟んで額を抱える。
ますます顔が熱くなる。俺はここで九鬼と対面することに耐えられず、席を立つ。
「シャワー借りるぞ」
「準備でもするのか」
笑えない冗談に顔をしかめたままジャケットを脱ぐ。
「ここで脱ぐのか」
シャツのボタンを外す俺を九鬼がまじまじと見つめている。
見せ物じゃないのだが。
俺がいつも使うのは狭いビジネスホテルのユニットバスで、脱衣所のないホテルならこれが普通だと思っている。男同士なのだし何の問題もないだろう。
「よくわからん奴だ」
呟いて酒を一口含んで、煙草もくわえはじめる。
視線に耐え切れず背中を向けた。シャツをはだけて、下に落とす。
「背中」
九鬼の声がする。
「ああ、視点の影響だ」
腕を回して左右の肩甲骨にある腫瘤を触る。
想師として仕事を始めてから体に現れたガーゴイルの羽の痕跡。彩香に見せたことで一つ重荷が降ろされたのか、あれから大きさは変わっていない。
額にも『サトリ鬼』の角の痕跡が現れたこともあったが、いつの間にか消えていた。
そういえば九鬼に見せるのははじめてだったか。
ひたり、と背中に体温を感じた。
突然、背骨の上を熱いものが滑っていった。
「お前っ」
振り返ろうとしたがベルトを掴まれている。そのままバックドロップでもされるのかと身構えたが、前方のソファに押さえつけられた。
ようやく気付く。奴の舌が背中を這っている。
彼女との思い出ごと犯されたようで、不快感が全身を駆け上る。
「九鬼、悪ふざけならやめろ」
身をよじって逃がれようとするがベルトを掴まれて動けない。
ぶちぶちと鈍い音がしてベルトの穴が繋がっていく。旋視もしないでこんな怪力を出さないでほしい。
舌はいまだに背中を這っている。
緩んだスラックスの隙間から手袋の指が滑り込んでくる。ボクサーブリーフの上から触られる。
「……ッ九鬼」
背中の不快感と、股間の快感に耐える。頭が混乱してるのか生理的な反応なのか、だんだん硬さを持ってくる。はがそうとして股間に添えられた手を捕まえるが動きは止まらない。熱を持ったぬめりが伸縮性のある布に染みて、摩擦が少なくなっていく。
「っ………!」
額を背もたれに擦る。呼気でソファの革が湿っていく。頬を唾の水滴が滑って、顔を持ち上げようと首を反らせる。
「クク、ク」
奴の喉から笑い声が漏れて来る。
腹から手が離れる。俺はようやく旋視してガーゴイルの爪を丸太のソファで研ぐ。
指が首を握る。
「がっ……」
呼吸ができない。
九鬼は片手で俺の首を絞めながら、俺の腰の上でなにかをいじっている。俺がいよいよ意識を飛ばしそうになった寸前で喉にかかった指が離されてソファに押さえつけられた。命を握られている。
爪でソファを切り刻みながら俺は抵抗する。しかし九鬼の身体を跳ね退けることはできない。直視できない状態でもティラノサウルスに変わっているのだろうか。世界が崩れ去る前に俺は視点を現実世界へ調節する。刻まれた革から洩れた綿が鼻腔に入り、強く息を吐く。
舌はもう這っていなかった。
代わりに尾てい骨から肩甲骨の下端にかけて、温いなにかが置かれた。
「やめっ、……ぐっ……九鬼、お前……んっ……何をっ」
両手で首を絞められてまた呼吸が止まる。全身がこわばって肩甲骨が背中に擦りつけられているそれを挟み込む。また指を緩められて息を吸う。絞められる。
そんなことが幾度か繰り返されて、俺は酸素を集めるだけで精一杯になっていく。
背中に擦りつけられているそれについては、正体はわかっていた。
ただ受け入れたくないだけだ。
「はー……はー、はー……」
こいつは、九鬼は何を考えてるんだ。邪心はなかったように見えたが、俺の早とちりだったのだろうか。それとも俺の背中を見て、羽の痕跡を見て欲情したとでもいうのだろうか。一人で考えているだけではわからない。九鬼に聴かなければ。考えながら、呼吸を続ける。
「ク、クク、ク……」
うなじを撫でられた。俺が大人しくなったので首を絞めるのはもうやめたのか、腰のものを擦り付けることに専念している。
髪に熱い息がかかる。頭頂部に口づけされたことに気付いた。
奴の喉が鳴り、それに混ざって荒い呼吸が俺の髪にかかる。
「九鬼、いいかげんに」
「っ、一晩だ」
こいつのそんな声は聴いたことがなかった。
「契約をたがえるつもりか?」
余裕がない。
そうとしか思えない声で、九鬼は呟く。
嗜虐心がこんなことでも刺激されるとは思わなかった。
到底敵わないと思っていたこいつが、俺の背中に欲情して、必死で腰を振っているのだ。
肩甲骨を引き寄せてそれを挟む。今度は首を絞められずに、自分で。
「……ッ、クク、はは、はぁ、はは……」
笑い声が跳ねて、動きが早くなる。
背中で奴の情欲を感じながら、腰をわずかに浮かせて自分の股間を握った。金属の感覚に気が逸れる。薬指から指輪を抜いた。右手に指輪を握り込んだまま、左手でゆるゆると自分自身を愛撫する。
「はは、あ、は、はあ、はあ、は、は、あ、あ、……っ!」
背中の気配が、ブルル、と震える。
熱い液体がうなじを伝い、襟足まで届く。
奴の荒い息をかぶりながら、巨大な肉食獣に食われる寸前はこんな感じなのかと、妙なことを考えていた。
背中から熱い気配が離れていく。肩だけに手袋をはめたままの手が乗せられている。
その間も俺は自分自身を扱き続けていた。興奮が冷める前に、正気に戻る前に、吐き出すことしか考えていなかった。
「ふーっ、ふーっ、ふ、ふっ、……ううっ……!」
ソファの上に精を吐き出す。
自分の唾で濡れた革に額をこすりつけて、呼吸を整える。
視線を移すと黄色がかった白濁液が革の曲面を流れ落ちていった。
「はあーっ、はあーっ、はあーっ……」
「………」
不意に抱き上げられた。米俵でも担ぐように肩に載せて運ばれる。色気のない移動だ。あっても困るのだが。
ダブルベッドに落とされ、絡まっていたスラックスと靴を脱がされ、無防備になった脚の間に、奴の頭が入ってくる。
「あっ……!」
亀頭に舌先が触れて、思わず声が出た。精を吐き出したばかりで敏感になったそれを唇が食む。
気が付けば九鬼はシャツ一枚になっていた。ベッドの外に革靴が落ちる音がする。
「んっ、あ、……やめ、痛っ……!」
目元に涙がにじむ。
懇願が聴きいられるはずはなく、九鬼は美味そうにそれを味わっている。
奥までくわえられて喉奥でカリ首を絞められる。今度はこっちの首か。そんなことを考えている間も奴は頭を動かして精液を絞り出そうとしている。舌が絡みつく。粘液と唾が混ざって裏筋に垂れて、それを掬い取った奴の指が肛門を撫でていく。
視線が合う。
九鬼の目は笑っていた。
指が。
「ふうっ、……~~~~っ!」
指を挿入された途端、絶頂した。
ただし射精の感覚はない。
「っはあ、あ、何、あ、が、……~~~~~っ! 何が、起きて、あっ……~~~~~っ!」
指が捏ねられるたびに、陰茎が絞めつけられるたびに、快感が頭を貫き、何度も絶頂する。叫びそうになるのを必死でこらえる。なぜだ。家で練習した時はこんなことはなかったのに。快楽から逃れようとシーツを掻いて体勢を変えたが、足首を掴まれてもっと深くまで指を入れられる。
二本目が入る。
「ぐっ、うっ……ああっ……!」
直腸にある、なにかを指で挟まれている。前立腺というのだったか。擦られると射精直前に近い感覚が前に伝わって、でも九鬼がくわえていて、頭が混乱している。九鬼は笑っている。
「はあーっ、はあーっ……あっ、またっ、……いくっ、……~~~~~っ!」
腹の中をまさぐられている。押し広げられた襞が俺の意思を無視して脈動しているのがわかる。このまま指を増やされたら、穴が広がったまま戻らないのではないかと心配するが、そんなことよりもこの快楽を逃がす方法がないかと……
「っ……!」
頭の中で何かが切れた気がした。
奴の髪を掴んで腰を振る。汗で湿った下腹に一瞬熱い息がかかる。指が肛門から外れてもどかしさに身をよじる。仕方ないので腰を振り続ける。肛門を締めて攻められていた感覚を反芻する。九鬼は抵抗するわけでもなく、息を止めて嵐が止むのを待っていた。
俺はもはやこらえることも忘れて絶叫していた。
「はあっ、はあ、はあ、いく、いく、きもちいい、いくっ、いくっ、いっ、~~~~~っ!!」
奴の喉奥に挿入したまま、シャー、と水の感覚が鈴口を通り抜けた。
惚けた頭ではすぐには動けず、髪を乱暴につかんだまま快感が治まるのを待った。
「………はあ、はあ、はあっ」
ごくん、と奴の喉が動いたのがわかった。
髪から手を放す。
九鬼は恍惚とした表情で俺を見上げた。
ずろろ、と奴の喉から陰茎が抜かれていく。濡れた亀頭が外気に触れる。舌なめずりをして、九鬼は口元を拭った。
「……九鬼」
顔を踏まれた。
頬に乗った足を押しのけながら、俺は呻く。
「なにしやがる」
「こっちの台詞だ。他人の口を厠扱いしおって」
「おしっこじゃないだろ、さっきのは」
「あ?」
ようやく足をどけた。が、片膝を立てて座る奴の股間を見てしまった。
「なんでまだ勃起してるんだ……!」
半分怒りながら俺は言った。もう半分は恐怖だ。
ある程度は図体に比例してるにしても、でかすぎる。太い部分は俺の手首ほどあるし長さも臍を越えて胸元まで高く反り立っている。
「じろじろ見るな」
「見るだろ。なんだ、その、それを挿れる気か、俺に」
「そんな無茶はせん。放っておけば落ち着く」
九鬼はベッドから立ち上がって、煙草と灰皿を持って戻ってくる。
さっきまでが嘘だったかのようにベッド脇で煙草を吸いはじめた。
「妙な知識を入れとるな」
「なんのことだ」
「廻り込まずともそのくらいわかる。『潮吹き』などという与太話を信じるのはやめろ」
ぐっ。
俺は反論を試みる。
「信じれば真だろ」
「こんなところで使うな。小便だ」
屹立したままの奴のものをみて、なぜかふつふつと怒りが湧いてくる。
気まぐれに人を襲っておいて急に冷めた態度を取って、なんなんだ、こいつは。
「お開きにするか」
その言葉に余計に腹が立った。
俺はベッドサイドに指輪を置いた。
「……一晩の約束だろ」
背後から奴の肩を掴んで引き倒した。
煙をまたいで、奴の腰に馬乗りになる。
「おい」
腰を前後させて裏筋を撫でていく。互いのものを束ねて、こすり合わせる。
まだ腹の奥がうずいている。
九鬼は引き倒された格好のまま煙草を口元に持っていく。
「腹が裂けてもいいのか」
「限界を決めるなと言われたからな」
「老師の言葉なんぞ持ってくるな。流石に殺すぞ」
「殺したらいい」
九鬼は苦虫を嚙み潰したような表情で、俺を見上げている。
今の俺はどんな顔をしてるだろうか。手を口元に持っていくと口の端が吊り上がっているのがわかった。悪魔の醜い笑み。
「最後までやるぞ」
「最後とはなんだ?」
「………」
九鬼の目を無言で見つめる。
「わかっとる。勝手にしろ」
九鬼は灰皿に煙草を押し付けた。
膝を曲げたままつま先立ちになった、両手で奴のを持ち上げて、腰を少しずつ浮かせていく。
「……ふうっ……」
奴の先端が緩んだ襞に触れて声が漏れた。また固く閉じた穴を広げるために、緊張を息と共に吐き出して、馴染ませながら押し込んでいく。
「んっ……あ」
亀頭が入った。一度入るとすんなり滑り込んできて、カリ首の所で止まった。俺は腰を下ろして奥へと誘う。
笠の端が前立腺の場所をこする。
「……っ、……ふうーっ、ふうっ、ふう、……」
細く息を吐きながら腰を揺らしはじめる。指で捏ね回されていた時ほどではないが。
そこでようやく九鬼の顔を伺った。
俺をくわえていた時のような恍惚とした表情ではなく、つまらなそうだった。
全部入ってないからだろうな。俺はそう考えて、指をガイドにしながら腰をもう一段階降ろしていく。
ぷつっ、と腹の奥に反動が来る。一瞬何かが裂けたのかと思ったが、下直腸の襞を越えただけだとわかった。事前に調べておかなかったら焦っていただろう。いくらこいつのものがでかかろうが、S字結腸まで届きはしないことも知っている。
中直腸の襞も越えた。奴のものは幹の中ほどまで入った。
九鬼はあいかわらずつまらなそうで灰皿に押し付けた煙草をもう一度くわえた。
「何も感じないのか」
「感じとる。お前が楽しそうなのをな」
癪に障る言い方だ。
つま先立ちのまま、両手を奴の腹について身体を上下に揺らす。
全体で撫でてやっているというのに、奴は煙草を口にしたまま腕組みをはじめた。
上結腸を越えた。内臓を叩かれるような感覚がした。
根元の肌が触れて、陰毛の上に腰掛けている。全部入ったのだ。
「どうだ九鬼、全部入ったぞ」
意気揚々と報告した。
「そうだな。気持ちいいのか」
「気分はいい」
「……登山か?」
何が気に入らないのかわからないが、俺は達成感に浸っていた。
腹を撫でてどのあたりまで入ってるだろうかと確認する。
ゆるゆると身体を揺らしはじめる。尻の下で水音がした。
「……ふう、ふう、ふふ、ふう、……」
自然に息がこぼれる。腹筋に力を入れてぐっと締め付けてみた。奴の腰が浮き上がったのを感じて、俺はまた笑みを深める。
なんだ、つまらなそうなのは演技か。
上下に飛び跳ねる。上へ跳ねる瞬間に力を入れると奴が身体をこわばらせる。
嗜虐の喜びが腹の中の感覚と繋がっていく。
「あは、はあ、は、はは、はあ、はあ、は、はあ……」
自分の腹を撫でていた手を胸へと持っていった。乳首が固くなっているのに気付いて、小指で先端を撫でまわす。ふと、奴も同じなのだろうかと思い至って身体を前傾させた。パツパツに張った筋肉で横に伸びた乳首をつねってみた。
「……っ」
ビクン、と胸が反った。面白くなって摘まんでみたり、乳輪をこすってみたりした。
奴の鼻息が荒くなってきたし、腹の中の気配も大きくなってきた。乳首を指の間に挟んだまま俺は腰を揺らした。腸液が流れでて滑りが良くなっている。上から下まで九鬼のものを撫でさすってやる。
「……っ、お前、調子に乗るのも……っ」
九鬼がなにか言おうとしたが、途中で途切れた。俺が倒れ込んできたからかも知れない。
気持ちいいが、まだ気持ちよくなりたいが、疲れてきた。奴の上に乗っかったまま腰だけが揺れている。前立腺に笠が当たるところで、下腹を奴の腹にこすりつけている。
「………」
「……はあ、はあ、はあ、九鬼、はあ、頼む」
俺は耳元でささやく。
九鬼は観念したようで、俺の腰を撫で始めた。冷えた腰が暖められていく。
その両手が尻の肉を押し広げた。
「おあっ……!」
不意に突き上げられた。内臓が飛び出したかと思った。
それから断続的に、九鬼が腰を打ち付ける。
「おっ、うっ、いぐっ、いっ、いっ、あっ、あっ、あっ、ああっ、あっ、あっ、あっ」
奴の肩口で低く叫ぶ。耐えきれず、身体を浮かせて前へと逃げようとすると二の腕を掴まれた。
九鬼の表情が見えた。あの余裕のない顔だ。
「ああ、あ、あ、いくっ、いくっ、いく、だめ、いくっ、いくっ」
連結された部分を覗き込む。垂れ下がった自分自身の陰茎の先から精液が流れ出ていた。
俺は目を閉じ、快楽に身を任せた。
「はあっ、あ……!」
頭の中を電流が走った。バチバチと、目の中が光で満たされる。
絶頂している間も腹の中を撫でる感覚は止まらなかった。
「九鬼、九鬼、やめ、もういって、あっ、あ、うあ、あ」
無意識のうちに旋視していたのだろう。シーツの下がぐにゃぐにゃと覚束なくなり、奴の肌に鱗のような筋を感じた。視点を調節して、股の間に挟まっている奴の質量が増えていくのを必死で留める。
「う、おおおっ……!」
野太い声が聴こえた。あの震えがもう一度、今度は股の下で起こった。
腹の奥が熱い液体で満たされる。
震えが収まり、しばらく大人しくしていたが、また動き始める。
俺は両目を固く閉じたまま、奴が果てるのを待つ。
◆
「一晩の約束だったな」
カーテンを開けた窓から朝日を浴びながら、俺は九鬼に言った。
「ああ」
「シャワーを浴びていくが、襲うなよ」
「襲わん」
ダブルベッドと九鬼の間から抜け出して、浴室の前へ移動する。
九鬼は寝転がったまま煙草を吸っている。
「火事になるぞ」
聴かないだろうが一応諫めた。
「そうなる前に消す」
「眠いだろ」
一晩中あんなことをした後だ。
九鬼の喉が鳴る。
「ククク、クク……」
笑いながらベッドサイドに置かれた灰皿に煙草を押し付けた。
「嬉しそうだな」
「お前に叱られるのが面白くてな」
浴室の扉を閉じる。
シャワーを浴びる。背中を入念に洗う。
腕を回して左右の肩甲骨にある腫瘤を触る。
シャワーから上がると、九鬼は眠っていた。安らかに眠るその顔と、かつて病院の待合室で見た死に顔が重なったが、上下する胸を観察して俺は息を吐いた。
旋視する。
バラバラの積み木を椅子の形に組み直す。
大きな金属の輪で構成された鎖から、壊れた輪を除けてペンチの両手でつなげていく。
旋視を解く。
切り刻まれていたソファが新品同様の姿に戻っている。
それから少し短くなったが、補修された革のベルトが手元に残った。
スラックスを履いてベルトを通し、着慣れたスーツを着込む。
昨晩のことは忘れた方がお互いの為だろうが、しばらく忘れられそうにない。
緩んでいた口元を抑えて、左手薬指の指輪に触れて、俺は部屋をあとにした。
了